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一章 開店直後に客足が伸びない?

11話 ペットの桜文鳥で癒される?

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とはいえ、週明けまでに全てをまるっと解決できる良策なぞ、簡単に思いつくものではなかった。

業務に戻っても退勤してからも、ぐるぐる頭は空転だけを繰り返す。何度も、件のSNSを開いた。

元の呟きは消えていたが、延焼が止まらない。根も葉もない悪口が溢れ返っていた。

なにか言い返してやろうと、文字を打っては火に油だとやめる。家にたどり着く頃には、スマホも希美も、熱暴走する一歩手前まできていた。

だが、ひんやりとした部屋の空気に迎えられて、やっと少し和らぐ。

すうっと、頭から仕事のことが遠ざかった。

部屋は築十年、九畳のなんてことのない1Kだ。
キッチンを兼ねている細長い廊下を渡って、リビングルームに入る。

まず様子を確認したのは、机の端に置いた直方体のケージだった。小さな扉を開けると、キュウと声がして、ついにやにやしてしまう。

「ただいま。元気だったか~、きゅーちゃん」

希美がカゴの中へ手のひらを伸べると、その子は小さく跳ねながら、伝い出てきた。

あまりの可愛さに、目一杯抱きしめたくなるが、そんなことをして潰れたら大変だ。
そっと壊れ物を扱うように、両手で優しく包んでやる。くすぐったかったのか、彼は希美の指の間からまだら模様の顔を覗かせた。

赤いクチバシをふるふると振るのは、桜文鳥である。
一人暮らしと同時に飼い始めて、早二年。希美の癒しであり、生活のパートナーだ。飼う時には散々「結婚が遠のく」なんて友達に反対されたが、結局その可愛さには勝てなかった。

常に室温管理を徹底しなくてはならないなど大変な面もあるが、飼ったことは今も後悔していない。それ以上に、彼の存在には救われてきたのだ。

おかげさまで、一人の寂しさを感じたことはあまりない。

しばらく無心になって、指先で戯れる。頃合を見て、

「ご飯にしようね」

希美は小皿にエサとなる玄米を入れてやった。

二日前に補充したばかりなのだが、空に近い状態になっていた。

きゅーちゃんは皿の淵に飛び乗ると、一粒一粒ついばんでいく。その姿を見ていたら、ぎゅる~とアンニュイな音でお腹が鳴った。

また美味しそうに食べるのだ、これが。
その点は、飼い主に似たのかもしれない。

きゅーちゃんが満足したところで、ケージへ戻す。それから普段着に着替えて、もう一度家を出た。

基本的に希美は、外食しかしない。スーパーやコンビニの惣菜では味気ないし、自炊は高校生以来からっきしなのだ。

一通りの調理器具は一応揃えてあるが、二年過ごして、まだまな板さえ使ったことがない。冷蔵庫もお酒が冷えているだけ、ほとんど使っていない。

今日は中華か、和食か、イタリアンか。気分と相談しつつ、街へ繰り出す。きゅーちゃんに癒されたおかげだろう。すっきりとした頭に、また『はれるや』のことがかすめた。

こうして店に悩んだ時、選ばれる店になるにはどうすればいいか。

SNSでの炎上を発端に事は大きくなったが、究極的にはそこに尽きる気がした。
人が入る店は、噂がどうあれ潰れないのだ。

希美は、越谷の街並みに、金町の商店街を重ねてみる。ふと、一人の顔が思い浮かんだ。

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