落ちこぼれの【無属性】魔術師、実は属性そのものを定義する「概念魔法」の創始者だった

風船色

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第七話

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 歴史とは往々にして、一つの技術革新によって、それまでの数百年が一夜にして無価値になる残酷な記録の積み重ねである。

 王立魔導学院が誇る「千年の英知」も、貴族たちが血筋と共に継承してきた「高貴な魔力」も、帝国の放った一発の砲弾の前では、記述を間違えた下書き程度の価値も持たなかった。

 王国北部の防衛拠点、要塞都市アイゼン。  そこは王国軍の精鋭、第一魔導騎士団が守護する難攻不落の地として知られていた。城壁には幾重もの防御結界が施され、高台には王国最高の火属性術師たちが、帝国の進撃を阻むべくその杖を掲げていた。

「敵軍、射程内に入りました! 第一から第五砲撃班、一斉放火始め!」

 騎士団長の号令と共に、戦場は色鮮やかな魔法の光に包まれた。巨大な火柱、鋭い氷の刃、真空を切り裂く風の鎌。それらは一撃で数千の兵を屠るに足る、圧倒的な破壊の奔流だった。これまでの戦争であれば、この一斉掃射だけで決着がついていたはずだった。

 だが、帝国の軍勢は足を止めなかった。  彼らの中央に鎮座する巨大な鉄の筒――「属性中和砲」が、鈍い音を立てて黒い砲弾を放った。

 砲弾が空中、王国側の魔法の奔流と激突した瞬間。爆発は起きなかった。  起きたのは、音のない「消失」だった。

「……な、……魔法が、消えた?」

 術師たちが目を見開いた。空を焼き尽くしていたはずの火炎が、まるで水に放り込まれた墨のように薄れ、輪郭を失い、ただの温い微風へと変わり果てた。氷は水蒸気となって霧散し、風の鎌はただの空気の揺らぎへと退化した。

 帝国の「属性中和弾」――それは魔法を破壊するのではなく、魔法という情報の『周波数』に干渉し、その記述をノイズで埋め尽くす強制的なデチューン兵器だった。

「報告! 第一、第二結界、共に消失! 属性の結合が維持できません! マナが……マナが言うことを聞かない!」

「馬鹿な、再詠唱だ! 神の加護を信じろ、我らの血筋に流れる力を信じるんだ!」

 騎士団長が絶叫するが、信じることで事象が変わるほど、世界は甘くない。帝国の兵器は、信仰や才能という抽象的な概念を嘲笑うかのように、ただ物理的な『干渉波』によって世界を塗り替えていく。

 中和弾によって守りを失った要塞へ、帝国軍の物理砲弾が容赦なく降り注ぐ。魔法という防壁を失った石造りの城壁は、驚くほど脆く、無残に砕け散った。悲鳴と怒号が響き渡り、王国が誇った最強の魔導騎士団は、魔法という武器を奪われただの「重い鎧を着た人間」として蹂躙されていった。

    *

 その光景を、遥か彼方の「最果ての森」から、アリスティアは静かに観測していた。

 研究所の中央に浮かぶ巨大な投影水晶。そこには、ルナの知覚回路を介して受信された戦場のデータが、幾千もの数式とグラフに変換されて表示されていた。

「……醜いですね」

 アリスティアは、紅茶のカップを置くこともなく呟いた。

「王国軍の負けっぷりのこと? それとも帝国のあの新しい武器のこと?」

 ルナが、戦場の酸鼻を極める光景から目を背けながら尋ねる。彼女にとっても、かつて神として崇められた龍の端くれとして、魔法という神秘がこれほどまで無残に踏みにじられる様は、見ていて心地よいものではなかった。

「両方です。王国の魔導士たちは、自分たちが扱っているエネルギーの本質を理解しようとせず、ただ『才能』というブラックボックスに依存しすぎていた。だから、少し記述を乱されただけで、自己修正すらできずに崩壊する。……そして帝国、彼らのやり方もまた、知性のかけらも感じられない」

