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花乙女は愛に咲く
(2)
しおりを挟む「リンファス!」
大声でリンファスを呼んだのはファトマルだった。別れた頃よりいくらかまともな服を着て、箱馬車から降りてきた。
「父さん!?」
驚きでリンファスが立ち止まると、ファトマルはリンファスをしげしげと眺め、これが花乙女か、と口の端を上げた。
「人間に花が咲くなんて信じちゃいなかったが、こうなると俺にもまだ運がある」
何のことだろう。疑問に思っていると、ファトマルはリンファスの腕を引いてリンファスを箱馬車に乗せた。
いきなりのことでリンファスが何も言えないでいると、ファトマルが言葉を続けた。
「貰った金は使いきっちまった。お前は俺の為に尽くすよな?」
据わった目付きで言われて、過去の暴力を思い出す。青ざめて無言のリンファスに、ファトマルは言った。
「世の中にはお前みたいなやつでも見て楽しむって言う奇特な人間が居るらしい。
お前は俺の子供だ。俺が子供を働きに出したって、何の問題もないだろう?」
走り出しガタガタと揺れる馬車の中で、ファトマルがリンファスを睨みつける。
リンファスはファトマルに何も言えなかった。ファトマルが親であることは間違いないのだから、言い返す言葉もなかったのだ。
「お前は本当だったら、今でもウエルトで畑仕事をしてたかもしれないんだ。それを思ったら、次の仕事先はずいぶん楽なはずだ。文句は言わせねえ」
フン、と息を吐いたファトマルのそれが酒臭い。ファトマルが何を考えているのか分からなくて、リンファスは震えるしかなかった。
蒼い花を追って馬を走らせたが、途中で花がなくなっていて、ロレシオはリンファスの行方を見失った。
丁度花が途切れた辺りに散らばる花が多かったので、此処でファトマルと会ったのではないかと推測する。
ファトマルがリンファスを連れて行ったのなら、此処での目撃情報を集めた方が良いと判断した。
周囲に居た人に手あたり次第聞いて回ると、黒い箱馬車に花乙女が乗って、南の方へ行ったという情報は割と直ぐ入手できた。
南へ伸びる大きな街道は海沿いまでつながっている。ウエルトの村はインタルから東の方だから、ファトマルは地元へ帰っているわけではないのだと分かる。
ロレシオはファトマルの顔を知らない。罪人であれば捜索状を書けるが、ファトマルの目的が分からない。
村の仕事を手伝わせるなら南に行かないだろうし、ファトマルは貧しい生活をしていた筈だから、大陸の地理に詳しいわけでもないだろう。
アディアの中でも南の方は治安が悪い。その治安の悪い所へ、地理に詳しくないファトマルが向かっているのには何かの目的があって南へ向かっているのだと判断して、不安がよぎった。
更にロレシオが王都の警備隊で得た情報では、同行していた御者がハティ男爵家から報告が上がっている海賊の一員だということが分かって、最悪の事態を想定する。
どうか何事もなく、と思わずにはいられない。
「ハンナ!」
インタルで唯一ファトマルの顔を知っているハンナにファトマルの特徴を聞こうと、ハンナに会いに来た。
丁度これから次の花乙女を探しに出るところで、ケイトと打ち合わせをしていた。ハンナは突然花乙女の宿舎を訪れたロレシオに驚いていた。
「どうされたのです、血相を変えて」
「リンファスが父親に連れ去られた!」
ロレシオが言うと、ハンナはさっと顔色を変えた。
「村へ連れ戻しに!? リンファスは最近花が咲いてきたところだとケイトから聞いたばかりなのに……」
「いや、村には戻ってないと思う。父親とリンファスを乗せた馬車は南へ街道を下っていくのをその場にいた人たちが見ている。
どういう目的か分からないが、最悪のことを考えなければならない」
「南……。……海ですか!?」
「ああ。海に出られるとまずいことになる」
セルジュから聞いていた海賊に攫われたとなると、リンファスをどう扱うか分かったものじゃない。
彼らの金儲けに使われる可能性は大いにある為、全ての手を打たなければならない。
「出来るだけ早く手配して奴らの根城を突き止めたい。その為には早く叔父に情報を聞く必要がある。
まずは叔父の家がある海沿いのハティ男爵領を訪問しなければならない。きっと男爵家では海賊の手がかりを持っている筈だ。
ハンナ、リンファスの父親の似顔絵を描くのを手伝って欲しい」
「も、勿論です……!
