15 / 27
契約カップルということ
心模様(1)
しおりを挟む*
「おう、市原。花屋から見積もり来てたぞ」
ぺらっと印刷した見積書を鳴海に渡した生徒会顧問の教師は、花材の発注のやり取りとフラワーデザイナーへの連絡を鳴海に任せて、職員室に戻って行った。鳴海は日の暮れた生徒会室の電気をつけて、備え付けのパソコンの電源を入れる。同時にファイル棚から書類ファイルを引っ張ってきて、過去の文化祭経費と今回の文化祭の予算との比較を行った。
……やっぱり生花を依頼するだけで結構お金がかかる。おまけにフラワーデザイナーまで頼むとなると、向こうはプロだから、それなりの値段を要求されてきている。此処の生花店はこのデザイナーとの専属契約みたいだから、他を当たったほうがいいのかな。でも、高校から一番近い生花店はこの生花店だ。
由佳が紹介してくれた生花店は教室をやっていることもあって、各サービス揃っていて素晴らしいが、今年は外部バンドの誘致に予算を取られて、正直他の予算はカツカツだ。備品も新調したいものは沢山あったが、全部既存品で賄った。だから、梶原の(由佳に話し掛けたいと言う)思い付きで行動された尻拭いを、鳴海がしているのだ。こんな理不尽な事あるか?
鳴海は今年の予算と過去の経費の比較をして、ぽちぽちと電卓をたたいた。梶原の思いつきはあれだ。おそらく今、女子で人気ナンバーワンの由佳が花冠を被ったところを見たい、とか何とかなんだろう。そんな浮ついた計画の所為でこっちはこんな遅くまで生徒会室に残ってる。憤然やるかたない、とはこういう心境なんだろうな、と思い至り、はっとする。
何故、腹立たしいんだろう、と、その根本に立ち返ってしまったのである。勿論、梶原の勝手な思い付きで自分が余分な仕事を任されているからではあるが、其処にどんな感情があるというのか。由佳に見せた、あの、だらしない顔。クロピーを前にしてもあんな顔はしなかった。当然、鳴海に対してもだ。其処に思い至ってしまって、うああ! と頭を抱える。
(待って!! 私の心はウイリアムとテリースの恋模様そのものにあるのであって、間違ってもリアル男子になんかない!! ましてや、あの中学時代の黒歴史を刻んだあの男子と同じことした梶原になんか……っ!!)
そう思った時だった。シンと静まり返っていた生徒会室の扉がガラッと開いて、鳴海は飛び上がるほど驚いた。
「なんだよ、市原。こんな遅くまで」
扉を開けて入って来たのは梶原だった。まさかさっきの今で梶原と顔を合わせるとは思っておらず、鳴海は動揺した。
「いやっ! 悪いのあんただから!!」
「はあ? なんで開口一番、俺が悪いんだよ」
「だって、あんたが由佳にあんなこと頼むから……!」
その言葉で鳴海の前にある資料のファイルと電卓の意味が分かったらしく、梶原は瞬く間に顔を赤くして、うー、とか、あー、とか言った。なんだ、その赤い顔と歯切れの悪さ。まるで鳴海の言葉を否定してないな!
「まー、確かに梶原の気持ちは分かるわ。由佳は可憐だし花が似合うよねえ……」
「そ……、そうだよな……! 親友のお前から見てもそう見えるんだな……!」
「あ~、分かる分かる。由佳は守ってあげたいタイプの女子だし、親友としてはそんじょそこらの男子にはやらん、って意気込みだから、私」
言外にお前は対象外だ、と告げたつもりだけど、梶原は分かってないようだった。
「そ……っ、そうなんだよ……っ。生田、なんか男が支えてやらねーと駄目なタイプじゃねーかと思うんだよ。それだけでもポイント高いのに、困ってる奴を見捨てておけねーなんて、俺の理想そのものじゃん……。狙ってるやつ、結構多いんだよ。でも俺、こんな趣味だから言い出せなくて……」
しょぼんと肩を落とす梶原は、鳴海の前で魅せる姿とはまるきり違った、本気の恋をする梶原だった。だから契約のことを打ち明けた方がいいって言ったのに……。
「契約のこと言わないって決めたのは、あんただからね。……まあ、気が変わったらいつでも受け入れるけど」
「お……、おう……。……でも、クロッピは俺の生きる道だからさあ……」
そこまで言って、またがっくりと肩を落とす。萌えと恋なあ……、何時か鳴海も梶原みたいに悩むときが来るのだろうか。
(いや、ないな)
あまりに簡潔明瞭に答えが出てしまって笑えてしまう。鳴海の場合、二次創作は見守る愛だし、リアルは見込み無しなのだから。
「まあ、そこでぐだぐだ言ってればいいわ。私はこれを片付けないと帰れないから、勝手にやってるわよ」
鳴海が梶原に背を向けパソコンに向き直ると、背後からいきなり手が伸びてきて、資料の半分を持っていかれた。
「手伝う。二人でやれば早く帰れるだろ」
「あら、ありがと」
意外にも親切なところを見せられたのが不意打ちで、何故だか心臓がぴょんと跳ねた。こんなこと、テリースの仕事部屋に積まれた書類を抜き取るウイリアムくらい、見慣れた光景なのに。
