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新婦志津子の章
第1話 華燭之典の開宴
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(はじめに)
今回は舞台を結婚披露宴会場に移しました。一体どのような展開になりますことやら、どうぞお楽しみくださいませ。
**********
ここはとある地方都市のホテルです。わけのわからない中国由来の伝染病なんぞの存在しないこの世界では、庶民のささやかな祝宴が、しつこいほどの手洗消毒液もなく、マスクもなしで盛大に営まれようとしています。
この日、ホテル内のチャペルで将来を誓いあった一組のカップルが、これからそのホテルにおいて、親しい友人知人を招いての、ささやかな華燭之典を開こうとしていました。
**********
披露宴会場に入る扉の前、シルバーの光沢あるタキシードに身を包んだ新郎と純白のウェディングドレスで着飾られた新婦がゆっくりと近づき、スタンバイに入ります。
「さあ、いよいよだね、志津子。」
新郎の言葉に、ドレスに身を包んだ美しい女性が満面の笑みで答えます。
「しあわせ……、かい?」
「当然でしょ」
恥ずかしそうに聞いた新郎に、新婦が笑顔で答えます。そして、新婦の肘まで延びている純白のウェディンググローブを手につけた新婦の細い指先が、新郎の指をしっかりと握りしめました。
「俺の友達、みんな、今日の志津子には見とれちゃうだろうなぁ、嫉妬しちゃうよ。」
一本一本の指先を交互に絡ませた恋人繋ぎに、ギュッと力を入れて新婦が笑います。
「竜治だって、わたしの友達に鼻の下を伸ばしたりしたら承知しないわよ。」
「そんな、しないしない!志津子が一番綺麗に決まってるだろ~!」
たわいもない会話の中にも、幸せを噛みしめ合う幸福絶頂の若い二人の様子が感じ取れます。
二人の目の前にある扉の向こう側から、自分たちの登場を誘う定番の祝いのマーチの音が聞こえてきました。間もなく、この扉が開きます。
**********
♪タタタターン♪タタタタン♪タタタタン♪……
披露宴会場としてはやや小さめの部類に入るであろうホテルの宴会場にて、この儀式のもっとも定番である、メンデルスゾーンの『結婚行進曲』が鳴り渡ります。
そして、音楽が鳴り渡った直後に、暗く照明を落とした会場の中で、一際、明るく、会場入口にスポットライトの光芒が投げかけられました。
「新郎新婦様のご入場です。皆様、盛大な拍手で、お出迎えくださいませ。」
女性司会者の明るく溌剌とした声に合わせ、扉がゆっくりと開かれ、その扉の奥にスポットライトを浴びた新郎新婦の姿が浮かび上がりました。
新郎はシルバーの光沢のあるタキシード、新婦はまばゆいばかりの純白のウェディングドレスです。
披露宴は近親者と近しい友人・知人だけに限っており、少ないながらも気のおけない仲の人々が、惜しみない善意の拍手で、この幸せそうな二人を迎えます。
二人がゆっくりと扉から会場内に入ると、会場にいる招待客たちの拍手と歓声は、ひときわ大きなものとなって、二人を包みこみます。
そして、その歓呼の声に応えるかのように、二人は晴れやかな笑みを浮かべ、ゆっくりと『高砂』と呼ばれる会場正面のメインテーブルへと向かいます。
ゆっくりとたっぷりの時間をかけ、しずしずと一段高いメインテーブルに到達した二人は、そこで会場の招待客テーブルに正対し屹立し、次いで、会場内の招待客に向けてゆっくりと深い一礼をしました。
そこで更に、一際大きな拍手と歓声が上がります。客席からはデジカメやスマホのフラッシュが競うように瞬き、記念すべきツーショットを納めていきます。
「おめでと~う! 」
「志津子~! きれ~い! 」
会場内の各所から、うら若き女性の黄色い声が上がります。
満面の笑みを浮かべる二人が、招待客への深い一礼を終えて着席すると、会場の照明も戻り、ようやく拍手の波は急速にしぼんでいきました。
**********
一拍の静寂を取り戻したこの会場で、続いて、おごそかに司会者より開宴の挨拶が始められました。