ロレシオさま、今までにも迎えに行く南方の花乙女の行方が分からなくなっていたことがあったのはご存じですか? 情報収集不足なのかと考えたりしたのですが、もしかして……」
ロレシオは召し上げられた後の花乙女のことしか分からない。
ハンナからもっと早くに情報を吸い上げることが出来ていたら、こんなことにはならなかったかもしれないとは思うが、今は過去を悔いるよりも兎に角早く行動を起こした方が良い。
国家警備隊の似顔絵師に連絡を、と思っていたら、ロレシオたちの騒ぎを聞きつけたイヴラたちが隣の棟からやって来た。
「リンファスが連れ去られたと聞こえたんだが……!」
「……君たちは?」
「僕はルドヴィック。こっちはアキムだ。僕らはリンファスの友人だ」
まるで宿舎で話したことのないイヴラなのに、リンファスの友人というだけで心配して出てきてくれたらしい。ロレシオは手短に事情を説明する。
「リンファスが父親に連れていかれた。行く先が地元の村ではなく、南へ下る街道を辿っているらしい。
海に出られると厄介だ。その手前で捕まえたい。
父親の考えが分からないから、二人が一緒に行動しているかどうかも定かじゃない。
リンファスを保護できなければ父親に目的を聞く必要がある。今から至急、似顔絵師に父親の似顔絵を描いてもらおうと思っていて……」
「そう言うことなら、僕に任せてくれ。絵は得意なんだ」
ロレシオの言葉にアキムが反応した。騒ぎを聞きつけて館でざわめいている花乙女たちの中から一人、本当です、とアキムを推す声がした。
「彼は絵が上手なんです……! 私もリンファスと一緒の所の絵を描いて頂きました! こ……、これ、その時の絵です……!」
見せられた少女・プルネルとリンファスが佇む絵は、確かに写実的で上手く描けている。彼の腕を使わないわけにはいかなかった。
「すまない、協力してもらえるか? 僕はロレシオだ」
「リンファスの為なら何でもするよ」
「何でも言ってくれ。プルネルの為にも連れ戻したい」
申し出を受けて、ロレシオは二人と固く握手をした。フードを被らない日中なのに、皆ロレシオのことを気味悪がらないのが不思議だった。それだけこの事態を重く見ているのだろう。
「早馬を用意する。まずは、ハティ男爵領でリンファスを連れ去った馬車の御者をしていた男の情報を知りたい。
昨今アディアの南東海域で勢力を増している海賊の一員らしい。男爵家で海賊たちの根城を知っていれば、なんとしてでもそれが知りたい」
ロレシオの言葉にルドヴィックが反応した。
「その話なら聞いたことがある。僕の家の領地だ」
何とそうだったのか。これは情報がいち早く手に入って良かった。
「すまないが、君の領地を訪問させてもらえるだろうか」
「構わない。父も海賊のことでは悩んでいたんだ。この機に叩ければ、家にとってもこんなに都合の良いことはない」
そう言ってもらって助かった。一刻を争う時に地の利に詳しい味方が居ることが何より心強い。
話し合いの最中に、アキムがハンナにファトマルの容姿を聞いて似顔絵を作っている。アキムの筆が素早くファトマルの顔を紙の上に描いていって、ロレシオたちがリンファスを捜索するための三枚の似顔絵が直ぐに出来上がった。
「よし、これで準備は整った。頼めるだろうか」
「任せてくれ!」
「友達の危機だ。何でもやるさ!」
強力な助っ人を得て、ロレシオは動き出した。
リンファスが海に出てしまうまでに保護しなければならない――――。
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