(は~、意味のないことに神経使いたくないのにな~……)
ウイリアムとテリースの恋については心配など無意味なくらいゆるぎないものだし、リアルの恋ほど鳴海にとって無意味なものはない。それでも隣の机で電卓をたたく梶原の横顔を見て、ウイリアムにもテリースにも似てない筈なのに、何故かときめいてしまった。
「お疲れ」
「いや、こっちこそごめん。俺の顔立ててくれて……」
結局、プランナー代はどうにもならないけど、生花店とのメッセのやりとりで生花は提供してもらえることになった。花冠に仕立てるのは、華道部の部員の中には洋花も扱える部員が居るらしいから、その人たちに頼もうという事に落ち着いた。華道部の部長も突然の申し出を快く受けてくれて助かった。良くも悪くも梶原のリーダーシップがものを言った。
そんな夜遅い帰り道だったけど、鳴海の心は弾んでいた。学校から帰れば、家で『TAL』の新衣装を見れるのだ。今年は『TAL』が発売になって五年目で、記念の年だから色々なオプションが用意されているらしく、新衣装も度々公開されている。そんな喜びが脳内いっぱいに広がっていた時だった。
「あぶね!」
ぐっ、と横からウエストに引っ掛けられた腕の力で背後に引き戻されたかと思うと、ドン、と背中に制服の感触を感じるとともに、目の前を派手なクラクションを鳴らしながらゴオーっという音をさせてダンプが通り過ぎて行った。……横断歩道が赤だったのだ。
「おいおい、死ぬ気かよ」
「い、いや、ごめん……。前見てなかった……」
急にどきんどきんと心臓が走り始める。あの大きなタイヤに引かれていたら、打撲程度じゃすまなかった。そうなれば、新衣装のウイリアムとテリースにも会えなかった。……って、それより。
ぎゅっと背後から抱き締められたままの姿勢にどきどきする。これって、吊り橋効果だよね?
「……っ、く、くるしいんだけど……」
訴える声が弱々しくて、我ながらぎょっとする。梶原はもっとびっくりしたようで、あ、わり! と慌てて手を放してくれた。でも……。
梶原が、確実に、鳴海の命を守ってくれたのだ。
電車に乗っても鳴海の心臓はおかしかった。梶原は最初のデートの時から変わらず、何時も通り鳴海を扉の横に立たせて、自身は握り棒を持っているだけなのに、鳴海の心臓は跳ねっぱなしだった。
どきん、どきん、どきん、どきん。
顔の向きをそのままに、視線だけを梶原の顔の方に向けてみると、梶原はぼーっと車窓から流れていく夜景を見つめているだけだった。それなのに。
のどぼとけ、出っ張ってるなあ、とか、あれっ? もしかして髭、生え始めてるのかな? とか、意外と体臭、くさくないんだな、とか、たった今、新鮮に知ることばかりだった。
列車がレールを滑る音に合わせて、鳴海の心臓が跳ねる。
タタン、タタン、タタン、タタン。
どきん、どきん、どきん、どきん。
なんで急に、こんなに梶原に対して心臓鳴らしてんだろ。おかしいや、私……。
『次はー、――――駅、――――駅~……』
そう車内放送が流れた時だった。降車の客だろうか、二~三人の人の塊が扉の方に寄ってきて、梶原を後ろから押した。その拍子に、どん、と壁に付かれた梶原の手は、鳴海の顔の真横に。
「うおっと、わり。押された」
「あ、……いや……、だいじょぶ……」
タタン、タタン、タタン、タタン。
どきん、どきん、どきん、どきん。
なんだ、この変な協奏曲は。早く電車止まって欲しい。そしてこの体勢から解放して欲しい。
ふわっと香る、かすかな汗のにおい。変なの。リアル男子の汗のにおいなんて、絶対御免だと思ったのに。
……変なの。
タタン、タタン、タタン、タタン。
どきん、どきん、どきん、どきん。
協奏曲は、鳴海が降りる駅まで続いた。
……梶原の手からは、解放されたのに。
「それじゃ、お疲れ」
其処は鳴海の家の前。梶原は鳴海が自宅の門の前で見送る中、夜道を駅へと戻って行った。女子に夜道は危ないからと、それだけの理由で、由佳相手でもないのに梶原は電車を途中下車して家まで送ってくれたのだ。
梶原が駅へと向かう角を曲がったのを見届けた後、鳴海は門扉に手をかけ、はあー、とため息を吐いた。
「そりゃないよ、梶原……」
呟きは、夜の住宅街に吸い込まれて消えた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】好きって言ってないのに、なぜか学園中にバレてる件。
東野あさひ
恋愛
「好きって言ってないのに、なんでバレてるんだよ!?」
──平凡な男子高校生・真嶋蒼汰の一言から、すべての誤解が始まった。
購買で「好きなパンは?」と聞かれ、「好きです!」と答えただけ。
それなのにStarChat(学園SNS)では“告白事件”として炎上、
いつの間にか“七瀬ひよりと両想い”扱いに!?
