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二章 商品企画部のエリート部長は独裁者?
31話 悪戯ラブレターは若きエリート部長から?
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六
貰ったメモと睨めっこを繰り返して、記憶と照らし合わせる。
悪戯ラブレターは、見つけたその場で処分してしまっていた。
衝動的に握り潰したのだが、今になって後悔するとは思わなかった。
「希美ちゃん? その住所がどうかした?」
恵子に不思議そうに声をかけられて、希美はそれを胸ポケットへしまう。
「ううん、なんにも! こんなところがあったなんて知らへんかったなぁって」
苦し紛れにごまかす。仲川からラブレターを受け取ったかもしれない、とは言えない。
「他の部署の人はみんな知らないと思うよ。ここ基本的に商品企画部でしか使わないから」
「……そうなんや。入っちゃってよかったんかな?」
「うん。仲川部長がいいって言ってるしね」
名前を聞いただけで、少しどきりとした。なぜかこちらが妙に意識をしてしまっている。
はれるやで、仲川と話をつけた次の日。
希美と鴨志田は、恵子たち商品企画部の面々と、会社が借りているというキッチンスタジオへとやってきていた。
見たところ、大抵のものは揃っている。
ステンレスで幅広の調理台が三つに、コンロ、レンジ、オーブンがそれぞれ据え置かれていた。大型冷蔵庫がずらりと並んでいるのが飲食店経営会社の本部らしい。
まずは手分けして、必要な調理器具や材料を用意していく。恵子が希美を熱い視線で見つめていた。
「でもびっくりしたよ。まさか本当に仲川部長に勝っちゃうなんて。さすが希美ちゃん!」
「やめてよ、恵子。勝つって感じやなかったよ別に」
謙遜ではない。実際、戦うべき相手ではなく、共闘する関係になっただけだ。
「仲川部長も、そんなに悪い人やないしね」
何気なく希美は思ったままを口にした。だのに、なぜか視線がたくさん集まっている。
「仲川部長とのご飯どうだった? あの人、飲み会とか来ないから気になってたんだよな」
その中から、三十なかば頃の中堅男性社員がいかにも愉快そうに聞く。
「ご飯ってほどは食べてないですけど。あ、意外とよく喋りますよ。あとそれから……」
希美はまたあの手紙を思い出して、顔が火照る。
手でぱたぱた扇いでいたら、社員たちは、意味ありげに顔を見合わせていた。なにやら合意に至ったようで、再び持ち場へ戻っていく。
「うち、なんかしたかな?」
「希美ちゃん、すごいね、ほんと。口説き落としちゃったんだ?」
「えっ、なにがよ。あ、おだてとる? そんなに甘やかされても、なんもでーへんよ!」
なんてやっていたら、
「では巻きでやりましょうか。時間はそう多くないですから」
一番前にいた鴨志田が腕をまくりながら号令をかけた。
主に希美に対して、五月という季節柄には、いささか冷たい視線を投げる。
彼は、年上の社員もたくさんいる中を、手際よく仕切っていく。どういう分担が必要なのか一通り把握しているらしい。
かなり的確なようで、誰も文句をつける人はいなかった。
一体何者なのか、ますます分からなくなる。
怠惰で物知りなだけではなく、カリスマ性のようなものも持ち合わせているらしい。
希美にも、仕事があてがわれる。
「……なんか寂しい」
キッチンの端、隔離された小部屋でのデスクワークだった。
チラシの修正やレシピの作成、材料の調達依頼など、調理以外にもやるべきことは多い。
「あんまり気落ちするなよ。それだって立派に大事なことだ」
覗きにきた鴨志田が扉のへりに手をかけながら言う。
キッチンが気にはなるが、料理をできる腕がないのだから、しょうがない。
「してませんよ。分かってます。ハチ退治に比べたら、やりがいしかありません」
「最終ゴールは店舗で提供を開始するまでだ。息切れするなよ」
「……陸上部なめないでください。一週間なんて短距離です」
「そいつは結構。じゃあ、ついでにもう一つ。仕事があるんだけど、いいか?」
こくりと首を縦に振った。すると、鴨志田は希美を手招く。頬が窪んでいた。目が半開きになっている。これは悪い方の笑みだ。
「な、なんですか」希美は一旦半身の姿勢で、鴨志田の出方を伺う。
「ふっ、後輩はやっぱり面白いな。でも、心配いらねぇよ。ただちょっとパフェの食べ放題をして、感想を言うだけだ。どうだ、モチベにも繋がるだろ」
「早く行きましょう!」
体が勝手に動いていた。
キッチンへ移ると、パフェを次々さらっていく。冷たいものの五、六個は希美の強靭な胃にしてみれば、大した敵でもない。
どれも味わいが微妙に異なっていた。ただし、どれもしっくりくるかといえば弱い。
「水まんじゅう、もう少し食感が柔らかい方がいいんじゃないでしょうか。固める時の温度、少し上げてみる、とか」
口しか出せないのが歯痒かったが、
「……ま、後輩の舌は本当に優秀だからな」
「舌は、ってなんですか、舌は、って」
鴨志田が介入してくれて、希美の意見は聞き入れられていった。
貰ったメモと睨めっこを繰り返して、記憶と照らし合わせる。
悪戯ラブレターは、見つけたその場で処分してしまっていた。
衝動的に握り潰したのだが、今になって後悔するとは思わなかった。
「希美ちゃん? その住所がどうかした?」
恵子に不思議そうに声をかけられて、希美はそれを胸ポケットへしまう。
「ううん、なんにも! こんなところがあったなんて知らへんかったなぁって」
苦し紛れにごまかす。仲川からラブレターを受け取ったかもしれない、とは言えない。
「他の部署の人はみんな知らないと思うよ。ここ基本的に商品企画部でしか使わないから」
「……そうなんや。入っちゃってよかったんかな?」
「うん。仲川部長がいいって言ってるしね」
名前を聞いただけで、少しどきりとした。なぜかこちらが妙に意識をしてしまっている。
はれるやで、仲川と話をつけた次の日。
希美と鴨志田は、恵子たち商品企画部の面々と、会社が借りているというキッチンスタジオへとやってきていた。
見たところ、大抵のものは揃っている。
ステンレスで幅広の調理台が三つに、コンロ、レンジ、オーブンがそれぞれ据え置かれていた。大型冷蔵庫がずらりと並んでいるのが飲食店経営会社の本部らしい。
まずは手分けして、必要な調理器具や材料を用意していく。恵子が希美を熱い視線で見つめていた。
「でもびっくりしたよ。まさか本当に仲川部長に勝っちゃうなんて。さすが希美ちゃん!」
「やめてよ、恵子。勝つって感じやなかったよ別に」
謙遜ではない。実際、戦うべき相手ではなく、共闘する関係になっただけだ。
「仲川部長も、そんなに悪い人やないしね」
何気なく希美は思ったままを口にした。だのに、なぜか視線がたくさん集まっている。
「仲川部長とのご飯どうだった? あの人、飲み会とか来ないから気になってたんだよな」
その中から、三十なかば頃の中堅男性社員がいかにも愉快そうに聞く。
「ご飯ってほどは食べてないですけど。あ、意外とよく喋りますよ。あとそれから……」
希美はまたあの手紙を思い出して、顔が火照る。
手でぱたぱた扇いでいたら、社員たちは、意味ありげに顔を見合わせていた。なにやら合意に至ったようで、再び持ち場へ戻っていく。
「うち、なんかしたかな?」
「希美ちゃん、すごいね、ほんと。口説き落としちゃったんだ?」
「えっ、なにがよ。あ、おだてとる? そんなに甘やかされても、なんもでーへんよ!」
なんてやっていたら、
「では巻きでやりましょうか。時間はそう多くないですから」
一番前にいた鴨志田が腕をまくりながら号令をかけた。
主に希美に対して、五月という季節柄には、いささか冷たい視線を投げる。
彼は、年上の社員もたくさんいる中を、手際よく仕切っていく。どういう分担が必要なのか一通り把握しているらしい。
かなり的確なようで、誰も文句をつける人はいなかった。
一体何者なのか、ますます分からなくなる。
怠惰で物知りなだけではなく、カリスマ性のようなものも持ち合わせているらしい。
希美にも、仕事があてがわれる。
「……なんか寂しい」
キッチンの端、隔離された小部屋でのデスクワークだった。
チラシの修正やレシピの作成、材料の調達依頼など、調理以外にもやるべきことは多い。
「あんまり気落ちするなよ。それだって立派に大事なことだ」
覗きにきた鴨志田が扉のへりに手をかけながら言う。
キッチンが気にはなるが、料理をできる腕がないのだから、しょうがない。
「してませんよ。分かってます。ハチ退治に比べたら、やりがいしかありません」
「最終ゴールは店舗で提供を開始するまでだ。息切れするなよ」
「……陸上部なめないでください。一週間なんて短距離です」
「そいつは結構。じゃあ、ついでにもう一つ。仕事があるんだけど、いいか?」
こくりと首を縦に振った。すると、鴨志田は希美を手招く。頬が窪んでいた。目が半開きになっている。これは悪い方の笑みだ。
「な、なんですか」希美は一旦半身の姿勢で、鴨志田の出方を伺う。
「ふっ、後輩はやっぱり面白いな。でも、心配いらねぇよ。ただちょっとパフェの食べ放題をして、感想を言うだけだ。どうだ、モチベにも繋がるだろ」
「早く行きましょう!」
体が勝手に動いていた。
キッチンへ移ると、パフェを次々さらっていく。冷たいものの五、六個は希美の強靭な胃にしてみれば、大した敵でもない。
どれも味わいが微妙に異なっていた。ただし、どれもしっくりくるかといえば弱い。
「水まんじゅう、もう少し食感が柔らかい方がいいんじゃないでしょうか。固める時の温度、少し上げてみる、とか」
口しか出せないのが歯痒かったが、
「……ま、後輩の舌は本当に優秀だからな」
「舌は、ってなんですか、舌は、って」
鴨志田が介入してくれて、希美の意見は聞き入れられていった。
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