【完結保証】幼なじみに恋する僕のもとに現れたサキュバスが、死の宣告とともに、僕に色仕掛けをしてくるんだが!?

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】

文字の大きさ
36 / 40
四章 ゲームから出てきたサキュバスのために

第31話 バイト!

しおりを挟む
 二


 パリッと固めた七三ヘアに、スマートさを演出するタキシード、そして鏡のように光を照り返す革靴。男はこれら完全な正装に身を包んだうえで、特大の花束を後ろ手に隠し、女を待つ。そして、女がきたらその前へ跪いて花を捧げ、情熱的な愛の告白をする。
この誰もが思い描くだろう、恋愛映画のようないわゆる完璧な告白。
夜に結愛と相談をして、僕はこのフィクションをリアルで実行しようと決心した。なにせ結愛の命がかかっている。万に一つも断られるわけにはいかないから、完璧である必要があった。
だが、誰もが共通して抱く理想というだけあってハードルは高い。
我が家にあるのはタキシードではなく、せいぜいスーツ。それも仕事疲れでよれてしまった親父のものしかないから、買うしかない。調べてみると花束というのも立派な値段がする。まず思い浮かぶような薔薇の花束は、百本で最低でも一万五千円なのだとか。

「ご主人様が無駄に課金するからですよ」
「し、仕方ないじゃないか! こんなことまで想定してなかったんだ。大体、半分以上は結愛がやれって言うからだなぁ」

つまりは、現実的にお金が足りなかった。
夜どおし結愛と二人、求人票を漁るけれど、僕らが求める「高時給、高校生OK、即支給」の神バイトは中々ヒットしない。もう最低賃金でもやむなしと妥協しかけていた時、奇跡のようなタイミングでその仕事の誘いはあった。
和食料理屋での皿洗いとホール、時給なんと千二百円。東京ならまだしも、この田舎でこれは格別の待遇だ。

「おうおう、しっかり働けよ。俺が恥かくからな」

紹介してくれたのは、吉田くんだった。
友人関係に意固地にならない方がいい。結愛のアドバイスのことがあったから、僕は昨夜、彼に謝罪のメッセージを入れたのだ。『腹が立ったとはいえ、やりすぎた部分もあった』と。すると彼からは思いの外丁寧な返事があって、『俺も大人気なかった』こう詫びられた。
埋め合わせに何かさせてほしいと言うから、バイトを探しているというと、彼の働き先を紹介してくれた。
店もよっぽど人が足りないらしく、応募用紙は形式だけで、すぐに採用になった。結愛は職業欄にひらがなで「さきゅばす」と書いたのにだ。
僕は皿洗いをしながら、ホールを覗き込む。

「いらっしゃいませ~、ご主人様」

結愛はバイトをしたいと言っていただけあって、実に生き生きと動いていた。料理を運んでは、済んだ皿を下げ、新しい客に向けても明るげに声をかける。
定食屋なのにメイド喫茶風になっているのはどうかと思うが。
あの分なら、まだ身体は大丈夫そうだ。すぐに消えてしまいはしないはず。ほっと一息ついていると、店長から怒号が飛ぶ。
「皿じゃんじゃん洗ってくれよ!! お前が洗わなきゃ誰が洗う? おい、誰だ!!」
腕組みの似合う、相当押しの強い人だった。催促されて僕は「僕です!」と声を張る。

「ちがーう!! 食洗機だ!!」

じゃあそんな熱くならないでくれない? 思いつつも、僕はやってくる皿たちを次々に機械へ流していった。
最初は苦戦していたが、徐々に慣れてきて、そのうちに昼時が過ぎてピークが落ち着く。キッチンから手の空いたのだろう吉田くんが、僕の手伝いに入った。

「しっかし結愛ちゃん可愛いよな。エプロン姿も似合ってるしよ」

彼は、僕にグラスの入ったラックを渡しつつ、結愛のいるホールに目をやる。

「そうだね、やっぱりメイドっぽいけど」
「それがいいんじゃねぇか。男の憧れだって。なぁ、さっきからちらちら見てるけど、もしかしてお前、結愛ちゃんのこと好きなのか?」
「えっ」

不意の質問に、否定も肯定もできず、僕はグラスを布巾で拭く。

「いや分かってるぜ、俺。お前の好きな人はすみちゃんだろ。昨日はごめんな、俺どうかしてたわ」
「……いいさ、済んだことだしね」

僕はあの悪魔のことをどう思っているのだろう。帰って欲しくない、それはもしかすると特別な感情があるから?

