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第二十九話

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 アリシアたちは馬車を移動して、メール領の中心に向かって馬を走らせる。

 目的地に近付くと嫌でも目に入る大きな建物が姿を現す。
 レンガを組み立てて作られたそこは、多くの人間たちが農作物を手押し車にたくさん載せて歩いている。
 農業ギルドの入り口にぶら下げられた木製の看板は、少し古いのか傷んできている。
 アリシアとレオンは堂々たる振る舞いをしているが、ヴェアトリーの兵たちは周囲を警戒するように歩いていた。
 敵への警戒ではない。
 疑いの目線を向けられないか、の警戒だ。
 周囲をキョロキョロと見る私兵たちにアリシアは呟く。

「不審な態度を取るな」
「ですが、お嬢様……」
「バレたらバレたらでそれで良い。気にする必要はない」

 レオンは「そーゆーこと」と笑いながら堂々と木製の扉を開いた。
 瞬間に一斉に振り返ってくるギルドの構成員たち。

「あのお貴族様は……確か」
「バカ! ヴェアトリーの候嬢様だよ」
「あの女性が、例の……」

 彼らはすぐにアリシアたちが、国家転覆を企てた者たちだと気付いたのだろう。
 しかし、その態度には拒絶や、敵に対する態度ではない。
 受付の男は、どこか困ったような表情は浮かべているのだが、やはり拒絶を感じない。

「何用ですか? ヴェアトリーの候嬢様は確か、戦争で王都に向かわれていたと聞いていたのですが……」
「ここに用があって来た」

 アリシアの態度に、受付をしている男は汗を拭う。
 男は暫く腕を組み、首を傾げながら言葉を探しているようだった。

「ここは戦争であまり来るような場所じゃないと思うのですが……」
「帰れ、という話か?」
「いやあ。そんなこと言っているんじゃなくてですね……。どう言うべきかな。ほら。戦争を起こした人ってあまりうろつくのは良くないでしょ?」
「私がどこに行くかは、私が決める」
「いや……。ははは。噂通りのお人で」

 話が進まない。
 流石のレオンも、黙ってられなかったのか、口を挟んでくる。

「ちとメルグリスを呼んで来てくれるか?」
「ギルド長を、ですか。どうでしょうか、お忙しいですから……」
「アポは取ってないが、フォルカード公子が来たって言やァ、来てくれるだろうぜ」
「……分かりました。今しばらくお待ちを」

 そう言い残して男は去って行く。
 他の男たちはヒソヒソとアリシアたちの話をすれど、嫌悪感を持った態度を示す者がいない。

「追い出される気配がないな」
「そりゃそうだろ。忘れたか?」
「何の話だ?」

 レオンはジッと農作物や、机の上に並べられた資料に目を通した。
 金額や出荷先、今年の収穫量など事細かく書かれたそれを、手に持つ。

「お前さんに庶民連中は一つの可能性を感じてるのさ。腐敗した貴族たちをぶっ倒せる可能性をな」

 いつだったか言っていた。
 ヴィクトールに与する悪徳貴族共を倒してくれると、世間が盛り上がっていた、と。

「メールがヴィクトールと組んで悪事を働いていたと聞いた覚えがない」
「いや。お前さんの破竹の勢いってのはァ、もう既に今の世の中を変えられる可能性を世間サマに広めているのさ。メールっていう、どうしようもねェ野郎が統治している、この領土もな」

 レオンはアリシアにパッと紙切れを見せ付けてきた。
 収益の下に書かれた、税金の数字。「ほら見て見ろ。ほとんどメールの野郎にカネが行くようになってやがる」とレオンが指でトントンと示した。
 なるほど。これでは税金というよりも、取り立てと言った方が正しいか。

 カネに固執するメール伯の態度に、領民たちが辟易としているのなら、アリシアたちがやってくることに困惑はしつつも、追い返さない態度には納得がいく。

「つまり俺たちはタダの悪人じゃねェってこと」
「なるほど。正面から話をしに行くと言ったのはそれが理由か」

 ただの犯罪者ではないから、アリシアたちは信用されている、といったところか。
 しかし、だとしても、ギルドの長とすぐに話せるなどどういったからくりだ。

「おっと、来たようだぜ」

 レオンが紙を置いて、その男を見た。
 整えられた服は、人と会うためのものだろうか。貴族の調度品と言われても遜色のない紺の服を着ている。
 髪も整髪料でしっかりと整えられており、蒼みがかった黒髪が綺麗にまとめられている。
 顔も美形で、鼻が高く、それでいて聡明そうな切れ目は女性の人気がありそうだ。
 総評して貴族と見紛う程の男であった。

「お久しぶりです。ヴェアトリー候嬢アリシア様。私はこのギルドの長をしておりますメルグリスと申す者です」

 なぜ、アリシアのことを知っているのだ。
 この男は何者なのだ。
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