 アリスティアは、投影された属性中和弾の波形データを指先でなぞった。

「彼らが行っているのは、論理の構築ではなく、論理の破壊ですらない。ただ、世界という楽譜の上に、大音量の不協和音(ノイズ)を撒き散らしているだけだ。繊細な計算式を、ただの暴力的な統計量で押し潰している。……これは『知恵』ではなく、ただの『乱暴な記述』ですよ。僕から見れば、どちらも同じくらい非効率的で、美しさに欠ける」

「でもアリスティア、このままじゃ王国は数日で落ちちゃうわよ。あの要塞が落ちたら、次は王都、そして……その先には、この森があるわ」

 ルナの言葉通り、帝国の侵攻速度は予測を遥かに上回っていた。王国軍は全戦線で壊滅的な打撃を受けており、今や敗残兵たちは恐怖と共に南へと逃げ延びていた。

「静寂を乱されるのは、極めて不快だ。僕の研究は今、概念の多層記述という非常に繊細なフェーズに入っている。帝国軍の進軍によるマナの乱れ、そして逃げ惑う人々の放つ不規則な精神波……これらはすべて、僕の演算にとって無視できない『外部エラー』です」

 アリスティアは椅子から立ち上がり、窓の外を見つめた。  そこには、彼が構築した穏やかな聖域が広がっている。だが、その結界の向こう側では、不完全な論理たちが互いに食らい合い、世界を汚染し続けている。

「……アリスティア、もしかして助けに行くの?」

「助ける? 誰をですか。王国も帝国も、僕にとっては等しく『整理されるべきノイズ』です。ですが、放置しておくことで僕のリソースが奪われるというのなら……先手を打って、環境を整理(クリーンアップ)する必要はありますね」

 アリスティアの瞳が、冷徹な計算機の光を帯びる。

「帝国軍のあの兵器、中和弾の波形を完全に解析しました。あれは特定の属性……火、水、風、土の周波数に対応した逆相波を出しているに過ぎない。つまり、『属性を持たない記述』に対しては、あの中和弾はただの鉄屑と同じです」

「属性を持たない記述……、アリスティアの概念魔法のことね!」

「ええ。ですが、僕が直接戦場に出向くのは時間の浪費です。ルナ、研究所の『自律型防衛プログラム』を拡張します。僕の記述を物理的な現象として固定し、それを森の境界に配置する。……これ以上、僕の書斎に近づくものがあれば、その存在定義を一時的に『通行不可能な障害物』として書き換えるまでです」

 アリスティアはデスクに向かい、ペンを凄まじい速度で走らせ始めた。  彼が今描いているのは、救国の英雄譚ではない。ただ、自分の平穏な生活を維持するための、極めて事務的な「排除プログラム」の設計図だった。

 その頃、王都では。  壊滅の報告を受けた国王が、青ざめた顔で玉座に崩れ落ちていた。

「もはや、正規軍では太刀打ちできんというのか……。神の加護を受けた我が国の魔法が、あのような鉄の塊に敗れるとは……」

「陛下、まだ……まだ希望はございます」

 一人の老魔導師が、震える手で古びた名簿を差し出した。そこには、かつて学院を追放された一人の少年の名前があった。

「最果ての森に棲む、名もなき賢者。マナ・イーターを瞬時に消滅させたという、あの『無属性の怪物』。彼ならば……彼ならば、この絶望的な数式を書き換えてくれるかもしれません」

「……その者を、直ちに呼べ。あらゆる条件を呑もう。王国の半分を与えても構わん、この国を、帝国の無機質な影から救ってくれと……」

 王の悲痛な叫びは、虚しく宮殿に響いた。  だが、彼らはまだ知らなかった。  アリスティアにとって、王国の存亡も、王の願いも、彼が今取り組んでいる「多層概念の収束計算」に比べれば、塵芥ほどの価値もないということを。

 戦火が森の入り口にまで迫ろうとしていた。  世界の理を書き換える者と、世界の理を壊そうとする者。  そして、古い理に縋り付く者たち。

 それぞれの思惑が、激動の戦場へと集約されていく。

「……計算完了。ルナ、準備を。これから世界に、本当の『合理』というものを見せてやります」

 アリスティアの冷徹な声が、静かな研究所に響いた。  それは、古い時代の終焉を告げるカウントダウンでもあった。
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