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三章 サキュバスが帰ると言い出して。
第27話 純度100%のキスをくれて、君は帰るという。
しおりを挟む四
雨に濡れて風邪でも引いてしまったら。
僕は気が気でならないまま家に帰ってきたのだが、当の本人はお気楽そのものだった。
「私は悪魔ですよ? 槍が降らなきゃ、雨くらい避けられます」
結愛はリビングのソファにちょこんと三角座りをする。
二リットルのコーラをラッパで飲みつつ、テレビを横目に洗濯物を畳む。もう何年も主婦をやってきたような、貫禄のある余裕ぶりだった。
「なんだよ、それ。先に言えよな。最初から傘なんていらなかったんじゃないか。全く心配して損したよ」
「ふふっ、心配ありがとうございます。で、どうでしたか。一昨日ぶりの放課後ランデブーは」
僕は、その横に座り、あったままを話す。
少しの時間とはいえ、あの雰囲気は明らかにこれまでとは異質のものだった。雄弁するのだが、
「結局告白できなかった、ってわけですか。もうバカっ、ご主人様の意気地なし~」
こう、ジト目で蔑まれた。
薄々自覚していただけに、心に打撃を与えるワードだった。とはいえ、僕にも言い分はある。
「なんだよ、心配してやったってのにさ」
「頼んでませんよーだ。それに、私が濡れることと命とどっちが大切なんですか。あと四日しかないんですよ、分かってますか」
「うぐっ、そりゃあそうだけど。でもそこまで言わなくてもいいじゃないか。まずは大進歩だって褒めてくれたっていいだろ? 大体、結愛も明日でいいって」
「チャンスがあったなら話は別です。命もそうですけど、澄鈴さんと付き合いたいんですか本当に」
僕は首を縦に振る。
もちろんだ。澄鈴に告白をして無事に付き合えること、それが心願である。
そして、それによって僕が死ぬ未来、つまりは勝手に結ばされたこの悪魔の契約が解除されれば……
「ねぇ、そういえば告白できたら結愛はどうなるの」
ふと、疑問に行き当たった。
「ゲームの中に戻ります。最初に言いませんでしたっけ」
「……戻る、か。そっか」
「えぇ、それがどうかしましたか?」
結愛はあっけらかんとして言う。
「それじゃあ結愛はなんのためにきたのさ。まさか本当に僕に告白させるためだけ?」
「えぇ、最初からそう言ってますよ。なので、終わったら帰ります」
その言葉に嘘はなさそうだった。
結愛の目的がそれだけだったことにも虚をつかれたが、それよりだ。
そうなったら、当然今の二人暮らしは終わることになる。それどころか、もうこうして喋ることもできなくなるのだろうか。
モヤッとしたものがよぎるが、ただ彼女を帰さないことは、僕の死と等式で結ばれるのだ。
「あ、もうコーラなくなっちゃいました。新しいの貰ってもいいですか」
それに、この味覚食欲バグ魔がいると、食材の消費もえげつない。僕が毎日少しずつと計画していたのを、もう平らげてしまった。
そもそも一人でミニマムに生きていた。帰るなら帰れ、だ。うん。
「まぁ終わったことは仕方ありません。明日こそ告白しましょうね」
「うん。分かったよ」
「いい返事ですね。じゃあ、ちょっと練習しましょうか。明日のために」
そう言うと、結愛はテレビを消して三角座りを解く。スカートの裾を膝下に織り込んで、僕の前、正座をし直した。つられて、僕も姿勢を正す。
「告白してください、私に」
「……はい?」
が、訳の分からない主張に、すぐに歪んでしまった。
「と言っても予行演習ですよ。ぶっつけ本番でご主人様が告白できないのは今日で分かりました。ですからいわば模擬試験です」
「僕、予習は欠かさない男だから、もう何回もシミレーションなら」
「一人で鏡に向かってぶつくさ言ってただけじゃないですか! 見てましたよ、私。せめて人相手にしてください」
そうだった、僕の暮らしは監視されていたに等しかったのだった。
それを指摘されては、返す言葉がない。僕の沈黙を肯定と受け取ったのだろう、結愛は身振りを交えてレクチャーを始める。
「まず目を見るんです。三秒、見つめてください」
「三秒ね、三秒ぐらいなら」
躊躇いつつも、僕は結愛と目を合わせた。彼女はとっくに僕を見ていたらしい。憂いの乗ったまつげの奥、僕の姿が映った薄橙の綺麗な瞳とはっきり視線が合う。
「それから難しい言葉はいりません。ただ、好きだ、付き合ってほしい、それで十分です。ご主人様の考えるポエムは寒いですから──って、聞いてますか」
「え、あぁうん」
魅入られてしまった、そう言っていいのかどうか。僕は慌てて頷いて、言われた通りに繰り返す。
「す、す、好きだ。付き合ってほちい!」大いに噛んだ。
「全然ダメです、もう一回。目も見てませんし」
「す、好き」
「最初から噛まないでください。もう一度、お願いします」
このままでは、済ましてはくれなさそうだ。
冷静になろうと、僕は深く息を吸う。
結愛の甘やかな髪の香りがする。それに混じって、つんと、酸っぱく蒸れた雨の匂いが鼻についた。
「ねぇ、結愛。やっぱり雨に濡れたんじゃ」
「……ご主人様のくせに鋭いですね。気にしないでください。それより、告白の練習です」
結愛は、大したことでもないと言うように、膝頭をぽんと叩く。
だが、僕にはそうは思えなかった。彼女がそうまでして作ったチャンスを無駄にしてしまったのか、僕は。そのうえ結愛を心配して、と言い訳にまで利用してしまったことになる。
これ以上、不甲斐ないままではいられない。まなじりを決して口を開く。
「好きだ。僕と付き合ってください」
自分でも好感触があった。
目を瞑って合否の裁定を待っていると、
「はい、私も好きですよご主人様」
でこに柔らかな感触があたる。
「な、な、もしかして今キスして」
でこに灯った火は、瞬く間に僕の顔一面に広がっていった。
「えぇ、いわば試験突破のご褒美です♡ いいものでしょう? ……ダメ、でし
た?」
「ダメだろ! こういうのはだな、その、本当に好きな相手にやるものだから!」
「好きですよ? ご主人様の告白は演技でも、私の気持ちは本物なんです! 純度100%のやつです!」
「でも僕は……むぐっ」
なおも咎めんとしていると、指が一本、僕の唇に当てられる。
「最後なんですから、少しくらい許してくださいよ」
「……結愛」
「今日まで、ありがとうございました。これなら、明日は絶対決められますよ。頑張りましょうね」
ずるい、反則だ。ゲームに例えるなら、対戦相手が不利になった途端、回線を切るのに似ている。それ以上は、踏み込めない。
「あ、間接キスいただきますね。久しぶりの味です♡」
結愛は自分の指に口づけをして、きゃっと肩を跳ねさせる。妙にしんみりした心地になっているのは、僕だけのようだ。
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