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第九話
しおりを挟む「殺しだな」
アリシアの言葉に、レオンは煽るような目で御者へと目を向ける。
「おいおいユリゼン君。君が叫んだせいで、殺し屋連中が来たじゃないか」
「あんたらのせいでしょうが!」
呆れたようにユリゼンが返す。
「そりゃ、暗殺対象がノコノコ姿を現したから、やって来たに決まってるでしょうが」
何も暗殺に遣わされた人間はユリゼンだけとは限らない。
そういうことだ。
アリシアは表情一つ変えずに立ち上がる。
「分かっていたことだ。今さら慌てる話じゃない」
「やっぱ、その態度続けるのかよ!」
ぶんぶんと人差し指を振り回すユリゼン。
殺し屋に狙われているのに慌てた態度一つ取らない辺り、非常識だ……と言われている気分である。
「レオン。お前なら次はどうする?」
「うーん、俺なら弓とか射るけどなァ」
それもそうだ。
アリシアは手を頭上に添えて、飛来した“それ”を掴んだ。
弓矢である。
「なるほどな」
「こ、怖ェ……」
アリシアはべきっと矢を折る。
その怖いというのは殺し屋に対してだろうか。それともアリシアに対してだろうか。
もっとも、レオンに今さら何を言われても気にはしない。
彼には学生の頃から色々と言われ慣れているからだ。
「んじゃま、とりあえず敵さん退けてくんね? 怖くて昼寝すら出来ねェぜ」
暗に何もしないと言われているようだった。
「そうか。連中は私とユリゼンで片付ける」
ユリゼンは不敵な笑みを浮かべながら、ナイフをアリシアに向ける。
「ええ。あんたには悪いがここで死んで貰う。ここがお前の墓場――」
ん、とユリゼンは何かにおかしいと気付いたらしい。
「――って、いや、なんでオレも頭数に入っているんだよ!」
「お前の力を見せて欲しい」
「見せるも何もオレたち元々敵! だーもう! この世間知らずのお嬢様は!」
ユリゼンの騒ぐ声はより高まるばかりだ。
彼は再びナイフを構えるが、そんな彼にも弓矢が一本飛んで来た。
「うわっ! 危ねっ!」
ユリゼンは間一髪のところで躱す。
深々と操縦席に突き刺さるそれを見て、彼は汗をダラダラ流している。
「あー! オレ、裏切り者にされたんじゃないか、これ! 辺境伯のところに戻れねえよ! どうするんだよ!」
「良かったな。これで私の所で働ける」
「嬉しくねえよ! 完全なとばっちりだよ!」
愉快そうに「はっはっは!」と喜劇を見ているようにくつろいでいるレオン。
ユリゼンはその態度に腹を立てたようで、ドシドシと馬車を蹴っている。
「ほらそこ笑うな!」
「そりゃこんなに面白人材が辺境伯のとこにいたンなら笑うしかねえだろ」
「あーもーコイツらと来たら!」
ユリゼンは、ナイフをアリシアたちには向けず、視線を別の方向へと向けた。
アリシアもそれに倣って、斜面の上にある森へ見上げ、腰に携えた鞘を手に取る。
「戦う気になったか?」
「こうなれば仕方が無いって奴ですよ! オレにも死ねない理由があるんでね!」
昨日まで仲間だった相手にも躊躇しない。
その割り切りの良さは、貴族が抱える私兵としては“二心を持つ”と言われて追放されるのがオチだろう。仲間と戦えるというのは、裏切り行為にも等しいからだ。
逆にアリシアのような傭兵の戦を知っている人間からすれば、どんな相手でも敵対するからには容赦しないという評価に繋がるわけだ。
「傭兵であれば、元仲間と幾度となく戦う。お前は非情の戦い方を心得ている」
「……あんたに非情の戦いって奴をしていいっすか?」
「それでこそ、私が選んだ男だ」
「やっぱ返り討ちに合いそうなんで大人しく手伝います」
レオンが馬車の操縦席に移る間際、肘でユリゼンを小突いている。
「奴さん、何匹だ?」
「崖上の森に、視認出来ただけで五名ほどですね」
