【完結保証】幼なじみに恋する僕のもとに現れたサキュバスが、死の宣告とともに、僕に色仕掛けをしてくるんだが!?

たかたちひろ【令嬢節約ごはん23日発売】

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四章 ゲームから出てきたサキュバスのために

第34話 君は悪魔。

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   五


 君は悪魔、コアクマでもあるけれど本物の悪魔でサキュバス。突然に現れて、僕に死を突きつけて。ろくでもないと思った。型破りではちゃめちゃで、高校生には刺激が強すぎる。
でも、たったの二週間しかいなかったのに、僕は気づけば君に惹かれていて、君が元の世界へ帰ると知ったときは辛くてたまらなくなった。
本当はまだ別れを受け入れたくはないけれど、仕方がないのなら、僕は最後にこの想いを伝えたい。

     ♢

月曜日の夕方、学校が終わると僕はすぐに家に帰り、準備を整えたうえで約束の河川敷へと出向いた。
到着したのは、待ち合わせした六時の十分前だった。夏至が近いから、まだ日没までは少し余裕があった。河川敷は人がまばらで、草木が揺れる音と川のせせらぐ音だけがする。
田舎っぽいのどかな雰囲気の中、花束を持って立つタキシードの高校生は、明らかに場違いだった。奇特なものを見る目をひしひしと感じる。宝塚歌劇のイベントと思われているのかもしれない。なにせ澄鈴に言わせれば、僕の髪は艶々で女っぽいらしいのだから。
ちょうど二週間前のやりとりを思い出して、苦笑してしまう。

「ちょっと歪んでますよ」

そんな僕が首元に結んだ黒のリボンを、結愛は正してくれた。
彼女も、人目を奪うだけの格好をしていた。制服でゲームに戻ってはいけないからと、はじめに着てきたサキュバスの衣装に身を包んでいる。

「ありがとう、もう隠れててよ。澄鈴が来たらいけない」
「はい、じゃあそうします。……その、さようなら、ご主人様」
「うん、さようなら」

僕があっさり言ったのは、これで終わらせるつもりはなかったからだ。
結愛には、僕がこれからどうするつもりか伝えていなかった。おずおずと、たまに振り返りながらも、彼女は背丈の低い街路樹の元へ歩いていく。
最後の最後の大サプライズだ。こんな荒技、きっとハリウッドスターだってできやしない、そう思うとニヤついてしまう。
決心はとうについていた。むしろ焦れてしまいそうになるのを花束を背中に軽く押し当てて、すんでで抑える。
「なんなん、その格好。さすがにキメすぎちゃう? なんかの撮影かと思った。ウチ制服でよかったん?」
体感では、かなりの時間が経ってから、ようやく澄鈴はやってきた。
六時ちょうどだった。川中の噴水が高く噴き上げて、それを告げる。

「いいよ、別に。僕もそう思うけどさ、完璧にしなきゃいけなかったんだよ」
「完璧ねぇ。まぁ完璧かー、完璧に浮いてもいるけど」
「うるさいなぁ自覚はあるよ」

澄鈴はけらけらと笑う。たわいのない雑談が続きそうな雰囲気だったが、悠長にはしていられない。噴水の音に掻き消えてしまわないよう、

「話があるんだ」

僕は声を張り上げた。
後ろ手に隠していた薔薇の花束を澄鈴の方へ向ける。驚きが重なりすぎたらしく、「本気やね、ほんまに」こう言ったきり彼女は声を失っていた。
赤い薔薇はその数、実に百本だ。花言葉は、100%の愛。それと真ん中には一本だけマリーゴールドを忍ばせておいた。
学校で結愛と植えたものだ。その時は蕾だったが、ちょうど花開いていたから、一本頂いてきた。これの花言葉はなんだったっけ。
僕は舌を丸め、口の中の唾を全て飲む。後は、思うがままだ。そう思ったのだが、

「懐かしいなぁ、ここ」

澄鈴は、わざとらしく呟いて僕に背を向ける。

「覚えてへん? 小学生の時、毎日一緒に帰ってたこと」
「……覚えてるよ、少し前にも話しただろ。トイレ掃除の帰り道」予想外の展開に、僕は反応するのに少し時間がかかった。

「ウチは光男が言い出すまで忘れてた。でもさ、それは大事な思い出やないからやなくて、その後も何回も二人で通ってたから、思い出が上書きされてただけ。ウチはある意味、光男が当たり前になってたんかもね」