BGMがしっとりと落ち着いた曲調のものに変わります。
「本日の佳き日を、つつがなくお迎えになられ、岸田家・長南家の御両家様におかれましては、本当に、おめでとうございます。新郎新婦様、お二人は、先ほど、当ホテル内のチャペルにて、御親族様方の見守られる中……」
これまた定番の、司会者の開宴の挨拶が始まりました。参列者達の殆どの者たちも、ここはほぼほぼ聞き流しているだけです。
今は、各々が思い描いている各自の出番に思いを馳せているだけでした。ごく平凡な、幸せな披露宴の始まりであります。
新郎新婦もまた、お互いに見つめ合い、微笑み合い、司会者の言葉なぞ聞いてもおりません。
しかし、そんな中、会場の中でひときわ熱い視線を新郎新婦に送り続けている者もおります。
(竜治……、だめかも、わたし、やっぱり忘れられない……)
(志津子……、ぼくはひどい男だ……、でも、本当にお前を愛しているんだ……)
……新しい人生の門出、新しい結び付きと家族の誕生、……しかしそれは、一方で、無情な別れを強いる残酷な人生の一場面でもあるのでした。
**********
宴に入る前の司会者のルーティンの短い口上が、ようやく終わりに近づきます。招待客は自分たちの出番を待ち構え、興奮にウズウズしています。
すると突然、まったくの唐突に、女性司会者の声色が変わります。
「……わたくし、本日の司会を担当させていただきます……『女装魔法使い』……で、ございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
一瞬、会場のほぼ全員が意味を理解できずにキョトンとした表情を浮かべました。
(ん?今、なんか言った?)
(なんで除草剤と魔法瓶がどうとか?)
(魔法使い、……とか、言ってなかった?)
(なにそれ?そんなこと言ったっけ?)
(どっかの地方芸人か、フリーのアナウンサーでも来てんの?)
一瞬、会場がザワッとし、参列者の視線が、黒い礼装用スーツに身を包んだ司会者の女性に向けられました。
その不思議な会場の雰囲気に、新郎新婦も怪訝そうに司会者の方へ視線を向けます。
しかし、その女性はまったく平静を装い、淡々と司会を進めている様子です。参列者のほとんどは何かを聞き違えたかと、再びその思考は自分の挨拶や余興の方へと戻っていきました。
もっとも、何人かの男性参列者は、その司会者の異様なまでの美しさに心を奪われてしまったようです。
長い黒髪、切れ長の目、鼻筋の通った高い鼻梁、引き締まった口元……、ただのホテル従業員とは思えない、妖しい雰囲気をたたえた女性です。
「本日の祝宴が、お二人の素晴らしきよき門出となりますよう、皆様方のご協力を賜りながら粛々と進めさせて参りたいと存じます。どうぞ、よろしくお願い申しあげます。」
ようやく司会者の挨拶が終わり、本来であれば、ここから全員での乾杯をして、挨拶や余興が賑やかに始まる筈でありました。
会場の中は、自分の出番に腕を撫して待ち望む参列者の緊張感と華やかな明るいお祝いムードに彩られました。
しかし、これから、事態は参列者の思いもよらぬ方向へと進んでまいります。
(ピキィィィーーーーーーーン! )
その女性司会者の挨拶が終わったその瞬間、会場全体の時間が止まりました。いや、正確には、会場にいる参列者全員の動きが止まったのです。
そう、今回、結婚披露宴の司会者になりすましたわたしは、マイクを通したわたしの肉声で、会場の人間をわたしの思うように操れるのです。
さあ、いよいよ、女装魔法使いプロデュースの華燭の祝宴の始まりであります。今回はどんな趣向を楽しんでみましょうか。新郎新婦も参列者の皆さんにも、わたしの演出に、きっと、御満足していただけることでしょう。
**********
(おわりに)
華やかに披露宴の幕が切って落とされました。祝福のBGMと歓声をバックに、幸せに包まれた新郎新婦が入場してまいります。定番の司会者の挨拶の後、それは唐突に始まりました。今回は、わたし自ら、披露宴をプロデュースさせていただきます。
今回は舞台を結婚披露宴会場に移しました。一体どのような展開になりますことやら、どうぞお楽しみくださいませ。