「と、なると上から嫌がらせされるワケか。どうするよアリシア?」
そんなもの、決まっている。
「正面から叩き潰す」
上から矢を射られても、落石があっても、当たらなければどうと言うことはない。
アリシアは馬車から飛び降りると、崖を駆け上る。
急斜面ではあるが、人間が走るのは無理な地形ではない。
飛んで来た矢を剣で弾き、着実に斜面を登る。
それに続いてユリゼンは懐から紐を取り出すと、木の枝に引っ掛けて登り始めた。
「おいお前ら! オレだ! カルデシア辺境伯の火消し部隊、第三部隊所属のユリゼ――」
斜面を登り切ったユリゼンは、大きな声で仲間だと主張するが、彼にもナイフが飛んで来た。
「おい、聞けよ!」
彼は高速で飛来するナイフをパッと飛んで躱している。
アリシアは非情の戦いが出来ると彼を評価していたが、未だ諦めが悪いのは中々腹立たしい。
「集中しろ。今は私の下で戦っているんだぞ」
「すんません……って、あんたの下で戦っているつもりはないんだって!」
「どけ」
ユリゼンが騒ぐ中、アリシアは彼の顔の横に、剣を突き立てた。
キンッと音を立てて、投げナイフを弾き飛ばしたのだ。
力なく地面に落ちたそれを、ユリゼンは引き攣った表情で見ている。
「よそ見をしていると死ぬぞ」
「……はい。すんません……」
ユリゼンは今度こそ観念したのか、ナイフを構えて、森の木々に向かって投げる。
かなりの精度で、一本投げる度に、木から黒い服を着た男たちが落ちてきた。
まるで虫のように落ちていくその様は、ユリゼンがナイフの投擲技術に優れているだけではないようだ。
「なるほど。麻痺毒か」
ナイフに毒を塗布しており、掠り傷をするだけで身動きが取れなくなる。
中々厄介な代物だ。
「連中、耐性を持っているから時間稼ぎにしかならないっすよ」
そうは言っても、落ちてきた男たちは上手く身体が動かせないでいる。
敵を瞬時に無力化させるのは中々の腕前だ。
しかし、ユリゼンはどうにも敵意をアリシアに剥き出しのままである。
「でもヴェアトリー候嬢! 幾ら、お前が強くても、オレ達暗殺者の戦いには敵わない!」
なるほど、とアリシアは呟く。
不意打ち上等。
毒物上等。
勝つためならばなんでもする。
その考えは、騎士道を重んじる王国軍の兵士たちの考えとは逆を行くものだ。
「そうか。それは気に入った」
男がアリシアの背中を狙って、木の上から飛び降りてくる。
アリシアは剣の柄で、落ちてきた男の顔面を殴った。
男は「ぶっ!?」と情けない声を洩らして倒れる。
「ユリゼンほどの腕前ではないな」
アリシアは剣を鞘に戻した上で、構える。
「なに……やってんすか?」
「この程度の腕前の男たちを殺して、辺境伯との交渉に亀裂が入るといけない」
アリシアとて傭兵を指揮した事だってあるのだ。
不意打ち上等な相手であるなら、不意打ちを前提に戦えばよい。
それだけである。
アリシアが鞘に入った剣を構えて森の中を駆け巡る。
次々と敵を見つけては、殴り倒すを繰り返す。
男たちの悲鳴が森の中でこだまし、騒ぎを聞いた鳥たちが物凄い勢いで逃げていく。
その光景をユリゼンは青ざめた表情で、「うわあ」と声を洩らしていた。
やがて、全ての敵を倒しただろうか。
アリシアは、パッパッと手についた埃を払う。
「これくらいで良いか。辺境伯の所に付く前に交渉断裂するのは手痛い」
だから殺さない、と。
これからお願いをしにいく人間が、心証を悪くする行動は避けたい。
死んでこそいないが、死屍累々といった有り様を、ユリゼンはあんぐりと口を開けて見つめている。
「私は暗殺者の戦いには敵わないか?」
「いや……すんません。なんでもないっす」
アリシアが鞘に入った剣をホルダーに戻し、ユリゼンはトボトボとアリシアの背中をついてきた。
なぜだか彼に覇気がなかった。
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