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二章 商品企画部のエリート部長は独裁者?

28話 譲れない理由

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希美が予約を入れたのは、連日にはなるが『はれるや』だった。

案内していくつもりだったが、仲川が「現地集合でいい」と引かないから、一人で出向く。着いたのは、まだ日も沈まない六時ごろだった。

店に入ってみれば、

「……お早いですね」

もう仲川が席で待っていた。

暖色系の灯りやテーブルマットがなければ、社内のデスクかと勘違いしたかもしれない。お冷やそっちのけで、社用のタブレット端末に目を落としている。

ご飯を楽しむような雰囲気ではなかった。
むしろ肌がひりつく。

希美は一度深呼吸をしてから、対面に陣取った。仲川が、おもむろに顔を上げる。

「それで? どういう魂胆です? もう企画の変更はできませんよ。だいたい、こういった場での意見を取り入れるのは、公平じゃありません」

仕掛けてくるのが早い。よっぽど時間をかけずに済ませてしまいたいようだ。希美の誘いに乗ったのも、それが理由だろう。

今ここで、四度にわたる戦いにケリをつけるつもりなのかもしれない。

雑談の花が咲くわけないのは、重々承知していた。
仲川がその気なら希美にだって用意がある。情報のソースは隠したうえで、さっそく例の計画のあらましを話す。そして、感情的に訴えかけた。

「大ピンチの到来です。会社として、どうにかしなくちゃいけません!」
「そうですね。その店主は適当に理由をつけて、早急に更迭しましょう」
「そうじゃなくて!」
「ではどうしろと? 話はそれだけならもう失礼したいのですが。処分の検討をせねばなりません」

一筋縄ではいかないのは分かっていたが、あまりに血も涙もない。

立ち上がって、とっとと荷物をまとめだす。まだ料理の一つ頼んでいないのにだ。

「どうしてそこまでするんですか。そこまで昇進が大事ですか」

つい、煽るような言葉が口をついて出た。仲川は一瞬動きを止め、こちらを睨むように見下ろす。

「それを言うなら、あなたもでしょう? それほどこの企画が大事ですか」

希美に迷いはない。まっすぐに頷く。

「なぜそこまで? あなたの部署には関係ないでしょう。理由がわからない」
「私には理由がありますよ。譲れない理由が」
「……一応聞きましょうか」

希美の剣幕に折れてくれたのか、彼はもう一度座り直した。

身を沈み込ませるわけでもないから、すぐにでも立ち去ろうというスタンスは一定している。

希美の理由に、それを変えさせるだけの力はないかもしれない。
けれど、もう逃げも隠れもできないのだ。
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