否定しても、弁解しても、誤解はどんどん拡散。
気づけば――“誤解”が、少しずつ“恋”に変わっていく。
ツンデレ男子×天然ヒロインが織りなす、SNS時代の爆笑すれ違いラブコメ!
最後は笑って、ちょっと泣ける。
#誤解が本当の恋になる瞬間、あなたもきっとトレンド入り。
天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】
田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。
俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。
「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」
そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。
「あの...相手の人の名前は?」
「...汐崎真凛様...という方ですね」
その名前には心当たりがあった。
天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。
こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。
罰ゲームから始まった、五人のヒロインと僕の隣の物語
ノン・タロー
恋愛
高校2年の夏……友達同士で行った小テストの点を競う勝負に負けた僕、御堂 彼方(みどう かなた)は、罰ゲームとしてクラスで人気のある女子・風原 亜希(かざはら あき)に告白する。
だが亜希は、彼方が特に好みでもなく、それをあっさりと振る。
それで終わるはずだった――なのに。
ひょんな事情で、彼方は亜希と共に"同居”することに。
さらに新しく出来た、甘えん坊な義妹・由奈(ゆな)。
そして教室では静かに恋を仕掛けてくる寡黙なクラス委員長の柊 澪(ひいらぎ みお)、特に接点の無かった早乙女 瀬玲奈(さおとめ せれな)、おまけに生徒会長の如月(きさらぎ)先輩まで現れて、彼方の周囲は急速に騒がしくなっていく。
由奈は「お兄ちゃん!」と懐き、澪は「一緒に帰らない……?」と静かに距離を詰める。
一方の瀬玲奈は友達感覚で、如月先輩は不器用ながらも接してくる。
そんな中、亜希は「別に好きじゃないし」と言いながら、彼方が誰かと仲良くするたびに心がざわついていく。
罰ゲームから始まった関係は、日常の中で少しずつ形を変えていく。
ツンデレな同居人、甘えたがりな義妹、寡黙な同クラ女子、恋愛に不器用な生徒会長、ギャル気質な同クラ女子……。
そして、無自覚に優しい彼方が、彼女たちの心を少しずつほどいていく。
これは、恋と居場所と感情の距離をめぐる、ちょっと不器用で、でも確かな青春の物語。
元おっさんの幼馴染育成計画
みずがめ
恋愛
独身貴族のおっさんが逆行転生してしまった。結婚願望がなかったわけじゃない、むしろ強く思っていた。今度こそ人並みのささやかな夢を叶えるために彼女を作るのだ。
だけど結婚どころか彼女すらできたことのないような日陰ものの自分にそんなことができるのだろうか? 軟派なことをできる自信がない。ならば幼馴染の女の子を作ってそのままゴールインすればいい。という考えのもと始まる元おっさんの幼馴染育成計画。
※この作品は小説家になろうにも掲載しています。
※【挿絵あり】の話にはいただいたイラストを載せています。表紙はチャーコさんが依頼して、まるぶち銀河さんに描いていただきました。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
モテ男とデキ女の奥手な恋
松丹子
恋愛
来るもの拒まず去るもの追わずなモテ男、神崎政人。
学歴、仕事共に、エリート過ぎることに悩む同期、橘彩乃。
ただの同期として接していた二人は、ある日を境に接近していくが、互いに近づく勇気がないまま、関係をこじらせていく。
そんなじれじれな話です。
*学歴についての偏った見解が出てきますので、ご了承の上ご覧ください。(1/23追記)
*エセ関西弁とエセ博多弁が出てきます。
*拙著『神崎くんは残念なイケメン』の登場人物が出てきますが、単体で読めます。
ただし、こちらの方が後の話になるため、前著のネタバレを含みます。
*作品に出てくる団体は実在の団体と関係ありません。
関連作品(どれも政人が出ます。時系列順。カッコ内主役)
『期待外れな吉田さん、自由人な前田くん』(隼人友人、サリー)
『初恋旅行に出かけます』(山口ヒカル)
『物狂ほしや色と情』(名取葉子)
『さくやこの』(江原あきら)
『爆走織姫はやさぐれ彦星と結ばれたい!』(阿久津)
クラスで一番人気者の女子が構ってくるのだが、そろそろ僕がコミュ障だとわかってもらいたい
みずがめ
恋愛
学生にとって、席替えはいつだって大イベントである。
それはカースト最下位のぼっちである鈴本克巳も同じことであった。せめて穏やかな学生生活をを求める克巳は陽キャグループに囲まれないようにと願っていた。
願いが届いたのか、克巳は窓際の後ろから二番目の席を獲得する。しかし喜んでいたのも束の間、彼の後ろの席にはクラスで一番の人気者の女子、篠原渚が座っていた。
スクールカーストでの格差がありすぎる二人。席が近いとはいえ、関わることはあまりないのだろうと思われていたのだが、渚の方から克巳にしょっちゅう話しかけてくるのであった。
ぼっち男子×のほほん女子のほのぼのラブコメです。
※あっきコタロウさんのフリーイラストを使用しています。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる