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女装者の夢
第22話 天使の救済
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(これまでのあらすじ……)
少年の前に愛する少女を連れて、私が彼の未来の存在だと伝えます。しかし、少年は未来からの誘惑に打ち勝ち、愛する少女を守り抜きます。夜が明け、まるで昨夜の事が夢のように思われましたが、腕には現実である証が残っていました。少女は少年を保健室へと連れていき、少年の腕に昨夜の証を見つけます。少女は少年の腕を手当てしますが、少年はこれで自分の罪があらわになってしまった事を実感しました。少年は彼女の裁きを待たねばなりません。
**********
少年の謝罪の言葉は、栄理の制服を着て血みどろに汚したことに対してなのか、そもそも栄理の制服を着ていたこと自体への謝罪であったものか。しかし、栄理の制服を着ていたことは、その行為自体が歪んだ愛情にせよ、それほどに自分のことが好きなことの証であるとの善意の理解をしてくれそうな可能性を期待できそうな雰囲気になってきたかもしれません。
しかし、それで済むとは思えませんし、まだまだ楽観は出来ません。なにせ、信じていた隣人男子が、自分の制服を着用していたのは間違いありません。文化祭の女装ミスコンじゃあるまいし、所有者に無断で。そして、その姿のまま自分の身体を撫で回したのです。これはれっきとした痴漢行為であり、レイプ、性的暴行ととられても仕方ありません。
少女をあの状況から助けてくれた、そう理解してくれたのは少年にとっても幸いでした。しかし、その状況に彼女を追いこんだのは、誰あろう少年自身なのです。少年の少女に対する思慕の念がその引き金であることが明白な以上、少女にとっても少年は自分を乱暴しようとした暴漢の一味に他なりません。そして、実際に恥ずかしい痴漢行為に及んだのは事実なのですから。
「三条さんを危険な目に遭わせたのは、きっと僕の責任なんだ。……だから、……だから、ごめんなさい。」
しかし、少女の反応は少年の予測とは全く違ったものでした。
「ううん、荒木くんの死ぬ気になった必死な思いは十分に感じた。……わたし、動けなくて、とても怖かったから、……荒木くんが必死に私を守ってくれて、本当に嬉しかった。」
少女は自分を誤解しています。自分はそんな殊勝な人間じゃないと少年は思っています。少女を守るべく少年が行動を起こす前、少年は我慢できずに少女に抱きついてしまっています。
「僕、三条さんのことが好きで、……だから、三条さんに抱きついてしまって、……三条さんの気持ちも確かめないで、……それは、やっぱり許されないことだから。」
少年は、それでも顔を上げられず、少女の顔をまともに見られませんでした。すると、急に少女が少年の首に両腕を回して抱きついてきたのでした。
「えっ! ……」
少女の両腕は少年の首をしっかりとホールドし、少女の柔らかい頬は、少年の頬に密着したのでした。
「わたしも、荒木くんに抱き着ついたから、……これで、おあいこだよ。」
不思議な魔法でも何でもなく、少女自らの意思でそれは行われたのです。そして、少女は言葉を続けます。
「だから、だから、……荒木くん、死んじゃだめだからね。……夕べのことは、誰にも言わないから、……だから。」
少女の声は少し震えていたように少年には聞こえました。そして、少女は少年に抱きついた身体を、一旦、離します。そのまま、少年の顔にごく近い距離で少年の瞳を見つめます。
「……だから、荒木くん、……死なないで。」
そう言うと、少女は自ら少年の唇に自分の唇を重ね合わせてきました。もちろん、自らの主体的な意思に基づいて。
「!」
少年にとっても、少女にとっても、それは初めての異性とのキスでした。少年には、昨夜、不思議な女性とキスをしたようなおぼろげな記憶がありましたが、あれは実質的に鏡に映った自分にキスをしたようなものでしたし、第一、男同士のキスですから、少年にとってもこれが本当に初めてのキスとなります。
幼い中学生同士の初めてのキスは、当事者二人にとっても無限の長い時間のように思えました。もちろん、舌なんかも入れないソフトなものですし、お互いに緊張して硬く歯を噛み合わせたままのキスで、ただ唇を合わせただけの幼くぎこちないキスでした。
しかし、少年は、再び嗅いだ少女の甘く爽やかな香りに陶酔し、思わず少女の背中に手を回しました。
まもなく、栄理が唇を離した時、少年の腕に抱かれた少女の瞳は、涙で赤く腫れ上がっていました。
「死んじゃダメだからね、絶対に……。また、あの人が来たら、私を守って……荒木くん……私が信じられるのは繁雄くんだけ……。」
そう言って、少女は再び少年の胸に顔を埋めました。少女の髪の毛から香るほのかなリンスの匂いが少年の鼻腔をくすぐり、少年は少女を抱きしめた腕に力を込めました。
**********
少女はベッドに腰をかけ、少年と並んで自分が体験したことを少年に語りだしました。
それによると、今朝、少女を目覚ました時、あまりにもリアルな夢と恐怖で身体中に震えが起きたそうです。最初は不思議な夢と思っていました。しかし、すぐにそれは夢じゃなかったと分かったそうです。それは、ベッドの脇の絨毯の上に放り投げたような制服を見つけたからです。それを見つけた時、震え以上に少女の瞳から涙が溢れて止まらなくなったそうです。
その制服には、ブラウスの左袖にどす黒く固まった大量の血の塊がカピカピになって付いていたのです。そして、そのすぐ傍らに、裏側のピンが不自然にねじまがり、血痕らしきものまで付いた自分のネームプレートが落ちていました。
それを見て、少女はすべてを察したのでした。血糊のべったりと付いたブラウスを抱きしめながら、自分のパジャマが血で汚れるのも構わず、声を圧し殺して嗚咽していたというのでした。
そして、学校に行き、少年の無事な姿を見てホッとすると同時に、隣の席の少年のいつもと違う様子で、すべてを確信したのでした。いつも親しく声掛けをしてくれる少年は、その日だけはなぜか自分を避けるように視線をそらし、自分から離れたところに行くのでした。
少女は、少年がテニスウェアやバレーのユニフォーム、レオタードを着て、狂ったようにオナニーしていた姿を見ているわけではありませんし、そんなことをしていたなんてまったく知りません。ただ、自分の制服を少年が着用している姿を見ただけです。確かに女装に走ることへの不可思議さは残りますが、少女は逆にそれだけ自分に対する少年の思いの強さなのだと感じたのでした。
少年は救われたのです。愛する彼女を、衷心から救おうとした彼の自分を捨てさった行為で、むしろ逆に、彼女から救ってもらったのでした。まさしく彼女は少年にとっての救済の天使となったのです。彼の破廉恥な行為のすべては、彼女の意識の中では綺麗にロンダリングされたのでした。
**********
二人はお互いの気持ちを確かめ合い、お互いに相手をとても大事な人であることを認識しました。とはいえ、まだ中学生ですので、そこからいきなり恋愛に走ることはありません。しかし、二人は自分たちが愛情よりも強い絆で結ばれていることを実感しました。
保健室でふたりだけの時間を長く過ごした二人は、学校の正門から笑顔で別れて家路についたのです。二人の未来は、本来の道筋からはちょっとだけ、違う道筋をたどるようになったかもしれません。
あの未来人が言った言葉、
「……何年かしたら、彼女はあなたの手の届かない遠くに行っちゃうの。きっとあなたはそれに耐えられない筈よ。」
それがどういう意味なのか分かりません。どこか遠くにお嫁に行ってしまうのか、それとも病気か事故で命を失ってしまうのか。しかし、あの未来人が本当に自分の未来なら、彼女の病気も事故も未然に防いでしまいそうな気がします。どこか遠くにお嫁に行く未来であれば、既に未来への道は変更してある筈です。
つまり、少年は少女の未来に不安を持つ必要はなくなったと思えます。少年は、奈落に落ちる境遇から、一転して天にも昇る思いになっている幸福を自覚していました。
**********
(おわりに)
少女は少年の行為を是としました。少女を守るべく命を賭けた必死な少年の思いは少女の心に届き、少女は彼への免罪符を与えたのです。そして、これからも少女を守ってくれるように少年に願い、自らの意思で少年の唇に自らの唇を合わせます。少年は遂に少女の心をつかむことが出来たのでした。
少年の前に愛する少女を連れて、私が彼の未来の存在だと伝えます。しかし、少年は未来からの誘惑に打ち勝ち、愛する少女を守り抜きます。夜が明け、まるで昨夜の事が夢のように思われましたが、腕には現実である証が残っていました。少女は少年を保健室へと連れていき、少年の腕に昨夜の証を見つけます。少女は少年の腕を手当てしますが、少年はこれで自分の罪があらわになってしまった事を実感しました。少年は彼女の裁きを待たねばなりません。
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少年の謝罪の言葉は、栄理の制服を着て血みどろに汚したことに対してなのか、そもそも栄理の制服を着ていたこと自体への謝罪であったものか。しかし、栄理の制服を着ていたことは、その行為自体が歪んだ愛情にせよ、それほどに自分のことが好きなことの証であるとの善意の理解をしてくれそうな可能性を期待できそうな雰囲気になってきたかもしれません。
しかし、それで済むとは思えませんし、まだまだ楽観は出来ません。なにせ、信じていた隣人男子が、自分の制服を着用していたのは間違いありません。文化祭の女装ミスコンじゃあるまいし、所有者に無断で。そして、その姿のまま自分の身体を撫で回したのです。これはれっきとした痴漢行為であり、レイプ、性的暴行ととられても仕方ありません。
少女をあの状況から助けてくれた、そう理解してくれたのは少年にとっても幸いでした。しかし、その状況に彼女を追いこんだのは、誰あろう少年自身なのです。少年の少女に対する思慕の念がその引き金であることが明白な以上、少女にとっても少年は自分を乱暴しようとした暴漢の一味に他なりません。そして、実際に恥ずかしい痴漢行為に及んだのは事実なのですから。
「三条さんを危険な目に遭わせたのは、きっと僕の責任なんだ。……だから、……だから、ごめんなさい。」
しかし、少女の反応は少年の予測とは全く違ったものでした。
「ううん、荒木くんの死ぬ気になった必死な思いは十分に感じた。……わたし、動けなくて、とても怖かったから、……荒木くんが必死に私を守ってくれて、本当に嬉しかった。」
少女は自分を誤解しています。自分はそんな殊勝な人間じゃないと少年は思っています。少女を守るべく少年が行動を起こす前、少年は我慢できずに少女に抱きついてしまっています。
「僕、三条さんのことが好きで、……だから、三条さんに抱きついてしまって、……三条さんの気持ちも確かめないで、……それは、やっぱり許されないことだから。」
少年は、それでも顔を上げられず、少女の顔をまともに見られませんでした。すると、急に少女が少年の首に両腕を回して抱きついてきたのでした。
「えっ! ……」
少女の両腕は少年の首をしっかりとホールドし、少女の柔らかい頬は、少年の頬に密着したのでした。
「わたしも、荒木くんに抱き着ついたから、……これで、おあいこだよ。」
不思議な魔法でも何でもなく、少女自らの意思でそれは行われたのです。そして、少女は言葉を続けます。
「だから、だから、……荒木くん、死んじゃだめだからね。……夕べのことは、誰にも言わないから、……だから。」
少女の声は少し震えていたように少年には聞こえました。そして、少女は少年に抱きついた身体を、一旦、離します。そのまま、少年の顔にごく近い距離で少年の瞳を見つめます。
「……だから、荒木くん、……死なないで。」
そう言うと、少女は自ら少年の唇に自分の唇を重ね合わせてきました。もちろん、自らの主体的な意思に基づいて。
「!」
少年にとっても、少女にとっても、それは初めての異性とのキスでした。少年には、昨夜、不思議な女性とキスをしたようなおぼろげな記憶がありましたが、あれは実質的に鏡に映った自分にキスをしたようなものでしたし、第一、男同士のキスですから、少年にとってもこれが本当に初めてのキスとなります。
幼い中学生同士の初めてのキスは、当事者二人にとっても無限の長い時間のように思えました。もちろん、舌なんかも入れないソフトなものですし、お互いに緊張して硬く歯を噛み合わせたままのキスで、ただ唇を合わせただけの幼くぎこちないキスでした。
しかし、少年は、再び嗅いだ少女の甘く爽やかな香りに陶酔し、思わず少女の背中に手を回しました。
