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一章

第5話 逃避行の途中で、隣国王子に出会う。

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それから数日後。
私は、目的地であるエスタンを目の前にしていた。

辺境領地のさらに最果てにある、エスタン。
その街は、ひときわ高く大きな山・エスタン山地を挟んで、隣国・ミュラ王国に接している。


かつて、私が生まれるよりずっと前に、戦争になった際には、ここが攻防の要ともなった場所だ。
だから、国交のある今でも、この付近は、平時でもかなり厳重な警備がなされている。


他の街ならば、通行料を払うことで、身分確認などはなく入門できる場所がほとんどだ。
けれど、ここはそうはいかない。

明白に身分証を提示できる者でなければ、入ることさえ許されない。

無理に突破しようとすれば、この地を治める辺境伯が率いる選りすぐりの部隊がすぐに捕えに来る。
それは、ほんの数か月前に公務で訪れ、辺境伯からじきじきに説明を受けたから、承知していた。

では、どうするか。
それについては、もともと策を用意していた。



日が暮れて、あたりが暗くなる夜分。
それまで林の中で仮眠を取っていた私は、ついに動き出す。

正門の前では、ちょうど不正に侵入しようとしていた男が捉えられていた。私はそれを尻目に目に、街を囲うように作られた空堀をぐるっと横手に回りこんでいく。

ほとんど明かりがない中だったから、下を覗けば真っ暗闇だった。目を凝らしてみても、まったく見えない。
だが私は意を決して、堀の中へと降りた。

そのうえで、淡く光るライトニング魔石を、堀の壁にかざして慎重に歩く。
そして、軽く光を跳ね返す石を見つけて、ほっと息をついた。

そのうえで、その石がある付近を力いっぱい押す。
すると、どうだ。その壁はぎいっと音を立てながら、ゆっくりと開いた。

「聞いててよかったわね」

と、私は独り言ちる。

ここは、壁であるかのようにフェイクがかけられた扉で、ほんの一握りの人間しか把握していない秘密の通路だ。

普段は使われていないが、戦争などの有事に備えて用意されており、それをこの間訪問した際に、辺境伯から聞いていた。


だからもちろん、この道がどこへつながるかも知っている。

私は一本道の地下道をゆっくりと進み、ついに反対側の出口へとたどり着く。
そこには、壁などは設けられていない。

そのまま、抜けた先にあるのは――斜面にある深い森。

つまり、ミュラ王国との国境を形成している、エスタン山地の中だ。

堀の中から街を経由せずに兵士を送り込み、戦争を優位に進めるための仕掛け。

辺境伯はそのように説明していたが、それを超個人的な逃避行のために、利用させてもらった。


本来、貴族なら許されないような蛮行だが……
王妃として必死に公務をこなしてきた結果、ひどい裏切りを受けたのだ。これくらいでは、天罰も下るまい。

私はそう一人納得して、山の中を魔石で照らしながら、ゆっくりゆっくりと上がっていく。


これを越えた先に、ミュラ王国の西端の街・トレールがある……はずだ。

というのも、外交のためミュラ王国を訪問したことはあれど、この山を使うのは初めてだ。

そもそもここエスタン山地は、自然の要塞である。
かつての外交時には、船を使って少し遠回りをして、ミュラ王国を訪れていた。


かなりの急斜面だったし、手入れがされておらず足場も悪い。
それにここには、動物だけではなく、魔物の類も出る。

こうした人が立ち入ることが難しい場所は、『瘴土』という土が地中に多く含まれていて、魔物を強く育ててしまうのだ。

実際、耳を澄ましてみれば、虫の鳴き声だけではなく、どう猛な息遣いが聞こえてきていた。

「……戦いは避けたいわね」

一応、小さいナイフだけは腰に差してあった。
しかし、正直言って、扱ったことはほとんどないし、ろくに使えたものではない。

とすれば、頼れるのは薬箱の中に入れている秘薬くらいだが、それもどこまで使えるか分からない。

だから、極力慎重に。
どうせ急いだって、一日以上は要するのだから焦る必要はない。

私はそう自分にそう言い聞かせつつ、次の足場をしっかりと確認し、踏みしめる感触を得てから、前へと身体を出すのを繰り返す。


無限に続く暗闇の中を、進んでいるかのようだった。
途中からは時間の感覚が消えて、登り始めてどれくらいが経ったか、自分でも分からなくなってくる。

よく寝たはずなのに、頭がぼうっとし始めていた。
朝が近いのかどうか、なんて。考えてもしようのないことに頭を巡らせていると、がさりと。
遠くのほうで、草木が不自然に擦れる音がした。

それはどんどんスピードをあげて近づいてくるから、私は少し焦って、木の後ろに姿を隠す。

そのうえで薬箱を開けて、秘薬を手にするが、驚いたことにそこにいたのは獣の類ではなかった。

背の高い男が剣を抜いた状態で、あたりを振り見ていたのだ。
男が腰元に提げていた明かりにより、その姿がはっきりと見えた。

私は息を殺して、彼の方を伺う。

が、そこで肘先に枝が引っかかってしまった。

近くの草木がガサリと音を立てる。
まずいと思ったときにはもう遅い。

男はすぐにそれを察知して、こちらへ近づいてくる。
それで結局、しゃがんだ姿勢のまま対面することとなって、私は男の顔を見上げた。

そして、再度面食らう。
その顔には、なんということか見覚えがあったのだ。

「……こんなところで人に会うとは驚いたな」

目を見開きながら低い声でこう言うのは、隣国・ミュラ王国の第三王子にして、これから向かうトレールの街周辺を治めている男、ルベルト・ミュラ。

驚かされたのは、私のほうだった。




_______________

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