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二章
第24話 敬語禁止チャレンジで隣国王子はなぜか照れる
しおりを挟むその一週間は、仕事に没頭しているうち、気づけば過ぎていた。
当日、私はまだ日も昇らぬ早朝に目を覚まし、旅をしていたときに使っていたかばんを持って、外に出ていた。
そのわけはといえば、約束していた時刻が六の刻だったからだ。
いつも、夜遅くまで調合などを繰り返す日々だったから、正直にいえば少し眠い。
それで、あくびをしていたら、
「……悪いな、こんな時間に」
横を歩いているルベルトが言う。
彼は初めて会った時と同じように、ローブを身に纏い、フードを深く被っていた。
要するに、身を隠しての移動だ。
「いえ。それより、本当に大丈夫なんですか。休みとはいえ、こんな朝から不在にするなんて」
「今出ておかないと、後から問題が起きて引き留められてしまうかもしれないからな。急ごうか」
まだ人通りの少ない時間であることもあろう。
幸い、誰に声をかけられるようなこともなく、正門の検問を通り過ぎて、街の外へと出る。
衛兵らに大袈裟な挨拶で見送られながら向かったのは、街外れにある森の中だ。
オルセン王国の国境とは、街を挟んで反対側に位置している。
今回の目当ては、その森の中にある小川付近に生えるヒダネという種類の薬草だ。
その根っこが、煎じて飲むことで、体温を高めるなどの効果がある。
「足元には、気をつけろよ」
森に入ってすぐは、舗装された道があったものの、少しすれば、冒険者らによって踏みならされただけの道未満のがたがたした足場になる。
まだ朝早くであり、森の中は陰が多かったから慎重に歩いていたら、
「俺には敬語で話す必要はない。これからは、やめてもらえるか」
……もしかして、私だけ時間が飛んだ?
そう思いたくなるくらい、すっとんだ話が急に前方を行くルベルトから降ってきた。
なんの脈絡もないし、その意図がまったく分からなくて、私はぱちぱちと瞬きをする。
そして、ついバランスを崩してから、どうにか立て直す。
「えっと、どういう意味ですか」
「そのままの意味だ。敬語を使っていると堅苦しいだろう」
「まぁ、それはそうですけど礼儀は必要だと思います」
「……こういう場所にきて、いちいち敬語を使っていたら、情報の伝達が遅くなって、命に関わる可能性もある」
まぁ、たしかに、そういう側面がないとは言えない。
一瞬を争うときには、端的に伝えられるほうがいいのはたしかだ。
ただ、いきなり敬語をやめる話につながるのは、かなりの飛躍をしている気もするが……そこはルベルトの思考だ。
どんなふうに飛んでもおかしなことではない。
「ルベルト。足元には気を付けて……ってこんな感じでいいかしら」
私はとりあえず、試しに口にしてみる。
はっきり言って、違和感ありありだった。
最近は敬語以外で話すことがなかったからかもしれない。
ついつい、尻すぼみに声が小さくなってしまう。後から恥ずかしくなって、
「…………なるほど。それで構わない」
「……なによ、その反応は。あなたから言ったんだから、失礼とか言われても知らないわよ」
「そのようなことを言うつもりはない。ただ、俺から申し出ておいてなんだが、呼び捨てに慣れていないものでな。すまないが、そのまま続けてくれるか」
「ルベルト。……これでいいの?」
これに彼が一つ首を縦に振るから、私は何度か「ルベルト」と繰り返してみる。
そのうちなんだか呪文みたくなって、名前を呼んでいるという感覚も薄れてくるなか、ふと見れば、ルベルトはでこに手を当てて、天を仰いでいる。
なにがあったのだろう、と。
私が彼をよく見てみれば、耳たぶから頬にかけて、ほんのりと朱がさしている。
要するに、照れているらしい。これだけの美丈夫が、たったこれだけのことで。
その姿には思わず、悪戯心がくすぐられた。
「ルベルト」と私は舌を弾くよう意識しながら、呼んでみる。
すると、彼はばっと顔をこちらにいきなり振り向ける。
その視線は宝石で作った刃を向けられているかのごとく、きっと鋭い。
「……やはり、まだ早いかもしれないな」
が、出てきた言葉はもはやふにゃふにゃだった。
いつもの、重しを乗せたような低い声は、抜けたように高くなってしまっている。
「ふふ、ではここまでにしておきましょうか。私もそのほうが落ち着きますし」
「……いいから行くぞ」
自分から切り出してきたくせに、彼は逃げるように足を速める。
それからしばらく、二人の間には足音だけが響くこととなった。
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