まもなく、栄理が唇を離した時、少年の腕に抱かれた少女の瞳は、涙で赤く腫れ上がっていました。
「死んじゃダメだからね、絶対に……。また、あの人が来たら、私を守って……荒木くん……私が信じられるのは繁雄くんだけ……。」
そう言って、少女は再び少年の胸に顔を埋めました。少女の髪の毛から香るほのかなリンスの匂いが少年の鼻腔をくすぐり、少年は少女を抱きしめた腕に力を込めました。
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少女はベッドに腰をかけ、少年と並んで自分が体験したことを少年に語りだしました。
それによると、今朝、少女を目覚ました時、あまりにもリアルな夢と恐怖で身体中に震えが起きたそうです。最初は不思議な夢と思っていました。しかし、すぐにそれは夢じゃなかったと分かったそうです。それは、ベッドの脇の絨毯の上に放り投げたような制服を見つけたからです。それを見つけた時、震え以上に少女の瞳から涙が溢れて止まらなくなったそうです。
その制服には、ブラウスの左袖にどす黒く固まった大量の血の塊がカピカピになって付いていたのです。そして、そのすぐ傍らに、裏側のピンが不自然にねじまがり、血痕らしきものまで付いた自分のネームプレートが落ちていました。
それを見て、少女はすべてを察したのでした。血糊のべったりと付いたブラウスを抱きしめながら、自分のパジャマが血で汚れるのも構わず、声を圧し殺して嗚咽していたというのでした。
そして、学校に行き、少年の無事な姿を見てホッとすると同時に、隣の席の少年のいつもと違う様子で、すべてを確信したのでした。いつも親しく声掛けをしてくれる少年は、その日だけはなぜか自分を避けるように視線をそらし、自分から離れたところに行くのでした。
少女は、少年がテニスウェアやバレーのユニフォーム、レオタードを着て、狂ったようにオナニーしていた姿を見ているわけではありませんし、そんなことをしていたなんてまったく知りません。ただ、自分の制服を少年が着用している姿を見ただけです。確かに女装に走ることへの不可思議さは残りますが、少女は逆にそれだけ自分に対する少年の思いの強さなのだと感じたのでした。
少年は救われたのです。愛する彼女を、衷心から救おうとした彼の自分を捨てさった行為で、むしろ逆に、彼女から救ってもらったのでした。まさしく彼女は少年にとっての救済の天使となったのです。彼の破廉恥な行為のすべては、彼女の意識の中では綺麗にロンダリングされたのでした。
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二人はお互いの気持ちを確かめ合い、お互いに相手をとても大事な人であることを認識しました。とはいえ、まだ中学生ですので、そこからいきなり恋愛に走ることはありません。しかし、二人は自分たちが愛情よりも強い絆で結ばれていることを実感しました。
保健室でふたりだけの時間を長く過ごした二人は、学校の正門から笑顔で別れて家路についたのです。二人の未来は、本来の道筋からはちょっとだけ、違う道筋をたどるようになったかもしれません。
あの未来人が言った言葉、
「……何年かしたら、彼女はあなたの手の届かない遠くに行っちゃうの。きっとあなたはそれに耐えられない筈よ。」
それがどういう意味なのか分かりません。どこか遠くにお嫁に行ってしまうのか、それとも病気か事故で命を失ってしまうのか。しかし、あの未来人が本当に自分の未来なら、彼女の病気も事故も未然に防いでしまいそうな気がします。どこか遠くにお嫁に行く未来であれば、既に未来への道は変更してある筈です。
つまり、少年は少女の未来に不安を持つ必要はなくなったと思えます。少年は、奈落に落ちる境遇から、一転して天にも昇る思いになっている幸福を自覚していました。
**********
(おわりに)
少女は少年の行為を是としました。少女を守るべく命を賭けた必死な少年の思いは少女の心に届き、少女は彼への免罪符を与えたのです。そして、これからも少女を守ってくれるように少年に願い、自らの意思で少年の唇に自らの唇を合わせます。少年は遂に少女の心をつかむことが出来たのでした。
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