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ここはとある地方都市のホテルです。わけのわからない中国由来の伝染病なんぞの存在しないこの世界では、庶民のささやかな祝宴が、しつこいほどの手洗消毒液もなく、マスクもなしで盛大に営まれようとしています。
この日、ホテル内のチャペルで将来を誓いあった一組のカップルが、これからそのホテルにおいて、親しい友人知人を招いての、ささやかな華燭之典を開こうとしていました。
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披露宴会場に入る扉の前、シルバーの光沢あるタキシードに身を包んだ新郎と純白のウェディングドレスで着飾られた新婦がゆっくりと近づき、スタンバイに入ります。
「さあ、いよいよだね、志津子。」
新郎の言葉に、ドレスに身を包んだ美しい女性が満面の笑みで答えます。
「しあわせ……、かい?」
「当然でしょ」
恥ずかしそうに聞いた新郎に、新婦が笑顔で答えます。そして、新婦の肘まで延びている純白のウェディンググローブを手につけた新婦の細い指先が、新郎の指をしっかりと握りしめました。
「俺の友達、みんな、今日の志津子には見とれちゃうだろうなぁ、嫉妬しちゃうよ。」
一本一本の指先を交互に絡ませた恋人繋ぎに、ギュッと力を入れて新婦が笑います。
「竜治だって、わたしの友達に鼻の下を伸ばしたりしたら承知しないわよ。」
「そんな、しないしない!志津子が一番綺麗に決まってるだろ~!」
たわいもない会話の中にも、幸せを噛みしめ合う幸福絶頂の若い二人の様子が感じ取れます。
二人の目の前にある扉の向こう側から、自分たちの登場を誘う定番の祝いのマーチの音が聞こえてきました。間もなく、この扉が開きます。
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♪タタタターン♪タタタタン♪タタタタン♪……
披露宴会場としてはやや小さめの部類に入るであろうホテルの宴会場にて、この儀式のもっとも定番である、メンデルスゾーンの『結婚行進曲』が鳴り渡ります。
そして、音楽が鳴り渡った直後に、暗く照明を落とした会場の中で、一際、明るく、会場入口にスポットライトの光芒が投げかけられました。
「新郎新婦様のご入場です。皆様、盛大な拍手で、お出迎えくださいませ。」
女性司会者の明るく溌剌とした声に合わせ、扉がゆっくりと開かれ、その扉の奥にスポットライトを浴びた新郎新婦の姿が浮かび上がりました。
新郎はシルバーの光沢のあるタキシード、新婦はまばゆいばかりの純白のウェディングドレスです。
披露宴は近親者と近しい友人・知人だけに限っており、少ないながらも気のおけない仲の人々が、惜しみない善意の拍手で、この幸せそうな二人を迎えます。
二人がゆっくりと扉から会場内に入ると、会場にいる招待客たちの拍手と歓声は、ひときわ大きなものとなって、二人を包みこみます。
そして、その歓呼の声に応えるかのように、二人は晴れやかな笑みを浮かべ、ゆっくりと『高砂』と呼ばれる会場正面のメインテーブルへと向かいます。
ゆっくりとたっぷりの時間をかけ、しずしずと一段高いメインテーブルに到達した二人は、そこで会場の招待客テーブルに正対し屹立し、次いで、会場内の招待客に向けてゆっくりと深い一礼をしました。
そこで更に、一際大きな拍手と歓声が上がります。客席からはデジカメやスマホのフラッシュが競うように瞬き、記念すべきツーショットを納めていきます。
「おめでと~う! 」
「志津子~! きれ~い! 」
会場内の各所から、うら若き女性の黄色い声が上がります。
満面の笑みを浮かべる二人が、招待客への深い一礼を終えて着席すると、会場の照明も戻り、ようやく拍手の波は急速にしぼんでいきました。
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一拍の静寂を取り戻したこの会場で、続いて、おごそかに司会者より開宴の挨拶が始められました。
BGMがしっとりと落ち着いた曲調のものに変わります。
