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寛人の野望
寛人の野望-2
しおりを挟む「白飛! もっと早く飛べない!?」
『無理だ、華乃子! 俺にはこれが限界だ!』
華乃子は太助と共に白飛に乗って高尾山の社に向かっていた。雪樹から雪月のことを聞いたのだ。
――『雪月さんは、雪女の魂を抜くために『火入れ』という行事をしに、桜島に向かった』
桜島を司る鬼の火は、雪月が司る雪を溶かす存在だ。『火入れ』という行為をして雪女としての魂を抜き、人の『ような』ものになるのだと、雪樹に付き添ってきた光雪が説明してくれた。勿論、雪女としての死を招くだけでなく、もしかしたら人としても死ぬかもしれない。そんな危険な行為を、雪月は華乃子の為に行うのだという。
どうして? どうして、私の為に? あの女性と結婚を決めたんじゃなかったの?
ぐるぐると疑問が頭に浮かび、桜島の炎に焼かれる雪月の姿を想像したら、居ても経っても居られなくなった。その場で白飛たちを呼び、気付けば高尾山に向かっていた。雪月が言っていたのだ。霊峰は幽世に繋がると。そして幽世からまた霊峰へも行けることも、軽井沢で会った雪樹が示していた。
だから幽世を辿って桜島へ急ぐ。雪月の身に何か起こってしまう前に。
『視えた! 社の向こうが幽世だ!』
白飛に乗ったままの華乃子と太助はそのまま社の向こうに存在する幽世に飛び込んだ。雪女の郷を訪れた時よりもうんと通りにくく、体が捻じ曲がるかと思った。それでも白飛にしがみついて何とか幽世へと渡る。
『幽世なら、俺たちの世界だ! 桜島までの最短を行くぜ!』
『白飛、左の方に火の気配がするぞ!』
『承知だ、太助!』
太助が猫のひげで火の気配を辿り、白飛が華乃子と太助を乗せて幽世の桜島に続く道を飛ぶ。
(どうか……、どうか間に合って……。無茶しないで、先生……!!)
雪月はいつも肝心なことを言ってくれない。ご飯が熱かったのに我慢して食べていたり、華乃子を探しに現世に来た理由をちゃんと言えなかったり、こうして華乃子のことを思い遣って自らの雪女の魂を犠牲にしようとしたり……。それらはすべてすべて、華乃子を想うが故のことなのだと、もう華乃子は分かっていた。だから間違えない。自分の気持ちも。
白飛が幽世の世界を高速で駆け抜けていく。もとより距離感覚がつかめない世界だったけど、今は更に分からない。ただ、華乃子の中で焦りだけが増して行っていた。
『富士山は過ぎた! あそこが阿蘇山で、その向こうが桜島!!』
一体、幽世の中の日本の地理はどうなってしまっているのだろう。とはいえ、現世と同じ地理感覚でなくて良かったと、この時ばかりは思う。
愛宕神社から鬼の居る火口に繋がる幽世からの出口へ向かって三人一緒に現世に飛び込むと、目の前に広がったのは赤々と煮えたぎるマグマとその上に燃え盛る炎だった。幽世の世界から飛び出て一瞬にして華乃子たちは鬼の炎の上にひらりと飛び込んでしまったのだ。
『うわー! あちちち!!』
「白飛! 上へ逃げて! 上よ!!」
白飛は華乃子の指示を受けて太助と華乃子を乗せまま、ぐいんと上昇した。
火口の炎から巻き上がる上昇気流で白飛の体がバタバタとはためく。下から吹きあがってくる熱風を受けながら、華乃子は火口の中を覗き込んだ。
(熱い……。半妖の私でさえこんなに熱いんだもの、先生はもっと熱い筈……)
かなり高い所から、それでも周囲の赤と違う色の場所が見えた。ほんの点にしか見えないが、赤いことは赤いのだが少しくすんだ赤色の部分があった。そしてその中心に、ちらりと白い着物の人の姿が見えた。
「先生!? せんせ……うぐっ!」
今ちらりと見えたのは雪月かもしれない。直ぐにでもあの場に行きたかったのに、首を絞められ、体が首から後ろへ、ぐん! と引っ張られた。
華乃子はそのまま白飛の上から放り出され、空中に宙づりになった。華乃子の首には首輪のように水の鎖が巻き付いており、その先は今しがた白飛たちと一緒に潜り抜けてきた幽世への入り口で、其処に居たのは寛人だった。
「逃がさないよ、華乃子ちゃん。……僕はずっと待っていたんだ……。龍族の頂点に上り詰めるときを……」
にたあと笑う寛人の目は妖しい光を放っていた。其処に居るのは子供の華乃子にやさしかった寛人ではない。力を求めて狂ってしまった、哀れなあやかしだった。
