降りしきる雪をすべて玻璃に~大正乙女あやかし譚~

遠野まさみ

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恋人のふりと婚約者

婚約者-2

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おばあさんとの会話を済ませたあと華乃子が雪月の許を訪れると、台所にはお茶を出した形跡があり、明らかに先程の女性が雪月と幾ばくかの時間を共にしたことが分かった。

「先生、お邪魔いたします。資料と、今度の新刊の表紙案を持ってまいりました」

華乃子は何時もの要領で声を掛け、雪月の部屋の襖を開けた。

「やあ、華乃子さん。ちょっと散らかってしまっていますけど、どうぞ入ってください」

部屋の中を見ると、何時もはおおよそ規則正しく積み上げられている資料の本などが、部屋の中に散乱している。その中で雪月は散らばってしまった原稿用紙を集めていた。

「ど、どうなさったのですか、先生。まるで突風が吹きこんだみたいじゃないですか」
「いやあ、まさに突風でして……」

えっ? 此処に来る時にそんな突風吹いていなかったけど……。
そう思ったが、雪月が苦笑いをしながら部屋を片付けるのに忙しそうだったので、華乃子も手伝う。ばらばらに散らばった本を作家別に本棚に戻し、もともと積まれていた本は、文机の脇に戻す。

「そういえば、お客様がいらっしゃってたのですね」

何気に問うただけなのだが、華乃子のその問いに、雪月は肩をびくりと揺らした。

「お……、お客、ですか……?」

あれっ? まるで何かを隠そうとしているかのような、おどおどと華乃子を窺う顔……。

「え、ええ……。台所に、急須とお湯のみが二つ出ていたので……」
「あ、……ああ、湯のみ……。そ、そうなんです、ちょっと知人が会いに来てまして……」

その最中(さなか)にこの突風が吹いたのだろうか。それは、せっかくの機会だったのに、二人ともさぞかし大変だっただろう。

「それではお話も落ち着かなかったでしょうね。こんな風が吹き込んでしまっては」
「そ、そうですね……。彼女(・・)と会うと、いつも荒れる(・・・)んです」

『彼女』……。やはり先程見かけた美人なのだろう。しかし、『いつも荒れる』とはどういうことだろう。あまり仲は良くないのだろうか。

「まさか……、喧嘩、ではありませんよ、ね……?」

雪月が人と争うところを想像できない。華乃子が尋ねると、雪月は少し口ごもった末、何時も話が噛み合わないんですよ、と情けなく笑った。

「大人ですから丸く収めれば良いものを、私もまだまだ未熟です」
「……先生が他人と争うところを想像できません……」

華乃子が率直な気持ちで言うと、雪月はひたと華乃子を見てこう言った。

「子供のような我儘だと言われても、貫き通したいこともありますから」

貫き通したいこと……?

疑問に思った華乃子は、しかし雪月の視線に動揺した。
真っすぐな視線は華乃子を貫き、捉えてくる。その意味が分からなくて、……そして勘違いしたくなくて、華乃子は脇に置いたままの桔梗を手に取った。

「先生、桔梗を買ってまいりました。お部屋に飾らせて頂こうと思うのですが」
「ああ、良いですね。花は心が和みます。いつも気を遣っていただいてありがとうございます、華乃子さん」
「いえ……。先生のお役に立てれば、私も嬉しいです」

結局雪月は美人のことを話さなかった。華乃子も聞く勇気はなかった。

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