こちらを振り見て、ニカっと笑った。その姿が、記憶の中の幼く小さな澄鈴とだぶついた。
思えば、僕も彼女も随分背丈が伸びた。そう今になって気づくのは、彼女を見ない日がなかったからだろう。
たしかに好きだった。けれど、今は誰かさんへの思いがそれを上回ってしまった。

「なぁ。これは、あの子のお願いごとやねんけど」
「お願いごと?」
「うん。花火の時に頼まれたんよ。私はもうすぐ消えるから、そうしたら光男さんをお願いします、澄鈴さんしかいない、って」

僕は今さらになって、「女子だけの話」と言って阻まれた理由を知る。

「あいつ……」

澄鈴にまでそんなことを吹き込んでいたとは。自分が消えてからのことまで手をまわしているとは、お節介がすぎる悪魔だ。

「今からあんたが、その、言うてた(・・・・)ことするんなら、ウチはそのお願い頼まれてやれへんけど、えぇ?」

僕は僕で気を張り詰めていたが、澄鈴の目も同じくらいに真剣みを帯びていた。
風が二人を横から吹き付ける。薔薇の花びらがいくつか舞い上がって、僕らの間を割いた。

「うん」
「…………そう、ほんなら話続けて」

僕は一度、深呼吸をする。彼女のことを頭に思い浮かべる。
紫髪の魔女っ子サキュバス。僕のところへ急にやってきた、お節介がすぎるポンコツ少女。味覚がおかしくて、朝からラーメン食べるは、コーラはラッパ飲みしてしまう。すぐにべたべたくっいてきて、心臓に悪い。
けれど、二週間しかいなかったくせに、彼女は強烈なまでに僕を変えていった。何度も告白に失敗する僕を、諦めずに支えてくれた。君が来てくれたから、僕は今こうして勇気をもってここに立っていられる。
今からすることは、君が望むことではないのかもしれない。それでも、言わなければ気が済まない。僕は君のことが。

「好きだ。僕は、どうしたって君が、君が────」

君の名前は…………なんだっけ。
分からない、ついさっきまでは覚えていたのに、途端に分からなくなった。
まさかもう、時間切れになってしまったのだろうか。僕は小さく首を振る。水平線はまだ濃い橙に染まっていた。まだ日は沈んでいない。
思い出せ、思い出せないわけがないのだ。忘れないと誓った、君がいなくなっても僕は覚えていようと決めた。たかが二週間と言われるかもしれない。ちょろい、と彼女は笑うかもしれない。でも好きになってしまったんだから仕方ない。
だって僕はもうどうしようもないくらいには君のことが、

「僕は君が好きだ、甘利結愛!」

結愛が好きになってしまったのだから。だから、名前を忘れるわけがない。
僕は練習した通りに左膝を地面につけて、花束を結愛のいる草陰の方へ差し出す。人生通算八度目の計画にして、初めてできた告白だった。

「な、なんでっ!? わ、私に告白!? どうして!!」

思いがけなかったのだろう、結愛は勢い飛び出してくる。

「私はどっちにしたってほんとあと数分で消えるんですよ! なのに、なんで私!?」
「関係ないよ。むしろ最後に言えてよかった。告白はしたわけだし、これでゲームの中には戻れるでしょ?」
「ほんと、馬鹿なんですから。ご主人様は。私のお願い返してください!」
「返せないよ、そんなの。で、えっと。結愛? その、答えは……」
「うぅ、私も好きです~、大大大好きですけど!」

結愛が僕の胸に駆け込んでくるから、花束を置いて抱き留める。せっかく用意したのに、受け取ってもくれなかった。でも、まぁいい。
彼女は声を上げて泣きじゃくる。レンタルのタキシードにシミが広がっていった。

「はぁ。協力したったはえぇけど、どういう茶番なんよ。これ」

澄鈴は、大きくため息をついて言う。
澄鈴には、今朝方、結愛へ告白することを伝えてあったのだ。そして、あたかも告白を受けるかのように一芝居打ってもらった。

「ごめん、付き合わせちゃって」

夜の公園に置いけぼりにし、今度は告白にまで巻き込んだ。澄鈴には感謝しようにも謝罪しようにも、しきれない。

「えぇよ、もう迷惑かけられすぎて気にならんなった。……あー、でもちょっといい?」

澄鈴は大股で僕の方に迫る。
間近に見て、分かった。澄鈴の瞼には、涙の粒が光っていた。

「……澄鈴」

彼女は大きく手を振りかぶる。パンッ!! と、破裂音がするくらいの強い平手打ちを僕に食らわせた。
痛みで熱を持った頬に手を当てる。
驚きはしたが、すぐにこの痛みの重さを思って、なにも言えなくなる。

