桜通りの殺人

月森朱音

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序章 スーツケース

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 コロ、コロ、コロ——
 春の朝、白い光はまだ冷たい。

 コロコロ、カラ——
 薄紅色の桜並木に、乾いた音が響く。

 カラカラ、コロ、カラ——
 坂の上から、少しずつ。
 それは並木道を下ってゆく。

 コロコロ、カタ——
 カタカタ、コロコロ——
 ゆっくりと。不安定なバランス。
 誰もいない早朝の桜通りを横切る、音。

 カラカラ、ゴトッ——
 坂下公園の大樹にぶつかり、止まった。
 樹齢百年の桜の樹。

 ——
 空は薄青く、風はない。

 ——ゴトン
 転がった。

 真っ赤なスーツケースは、真新しい。

 ピィ、チチ——
 鳥の声がする。
 こんな都会にも、自然は残っている。

 チチチ、ピィィ——
 白い沈黙の中、在るのは鳥の声。
 そして、赤いスーツケース。

 やがて、細身の男性が現れる。

 ハッ、ハッ、ハッ——
 短く鋭い呼吸音。ジョギング中の男の身体は、小刻みに上下している。安定感のあるリズムが、これが毎朝の習慣であることを示している。

 ふ、と。
 男が、立ち止まる。

 大樹の下、赤いスーツケース。
 違和感しかない、異物。

 スーツケースは、開きかけていた。ぶつかった衝撃か。ファスナーがずれ、布地が裂けている。そしてそこから、中身が少しだけ、飛び出している。

「——!!」

 男は、息を呑んだ。

 彼の目に飛び込んできた、それは——


 


 人の、指。


 
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