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土下座令嬢

その令嬢、猛烈な後悔につき

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 それは、ダンジョンから帰還したその日の出来事であった。


 ダンジョンの再奥にあった魔王の力。
 それは持つ者に力を与えるという伝承があった。
 裏ダンジョンの再奥……誰もが到達出来ない未踏の地である。

 無数の魔物が跋扈する。冒険者たちは知恵を張り巡らせ、突破する。

 魔物は一人の力では討伐出来ない。冒険者たちは手を取り合う。

 装備品には一流のものが要求される。冒険者たちは持てる財力を使い、装備を整える。

 出てくる魔物は並大抵の人間よりも遙かにレベルが高い。冒険者たちはレベルを挙げる以外にも武芸を極める必要がある。

 こうして守られている裏ダンジョンの再奥にたどり着ける人間は、必然的に正しき者が辿りつきやすい場所であった。
 だからこそ、最後の最後に――その心を“反転”させる巨大な罠が張り巡らされており、その者が新たな魔王の器として、この世に復活するのだ。

「ごめんなさぁあああああああああああああああいいいいいいいっっっ!!!」

 そして、今。
 鼻水と涙を垂れ流しながら、三時間もの間、東ノ国の文化であるドゲザを続けた令嬢こそ、新たな魔王の器、イザベラ・ド・クロジング令嬢である。
 その謝罪対象は、彼女の専属メイドと、その唯一の肉親である弟だった。

「わ、わだぐじのぜいで……! わだぐじのぜいで、ごんな、ごんな酷いごどをぉおおおおお!!!」

 魔王の力は本当にイザベラを手に入れたらしく、冒険者ギルドが発行しているステータスカードには、ハッキリとレベル99の文字と、闇魔法適正SSランクの文字が書き変わっていた……のだが。
 彼女は魔王の力に飲み込まれた結果……今までの悪事を悪だと自覚してしまったのだった。

「もうおやめ下さい、イザベラ様。私も弟も怪我をしておりませんし……」
「き、傷つけたことがあるからぁ」

 イザベラは過去の愚かさを悔いている。
 メイドに対して、機嫌が悪ければ、すぐに物を投げつけるなどの八つ当たりを行っていた。
 怪我だって何度もさせた。今回の裏ダンジョン同行ですら、嫌がるメイドに従わせるために、弟を人質に取って言うことを聞かせていたのだ。

「分かった! わたくし、これからあなたに怪我をさせた倍の分だけ血を流します!」
「イザベラ様、すぐに短刀を取り出すのは止めてください。もうイザベラ様のお気持ちは分かっておりますから……」

 裏ダンジョンで力に取り込まれてから、イザベラはとにかく態度が変わった。
 頭を何度も下げるし、頭を床に何度も擦りつける。
 屋敷の使用人から父に至るまで、ドゲザ、ドゲザ、ドゲザの繰り返しである。


「とにかく……イザベラ様。短刀を取り出すのをおやめください……! 犯罪者だと思われますよ……!」
「ううう……じゃあ、誰かにナイフを借りて自害しますわ……」
「だから、自害をしないでください」

 メイドはイザベラから短刀を取り上げると、ため息を吐きながら去って行った。

 それが、裏ダンジョンへ突入した日の出来事であった。
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