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三章 恋人のフリ?
48話 鴨志田の過去➀
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「希美さん。蓮とは仲良くやってるの?」
どうにか、できる彼女を演じ切るしかなさそうだ。
「は、はい! 清く正しく健全なお付き合いをさせてもらってます!」
「うふふ、それはよかった。あの子、素直じゃないから分かりにくいけど、いい子だから、見捨てないであげてね」
「そ、そんな、私が捨てられないかなってくらいで」
夫人は、希美の小皿に肉や野菜をバランスよくよそってくれる。
「蓮にとっては、あなたが初めての彼女だから。ま、我慢できなくなったら、その時はスカッと振ってやりなさい」
皿を渡してくれながら、彼女は悪戯っぽく笑った。
意外な話だった。
希美は、年上に混じって世間話を交わす鴨志田を見る。
あれだけ外面がよければ、数十人は誑し込んでいてもおかしくないのに。
まぁ鴨志田の場合、人間関係さえ面倒がりそうではあるが。
さすがに夫人の手前、欲望のまま肉に食らいつくわけにはいかない。
お淑やかにと、まず、ほうれん草のお浸しをいただく。茹で加減が絶妙で、しゃくしゃくした音も、歯触りも抜群によかった。
けれど、もっとも印象に残ったのはその後味だ。。
「コクがありますね、このお醤油」
「さすが蓮の彼女ね。これは再仕込み醤油を使ってるんです。ちょっと普通より熟成期間が長いんです。うちの人が料理人だった頃のお気に入りなの」
どうりで旨味が強いわけだ。そして、こだわりが伝わってくる。
そこから話は、にわかに料理談義へと展開した。
おかげさまで緊張がほぐれてくると、気になり始めたことがあった。
「そういえば、息子さんでもあるんですよね? 孫養子だって聞いてます」
「えぇ、そうよ。でも税金対策じゃないの。あの子の両親は、幼い頃に交通事故で早死にしちゃったから、うちの人が引き取ったんです」
「えっ、あの、すいません……」
「蓮ってば話してなかったのね。いいのよ、そんなの。あなたは蓮の大事な子なんだからむしろ知っててほしいくらい」
そもそも、それが嘘なのだ。
いよいよ見破られるわけにはいかなくなった。
希美はきゅっと肩をすぼめ、真っ赤な絹の袖を、さすがに控えめに握る。
聞いていいのかと言う葛藤はあったが、気にならないわけがなかった。
「亡くなったのは蓮が七歳の頃よ。だから蓮にとっては、私たちが親みたいなものね。でも、うまく親をできてたかって言われたら、どうなのかしら。時期の問題もあったから」
「……なにか問題が?」
「息子を亡くした夫は、身を粉にして仕事に打ち込むようになってね。そこで支店経営を始める案が持ち上がって、毎日深夜まで仕事にかかりきり。私もその頃は現場に出てたから。蓮は一人でお留守番ってことが多かったの」
ぽつんと、リビングに座る鴨志田少年が希美の脳裏に浮かぶ。
親を失って、迎えられた家でも一人。
年老いた父と子のやりとりは、たまの『天天』での食事会くらいだったと言う。
「放っておいたら、クッキーばっかり食べてねぇ。今思えば、そうして寂しさを紛らしてたのかもしれないわね」
その姿は、今も変わっていない。
彼から漂う謎の哀愁は、そんな過去の孤独が原点にあったのだろうか。
夫人は、過ぎた日々を悼むように声を詰める。
どうにか、できる彼女を演じ切るしかなさそうだ。
「は、はい! 清く正しく健全なお付き合いをさせてもらってます!」
「うふふ、それはよかった。あの子、素直じゃないから分かりにくいけど、いい子だから、見捨てないであげてね」
「そ、そんな、私が捨てられないかなってくらいで」
夫人は、希美の小皿に肉や野菜をバランスよくよそってくれる。
「蓮にとっては、あなたが初めての彼女だから。ま、我慢できなくなったら、その時はスカッと振ってやりなさい」
皿を渡してくれながら、彼女は悪戯っぽく笑った。
意外な話だった。
希美は、年上に混じって世間話を交わす鴨志田を見る。
あれだけ外面がよければ、数十人は誑し込んでいてもおかしくないのに。
まぁ鴨志田の場合、人間関係さえ面倒がりそうではあるが。
さすがに夫人の手前、欲望のまま肉に食らいつくわけにはいかない。
お淑やかにと、まず、ほうれん草のお浸しをいただく。茹で加減が絶妙で、しゃくしゃくした音も、歯触りも抜群によかった。
けれど、もっとも印象に残ったのはその後味だ。。
「コクがありますね、このお醤油」
「さすが蓮の彼女ね。これは再仕込み醤油を使ってるんです。ちょっと普通より熟成期間が長いんです。うちの人が料理人だった頃のお気に入りなの」
どうりで旨味が強いわけだ。そして、こだわりが伝わってくる。
そこから話は、にわかに料理談義へと展開した。
おかげさまで緊張がほぐれてくると、気になり始めたことがあった。
「そういえば、息子さんでもあるんですよね? 孫養子だって聞いてます」
「えぇ、そうよ。でも税金対策じゃないの。あの子の両親は、幼い頃に交通事故で早死にしちゃったから、うちの人が引き取ったんです」
「えっ、あの、すいません……」
「蓮ってば話してなかったのね。いいのよ、そんなの。あなたは蓮の大事な子なんだからむしろ知っててほしいくらい」
そもそも、それが嘘なのだ。
いよいよ見破られるわけにはいかなくなった。
希美はきゅっと肩をすぼめ、真っ赤な絹の袖を、さすがに控えめに握る。
聞いていいのかと言う葛藤はあったが、気にならないわけがなかった。
「亡くなったのは蓮が七歳の頃よ。だから蓮にとっては、私たちが親みたいなものね。でも、うまく親をできてたかって言われたら、どうなのかしら。時期の問題もあったから」
「……なにか問題が?」
「息子を亡くした夫は、身を粉にして仕事に打ち込むようになってね。そこで支店経営を始める案が持ち上がって、毎日深夜まで仕事にかかりきり。私もその頃は現場に出てたから。蓮は一人でお留守番ってことが多かったの」
ぽつんと、リビングに座る鴨志田少年が希美の脳裏に浮かぶ。
親を失って、迎えられた家でも一人。
年老いた父と子のやりとりは、たまの『天天』での食事会くらいだったと言う。
「放っておいたら、クッキーばっかり食べてねぇ。今思えば、そうして寂しさを紛らしてたのかもしれないわね」
その姿は、今も変わっていない。
彼から漂う謎の哀愁は、そんな過去の孤独が原点にあったのだろうか。
夫人は、過ぎた日々を悼むように声を詰める。
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