「う、……ぅう……」
首を戒めている水の鎖に手を掛けるが、寛人の妖力で作られているらしく、手の力では千切れない。
(よ、妖力で作られているなら……、妖力で断ち切れたりしないのかしら……。寛人さんは、自分よりも私の方が力が強いと言ってたわ……)
でも、どうやって? 雪山の時もそうだったが、華乃子は今まで人間として暮らしてきたために、妖力の操り方が分からない。あの時は頭の中にこだました言葉を唱えたら雪が止んだけど、今はなんて唱えたら良いのか分からない……。
「みず……の、鎖、よ……、我の、まえ……に、解離……せ、よ……」
何とか以前頭に響いた言葉のようなものを唱えてみたけれど、水の鎖はびくともしない。ぶつぶつと言っている間に寛人が華乃子を引き上げる。
「無駄なあがきは止めるんだ、華乃子ちゃん……。君に秘められた力は大きい。だが、それは使い方を知っていればこそのことだ」
「う……ぐ……」
首が絞められて苦しい……。今、まさに雪月が業火に焼かれてその身が危ないというのに、自分はそれを止めることも助けることも出来ないのか……。こんな、半端な力を持ったがために寛人に引き止められて……。
「行くよ、華乃子ちゃん。帝都に帰ったら祝言だ」
寛人の言葉に強い感情が沸き上がる。
嫌だ。
添い遂げるなら、雪月が良い。
いや、雪月じゃなければ、駄目なのだ。
「さあ、我が花嫁殿」
そう言って、首を絞めたままの華乃子の手を取ろうとする。その時。
『ニャ―――!! 華乃子を離せ!』
けたたましい鳴き声と一緒に空から降って来た太助が寛人の顔面をその爪でバリバリと引っ掻いた。
「く……っ!! 何をする化け猫ふぜいの身で!!」
咄嗟に自分の顔を庇った寛人が水の鎖の端を離した。その隙に太助を寛人の上の方から放り投げた白飛が華乃子を攫って遠くまで飛ぶ。宙を走って追いついた太助もまた、白飛に乗った。
「太助! 白飛!!」
『華乃子! 怪我無いか!!』
「怪我って言うか……、鎖が千切れなくて……!」
出来るだけ遠くまで逃げたいけど、水の鎖の端っこは寛人の許に続いていて、ゆらりと立ち上がった寛人がその端をもう一度握りしめた。
「諦めるんだ! 華乃子ちゃん!!」
そう言って寛人がぐっと水の鎖を引く。
ぎゅっと、自分の首を庇った。
首が絞まらなければ、何か策を考え出せると思って。
そこに。
何処からか跳ねてきた白銀の小さな塊が華乃子の肩に乗り、ちりんと鈴の音をさせると、華乃子の体と水の鎖の間に薄い硝子の壁を敷いた。白銀の兎がきゅう、と鳴くと、その壁は膨らみを増し、水の鎖を避け去ろうとした。
「邪魔をするな! 式神の分際で!!」
寛人が大声で叫び、今にも兎の壁ごと華乃子を水の鎖で縛りあげようとした時。
「華乃子さん!!」
火口の方から雪月の声が聞こえて、それと同時にゴオッと大吹雪が吹き荒れた。
水の鎖は一瞬氷になり、兎が作り出した結界が膨らもうとする力でパキンとあっけなく砕けた。ふわっと息が軽くなり、それと同時に思い出したことがあった。光雪が千雪と話していた時、あの時光雪は華乃子のことを『水の御霊が操れる』と言っていなかったか。『龍久』とは誰のことは分からずじまいだけど、さっきは水の鎖に呼び掛けて駄目だったから、これを試してみたら良いんじゃないだろうか。
「おのれ! 雪女ごときが龍族の俺に立ち向かうか!!」
寛人の怒りの矛先が雪月に向いた一瞬を突いて、華乃子は寛人に向かって声を張り上げた。
「我は水の御霊を宿す者なり! 水の御霊よ、怒りを忘れ、我がしもべとなり、元の場所に帰れ!!」
すぅと空中に宣誓するかのように指先を高く上げ、振り下ろすと、華乃子の首に絡まっていた雪の残骸も、寛人に繋がっている水に戻った鎖も、ぼとぼととその形を雫に戻して下に落ちて行った。その水たちの様子を驚きの目で見ていた寛人に華乃子はきっぱりと言った。
「ごめんなさい、寛人さん。私、貴方とは結婚しません」
そう言って、火口へと急降下する。寛人は後を追ってこなかった。華乃子に置き去りにされた寛人がぽつりと呟く。
「水の御霊を操られてしまっては、傍系の僕は敵わないよ、華乃子ちゃん……。力を超えて惹かれる心を持つ君が、今、少しだけ眩しい……」
その言葉は華乃子には届かなかった。
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