鬱金桜の君

遠野まさみ

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「これ、お借りしていた本です。こちらもお返しいたします……」

八重がそう言うと、いやそれは持っていなさい、と浅黄が言った。

「え……っ?」

「君は本を読むのが好きだと言っていただろう? そして家には令嬢の使い古した本しかないと。であれば、もう読んでしまったかもしれないが、家から出られない時間を、読書で埋めると良いよ。僕は本をたくさん持っているから、一冊くらい君にいてもなんら不都合はない。それどころか、君がこれから屋敷に閉じこもらなければいけない時間をその本で支えてあげられるなら、僕はその方が嬉しいよ」

浅黄が、真っすぐ八重を見て言った。宮森侯爵の長男という高い身分の浅黄が、身元の知れない奉公人の八重に向けて施してくれる厚意としては、八重の手に余りあるものではないだろうか。八重は差し出していた本をもう一度自分の胸元に引き取り、ありがとうございます、と震えを抑えた声で礼を言った。

「このご本を、浅黄さまと過ごした思い出として、大事にいたします。……本当に、今までありがとうございました」

八重の生きてきた時間の中で、溢れんばかりの光に満ちた時間たちだった。八重は浅黄の前でいろんな感情を知った。これ以上は贅沢だ。そもそも、あやめとの見合いの話もあるというではないか。この場を去りがたく思っている心を叱咤して踵を返そうとした八重に、浅黄は穏やかに告げた接げた。

「君のことは、斎藤殿に話を通そう。心配せず、待っていたまえ」

下げた頭を上げると、力のこもった眼差しで八重を見る浅黄が居た。

(話を……、通す……?)

何のことだろう。しかし浅黄がそれ以上何も言わなかったので、八重は今度こそ浅黄の前を辞した。




二週間後、斎藤家には銀座に店を構える二越というデパートからの荷物が届いた。桐箱には宮森侯爵家の家紋が入っており、あて名がなんと八重だという。応対に玄関へ出た八重はびっくりしてしまって、受け取った桐箱を抱えたままおろおろしていた。すると奥から叔母が出てきて、なんですか、その荷物は、と問い質した。

「あの……、二越からの荷物です。宮森侯爵さまから私宛だと……」

桐箱に目を留めた叔母は、八重の言葉全てを聞かずに叫び声を上げた。

「んまあ! 宮森さまですって!? 見合いの返事が来ないと思ったら、こんな粋なことをなさるなんて!あやめ、あやめ! 宮森さまから贈り物よ!」

呼ばれたあやめは廊下の奥の部屋から出てきて、八重が抱える桐箱を見て目を瞠った。

「まあ、本当に。八重、私の部屋に運びなさい」

あやめがそう言い、叔母もあやめに続いてあやめの部屋に入っていく。二人は当然八重が桐箱を持ってついてくるものだと思っていた。でも、桐箱に貼られた和紙に『斎藤家 八重様』と確かに八重に向けた宛名が書いてあるのだ。
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