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三章 恋人のフリ?
41話 なぜか偽名を使う。
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一流モデルが、ランウェイを闊歩している。
そう勘違いしかけるほど、クールかつエレガントに装われていた。
ただ歩くだけで、襟元から、革靴の先から色気が立ち上り、男女構わず振り返らせる。
その居振る舞いは、通勤ラッシュを超えて、日中の静けさを取り戻したはずのJR赤羽駅に、小さな騒ぎを起こしていた。
その張本人・鴨志田が目の前までやってきて、
「なんですか、その格好……」
希美は思わずぼやく。ぼさぼさがトレードマークのはずだった黒髪が、オールバックに撫でつけられていた。
スーツも、きっちりタイトに着込まれている。
「ちょっとわけがあるんだよ、いいからいくぞ」
もはや、背格好だけが似たフィルムの奥の俳優を見ているかのようだった。
少し気後れして立ち止まっていると、鴨志田は希美を振り返る。慌てて駆け寄れば、歩幅を合わせてくれた。
鴨志田との会議の後、その日のうちに希美がアポを取って、迎えた翌日。希美たちは直行で、依頼のあった店舗に出向くこととなった。
営業時間中は邪魔になるから、来るなら朝早くに、とは先方たっての希望だった。昨日の鴨志田は「明日の朝はゆっくりできるな」なんて、うそぶいていたのに、これである。
わけを問いただしたかったが、目的地『大衆料理屋・天天(てんてん)』へは五分ほどで着いた。
「……歴史を感じます」
「そんな大層なものか? たかが四十年の話だぞ。せいぜい昭和だ」
店は、いわゆる「千べろ」の聖地として名高い、一番街のすぐ脇に立っていた。
敷地は、こじんまりとしている。汚れた軒のテントに、ショーウィンドウに並ぶのは色あせた食品サンプル。とても、支店経営の店とは思えない外観だ。
「感じます。だって、ここが一号店ですよ? このお店から始まって、今や三十店舗! 感慨深いです」
「ま、ある意味原点だよな、ここが。店主もずっと変わってないからな」
「そうなんですか。ということは、かなりお年を召されてる?」
「あぁ、七十は超えてるよ。でも、腕も衰えてないらしい」
鴨志田は、さらにいくつか情報をくれる。
売上の推移は、十年来ずっと安定的なのだそうだ。景気に左右されないというのは、地元に根を張れている一つの目安になる。
それらを踏まえてから、希美は引き戸をノックした。開いたかと思えば、腰の曲がった老人が眉間にシワを寄せ、入り口を塞ぐように立っていた。まるで番人のように。
察するに、この人が店主なのだろう。
「だ、ダッグダイニングの本部から来た、木原希美と言います」
後ずさってから、希美はペコリと頭を下げ、すぐに名刺を差し出す。
鴨志田はといえば、どうやら忘れてきたらしい。肝心なところで、詰めが甘い。
「あの、こちらは……」
しょうがない先輩だ。希美が渋々紹介しようとしたら、
「私、春田と申します。今日はこちらの店員の方から依頼を受けて参りました」
彼は臆面もなく、とっつけたような笑顔とともに、偽名を使った。
いつもに増して、理解が追いつかない。だが、そんなこととはつゆ知らず、
「岡(おか)だ。中で別の店員が待ってる」
そう名乗った店主は、厳しい顔のまま踵を返した。カウンター扉の奥、キッチンへと戻っていく。
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