「後悔しなや、ウチを逃したこと! もう遅いからね!」

澄鈴は鞄を巻きつけるように、くるっと踵を返す。少し歩いてから一度止まって、夕日の方へ走り出した。

「行っちゃいましたよ、本当にいいんですか? 澄鈴さん、絶対おこですよ。それにたぶんご主人様のこと好きだったんじゃ……」

結愛は、伏し目がちに少しそっぽを向く。

「……いいよ。澄鈴にはちゃんと償うさ」
「そうしてください。私知りませんからね、明日からは一人ですよ?」
「分かってるよ」
「どうだか」

結愛は僕の顎を拳でくいっと突き上げる。吐息が、まだ腫れて赤みのある僕の頬にかかった。
痛いですか、まぁね、帰ったら手当してください、絆創膏あったかな、と一くさりのやり取りをする。
二人、目と目が合った。
僕がどうしたくて、彼女がなにを求めているかがたぶん一致した。

「く、口は初めてなので。その、優しくしてください」
「……サキュバスなのに?」
「だから設定なんです! それに、基本的に人にされる側は慣れてないというか。もう言わせないでくださいっ」

ほんとご主人様は。
そう、しょうがなさそうに不平を口にした結愛が愛おしくなって、僕は彼女がまばたきをした隙、その唇に触れる程度キスをした。
もう日暮れはすぐそこに近づいていた。
僅かに残った日が川面の下へ沈むまで、彼女が画面の奥へと戻ってしまうその瞬間まで、最後の甘い時間を。

「……………あれ、私」

そのはずが。

「私消えてない……? もしかして」

辺りが暗くなり、たしかに夜がやってきても、結愛はそこにいた。彼女は丸い瞳をぱちくりさせて、きょとんと首を捻る。

「消えてない!?」

僕は結愛の顔をぺたぺたと何度も触る、ほっぺを引っ張ると、ふにんと伸びる。血の温かみがある。

「……のこれらみたいでふね、わらし」

たしかに、結愛はそこにいた。なぜか。

「えぇと……もしかして、ご主人様が最後の最後まで私を忘れなかったから、ルールが変わったんでしょうか」
「はぁ、あぁ、えぇ」

僕は驚きやら喜びやらにいっぺんに襲われ、声にならない音を発するのがやっとだった。結愛はそんな僕の口をそっと塞ぐ。

「ご主人様、生きてます! 私!」

遠慮なく、数回キスをされた。それから力一杯に彼女は、また僕に腕を絡める。
通りがかりのサラリーマンは気にしない素振りをしつつも、こちらを凝視していた。いつからいたのだろう。近くで佇んでいたらしいおばさまなどは、「あらまぁ」と口を覆う。
ここへきて、僕は自分のやった行為がいかに大胆だったかと気づき顔が火照りだした。

「ご主人様、お家で続きしますか? まずは深いのから♡」
「するわけないだろっ!!!!」

僕の絶叫が、川辺に響き渡る。対岸の堤防に跳ね返って、二度こだました。

「むー、そう言うと思ってましたけど。もう夫婦なんですからいいじゃないですか」
「あ、当たり前だろ、物事にはステップっていうのがあってだな! 夫婦も飛躍しすぎだ!と、とにかく帰るぞ! 全く」
「はいっ。あ、薔薇どうしましょうか」
「あー……置いて帰るわけにもいかないよね、リビングにでも飾ろうか」

ここにこのままいると、晒し者になってしまう。中学生などに見られたら、イタいコスプレバカップルとしてネットに拡散されるかもしれない。
僕が顔を伏せながら早足で歩きだすと、結愛は左隣について、手をすくい上げる。ふふんと楽しげに前後に大きく振った。僕はほどけてしまわないよう、その手を握り返す。
明日からの騒がしいだろう日々に思いをやると、頭が痛くなった。学校でのはちゃめちゃな事件はまた起こるだろう、澄鈴にはどう説明しよう、両親が帰ってきたらどうしようか。

「晩御飯、ラーメン食べたいです!」
「うん、言われなくてもそれしかないよ」

だが、そんな先のことは全て、今は些細なことに思えた。
 結愛がここにいる。それだけで僕は十分幸せだ。

「じゃあ今日はお祝いなので、醤油ましましで、三杯は食べたいです♡」
「今度は健康的な問題で死ぬんじゃないかな、それ」

 たぶん。
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