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駅近の祖母の家に帰ってきて、よひらは祖母の寝室をストーブで温めた。古い木造家屋だから何処からか外の空気が漏れ入り、よひらの家のようにはあたたまらなかった。よひらは湯豆腐を作って祖母と食卓を囲み、あたたまったまま、祖母を寝かせた。老人と若人の寝る時間は違う。よひらはソフトの写真が沢山飾られた寝室に祖母を寝かせた後、居間でスマホを見ていた。
夕方降り始めた雪は、今、地面をうっすらと覆う程になっている。冷えるな、と思い、よひらはこたつに入った半身を丸めた。
ふと。
さく、さく、という、人の足がその薄く積もった雪を踏みしめる音に気付いた。塀の外はアスファルトで、車が通ったり人が歩いたりして、薄雪はべしゃべしゃに溶けている。音の近さからも誰かが門を入って来たのだと知り、よひらは居間の外にある縁側を覆っていた雨戸を細くあけた。
「……っ」
街灯が照らす庭に、誰か居る。背格好からして男の人のようだ。よひらはもう少し雨戸をあけて、居間の灯りで庭を照らした。するとその人の様子が明らかになる。水色のまだら模様の着物を着、足に草履を履いた青年がそこに立っていた。大通りから一本入ったこの家からは、駅前のざわめきは遠く、街灯以外に照らすもののない闇に同化するように立つその姿は、幽(かそ)けき雪の欠片のようだった。彼は腕を組み、こちらを見て居る。何者だろうかと怖くなる前に、彼が言葉を発した。
「正子の孫か」
低く透き通った声がよひらのことを問うた。正子とは祖母のことだ。祖母を名前で呼ぶなんて、祖母の知り合いなのだろうか。
「ど、どなたですか……? おばあちゃんの知り合いですか?」
よひらの言葉に、青年は口の端を上げた。
「そうだな、知り合いと言っていい。正子は自分が帰って来るまで待っていてくれと言って出て行った。だから待っていた」
「じゃあ、おばあちゃんが帰って来たのを見て、会いにいらっしゃったんですか?」
「そうだ」
来客だったのか。しかし祖母は寝てしまった。
「すみません、おばあちゃん、病み上がり……、っていうか、退院しただけで、完治したわけじゃないから、今日は疲れて寝ちゃってて……」
青年はよひらの言葉に目を細めた。
「起こさずともよい。我は見守るしか出来ぬ故な」
「え?」
不思議なことを聞いて、よひらは疑問を露わにした。しかし青年は意に介さぬように、雨戸の閉まった祖母の寝室を見やった。
「……我はいつもこうして見守ることしか出来ぬのだよ」
いつも? 祖母と縁深いご近所さんだろうか。
「ええと……、もうおばあちゃん起きないと思うので、あなたがいらしたことは、明日おばあちゃんに知らせますので、お名前お伺いしてもいいですか?」
「我に名はない。……が、おぬしに名乗るとすれば、正子がつけた名であろうか。四葩(よひら)という。おぬしと同じ名だ」
「……よひら……」
祖母がよひらと同じ名を、彼に付けた……、という事なのだろうか? 青年はよひらよりも年上にも見える。もしかしたら順番は逆なのかもしれない。それに、同じ名に、何か意味があるのだろうか? よひらの疑問に、四葩は口を開いた。
「我はこの家の守り神だ」
「えっ」
神さまって、本当に居るんだ。祖母の思い込みかと思っていたよひらは、神だとなのる彼がそこに居ることを、驚きを持って受け止めた。……何故か、彼の言うことを、疑うことはしなかった。
「我の役目ももう少しで終わる。正子が決めたでな」
夜の静寂さに染み入るような声で言う四葩を前に、よひらは祖母を起こそうかと考えた。
「お、おばあちゃん、起こします。ちょっと待っててください」
だのに四葩はよひらを止める。
「要らぬよ。正子は視ている」
「みている……?」
よひらの問いに、四葩はふう、と寝室の雨戸を見た。
「視ている。今、おぬしと話しているところを、正子は夢で視ている。正子は我に対して、そういうところがある」
なんだかよく分からないが、彼と祖母の間で完結している事柄があるらしい。よひらはそれ以上追求するのを止め、明日、祖母に四葩のことを確認して良いかと聞いた。
「構わぬよ。我はいつでもここに居る。正子の意思は尊重すると、伝えてくれ」
四葩はそう言うと、夜の闇にすうと消えた。
「ひっ」
四葩の消えた空間を見つめる。雪はさらさら降っていたが、四葩が居たところに足跡などはなかった。
(ほ、ホントに神さまだったんだ……)
明日、祖母に聞いてみよう。そう思ってよひらは寝た。
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