「本日の佳き日を、つつがなくお迎えになられ、岸田家・長南家の御両家様におかれましては、本当に、おめでとうございます。新郎新婦様、お二人は、先ほど、当ホテル内のチャペルにて、御親族様方の見守られる中……」
これまた定番の、司会者の開宴の挨拶が始まりました。参列者達の殆どの者たちも、ここはほぼほぼ聞き流しているだけです。
今は、各々が思い描いている各自の出番に思いを馳せているだけでした。ごく平凡な、幸せな披露宴の始まりであります。
新郎新婦もまた、お互いに見つめ合い、微笑み合い、司会者の言葉なぞ聞いてもおりません。
しかし、そんな中、会場の中でひときわ熱い視線を新郎新婦に送り続けている者もおります。
(竜治……、だめかも、わたし、やっぱり忘れられない……)
(志津子……、ぼくはひどい男だ……、でも、本当にお前を愛しているんだ……)
……新しい人生の門出、新しい結び付きと家族の誕生、……しかしそれは、一方で、無情な別れを強いる残酷な人生の一場面でもあるのでした。
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宴に入る前の司会者のルーティンの短い口上が、ようやく終わりに近づきます。招待客は自分たちの出番を待ち構え、興奮にウズウズしています。
すると突然、まったくの唐突に、女性司会者の声色が変わります。
「……わたくし、本日の司会を担当させていただきます……『女装魔法使い』……で、ございます。どうぞ、よろしくお願いいたします。」
一瞬、会場のほぼ全員が意味を理解できずにキョトンとした表情を浮かべました。
(ん?今、なんか言った?)
(なんで除草剤と魔法瓶がどうとか?)
(魔法使い、……とか、言ってなかった?)
(なにそれ?そんなこと言ったっけ?)
(どっかの地方芸人か、フリーのアナウンサーでも来てんの?)
一瞬、会場がザワッとし、参列者の視線が、黒い礼装用スーツに身を包んだ司会者の女性に向けられました。
その不思議な会場の雰囲気に、新郎新婦も怪訝そうに司会者の方へ視線を向けます。
しかし、その女性はまったく平静を装い、淡々と司会を進めている様子です。参列者のほとんどは何かを聞き違えたかと、再びその思考は自分の挨拶や余興の方へと戻っていきました。
もっとも、何人かの男性参列者は、その司会者の異様なまでの美しさに心を奪われてしまったようです。
長い黒髪、切れ長の目、鼻筋の通った高い鼻梁、引き締まった口元……、ただのホテル従業員とは思えない、妖しい雰囲気をたたえた女性です。
「本日の祝宴が、お二人の素晴らしきよき門出となりますよう、皆様方のご協力を賜りながら粛々と進めさせて参りたいと存じます。どうぞ、よろしくお願い申しあげます。」
ようやく司会者の挨拶が終わり、本来であれば、ここから全員での乾杯をして、挨拶や余興が賑やかに始まる筈でありました。
会場の中は、自分の出番に腕を撫して待ち望む参列者の緊張感と華やかな明るいお祝いムードに彩られました。
しかし、これから、事態は参列者の思いもよらぬ方向へと進んでまいります。
(ピキィィィーーーーーーーン! )
その女性司会者の挨拶が終わったその瞬間、会場全体の時間が止まりました。いや、正確には、会場にいる参列者全員の動きが止まったのです。
そう、今回、結婚披露宴の司会者になりすましたわたしは、マイクを通したわたしの肉声で、会場の人間をわたしの思うように操れるのです。
さあ、いよいよ、女装魔法使いプロデュースの華燭の祝宴の始まりであります。今回はどんな趣向を楽しんでみましょうか。新郎新婦も参列者の皆さんにも、わたしの演出に、きっと、御満足していただけることでしょう。
**********
(おわりに)
華やかに披露宴の幕が切って落とされました。祝福のBGMと歓声をバックに、幸せに包まれた新郎新婦が入場してまいります。定番の司会者の挨拶の後、それは唐突に始まりました。今回は、わたし自ら、披露宴をプロデュースさせていただきます。
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