「これ、よろしくお願いします~」

ぼんやりホールを眺めていたら、視界が遮られた。
結愛が大量の食器を一気に下膳してきたのだ。詰め放題の袋みたいに、皿が積み上げられる。その隙間という隙間にスプーンやフォークといった小物が刺さっていた。
僕と吉田くんはなんとも言えない気持ちを共有して笑う。雪解けの一時といえたのかもしれない。そこへ店長が再び一喝した。

「お前らがくっちゃべってて、誰が皿洗うんだ!!」
「食洗機です!!」

吉田くんと二人、声が揃った。
バイトは、夜の二十時まで計十時間も詰めてもらった。明日も夕方までシフトを入れてもらえるよう話をつけてから、退勤する。
身体はくたくただったが、僕らはまだ家には帰らない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

無能烙印押された貧乏準男爵家三男は、『握手スキル』で成り上がる!~外れスキル?握手スキルこそ、最強のスキルなんです!

飼猫タマ
ファンタジー
貧乏準男爵家の三男トト・カスタネット(妾の子)は、13歳の誕生日に貴族では有り得ない『握手』スキルという、握手すると人の名前が解るだけの、全く使えないスキルを女神様から授かる。 貴族は、攻撃的なスキルを授かるものという頭が固い厳格な父親からは、それ以来、実の息子とは扱われず、自分の本当の母親ではない本妻からは、嫌がらせの井戸掘りばかりさせられる毎日。 だが、しかし、『握手』スキルには、有り得ない秘密があったのだ。 なんと、ただ、人と握手するだけで、付随スキルが無限にゲットできちゃう。 その付随スキルにより、今までトト・カスタネットの事を、無能と見下してた奴らを無意識下にザマーしまくる痛快物語。

死んだはずの貴族、内政スキルでひっくり返す〜辺境村から始める復讐譚〜

のらねこ吟醸
ファンタジー
帝国の粛清で家族を失い、“死んだことにされた”名門貴族の青年は、 偽りの名を与えられ、最果ての辺境村へと送り込まれた。 水も農具も未来もない、限界集落で彼が手にしたのは―― 古代遺跡の力と、“俺にだけ見える内政スキル”。 村を立て直し、仲間と絆を築きながら、 やがて帝国の陰謀に迫り、家を滅ぼした仇と対峙する。 辺境から始まる、ちょっぴりほのぼの(?)な村興しと、 静かに進む策略と復讐の物語。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

脅迫して意中の相手と一夜を共にしたところ、逆にとっ捕まった挙げ句に逃げられなくなりました。

石河 翠
恋愛
失恋した女騎士のミリセントは、不眠症に陥っていた。 ある日彼女は、お気に入りの毛布によく似た大型犬を見かけ、偶然隠れ家的酒場を発見する。お目当てのわんこには出会えないものの、話の合う店長との時間は、彼女の心を少しずつ癒していく。 そんなある日、ミリセントは酒場からの帰り道、元カレから復縁を求められる。きっぱりと断るものの、引き下がらない元カレ。大好きな店長さんを巻き込むわけにはいかないと、ミリセントは覚悟を決める。実は店長さんにはとある秘密があって……。 真っ直ぐでちょっと思い込みの激しいヒロインと、わんこ系と見せかけて実は用意周到で腹黒なヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、他サイトにも投稿しております。 表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:4274932)をお借りしております。

処理中です...