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四章 スーパーバイザーとして
69話 ゴーサイン
しおりを挟む昔とった杵柄と言おうか、高校生の頃の努力は、今なお生きていた。
「サーモンマリネは前日から準備する必要があるから、手順書の一番上に加えようか」
「はい、鴨志田さん。逆に塩のまぶし方とかは注釈レベルに落とします?」
「そうだな。理由まで書いてあるのは細かすぎる」
調子を掴んでくると、作業マニュアルの作成に加わる。
鴨志田名誉会長がやってきたのは、そんな昼下がりだった。
「……会長がどうしてここに」
鴨志田さえ事前に知らされてはいなかったようだ。大事件だと場の全員が慌てふためく。
「自分の会社が開く直営店舗だ。見にこない理由がないだろう」
「せめて連絡よこしてくれると助かったんだけど」
「いや、予定をスケジュールに登録してしまうと、余計な接待があるだろう。それを避けたかったんだよ」
会長の希望で、いわば御前でのデモを行われる。
鴨志田に譲られて、仲川が指揮をとった。
練習どおり、注文が入ってからのオペレーションを一通りこなす。
「うん、まずまずだけど、まだぎこちなさが目立つね」
多少時間がかかっても丁寧に料理を出すこと、客の満足度を第一に考えること。
二つの金言をもとに、直接的に意見をくれた。最後に全体を俯瞰して、
「ううん、ここの壁は一面水色のまま行くのかぁ。もったいないな」
この日一番、渋い顔になる。
「無理言うなよ。直前で言われても、採用できる話じゃない」
恐縮して他の誰も口を出さなかったが、おおむね鴨志田と同じ意見の人が多いようだ。
なんだか寂しいとは感じていたけれど。希美も、現実的ではないと思いかけて、
「ん、そうだ! もしかしたら、いけるかもしれません!」
すんでで覆った。
「……どういうことだ、後輩?」
「私の友達に、金町で塗装職人やってる子がいるんです! ツテを使えば、今からでも頼めるかもしれません!」
「……デザイン案もなにもないんだぞ」
「そこは、イメージだけでも伝えられればきっと間に合いますよ」
希美は御曹司との言い合いをやめて、じかに会長に判断を乞う目線を投げかける。
「あぁ、木原君か。その節は孫ともども世話になったね。ちなみに、その子はどういう子なんだ?」
「まだ職人としては駆け出しです。でも、人一番やる気は持ってて。だからこそ合うと思うんです。これからスタートを切る、この店に!」
「……うん、そうか。いいじゃないか、歓迎すべき挑戦だ。どうだい、店長はどう思う? 君が決めるべきだ」
あくまで最後は現場に任せるという姿勢は、一貫しているらしい。
結論を任された新店長になる男は、真剣な熟考をはじめる。
その末に、ゴーサインが出たので、希美はよし、と拳を強く握り締める。
「時間もないです。すぐに連絡しますね!」
──そうして、あっという間に二週間が過ぎた。
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