異世界の落としもの、返却いたします

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プロローグ『邂逅』

十話

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 開け放たれた扉の先は部屋ではなく、無残に焼け朽ちた木々ばかりが広がる場所だった。どこかで火が燻っているのか、パチパチと火花が弾ける音が響き、立ち上る煙と共に焦げ臭さが漂う。夕焼けと言うには異常なほど赤すぎる色が空を染める中、荒れ果てた一本道が二人の眼前に真っ直ぐ伸び、その遥か先には陽だまりのような光がぼんやりと見えた。

 「これは……」

 「ここは【異界の回廊】。ここを通って君の世界に渡るの。ほら、少し遠いけどあの光ってるところ、あそこを抜ければ君の世界だよ」

 「回廊……ですか? ここが?」

  青年の問いに頷いた葵は、いつの間にか用意していた靴を彼に手渡しながら、どこか切羽詰ったような表情をする。

 「【異界の回廊】は行き先の世界の有様を映し出す場所。行く世界によって景色が変わるんだけど……これはだいぶ酷いな。とりあえず私が先に行くから、君は後ろからついてきて」

 「え?はっはい……」

  葵は靴を履いてトントンと靴先で地面を突くと、青年よりも先に扉を潜ってゆっくりと歩き始めた。
  踏み出してすぐに小枝を踏んだのか、足元でパキリと音がする。水気の欠片もない干からびた地面は幾筋もの亀裂が走り、足を下ろす度にボロリと崩れる感触がした。
  今まで感じたことのないねっとりとした空気は、おそらく魔素の濃度があり得ないくらい高いからだろう。どうやら【異界の回廊】はただ真実を映すだけではなく、感触や匂いとかなり細部まで反映されるらしい。現に二人を渦巻くような魔素が取り巻き、息を吸っているのかいないのかもわからなくなるような息苦しさを与えてくる。

  今にも崩れ落ちそうな大地。これが自分の居た世界の有様だというのならあまりに酷い。青年は目の前に広がる光景に、無意識のうちにゴクリと息を飲んだ。

  二人は回廊が映し出す景色を肌で感じながらも、慎重に光を目指して先へと進んでいく。注意深く見回すまでもなく、度重なる戦によって放棄された村や大規模な魔法の爪痕が容赦なく視界に入ってきた。
  それは青年にとってもはや見慣れた光景だ。この景色を作り出したのは間違いなく青年自身であり、それによって焼き尽くされた命は数えきれないほどである。
  ふと、炎にまかれて逃げ惑う人々を見て笑っていた王の顔が頭をよぎる。自分とよく似た顔をしたあの男が愉悦に表情を歪めるのを見る度に怖気が走った。まるで自身の未来を見ているようでたまらなく怖かったのだ。

 「……大丈夫?」

  気遣うような声色でかけられた言葉に、青年はハッと我に返る。葵に肩を叩かれて、ようやく自身が立ち止まっていたことを知り、すぐさま何でもないと首を振ると、葵の隣について歩き出した。

 「ねぇ」

 「なんでしょうか?」

  葵は大きくひび割れた地面を小柄な身体で悠々と飛び越えながら、ふと思いついたとばかりに青年に声をかける。

 「……確か、君が飛ばされる直前に大きな地震があったって言ってたよね?」

 「え、えぇ……立っていられないほど大きな揺れが……」

 「それから地割れが起きて魔素が噴き出したとかも言ってたよね?」

 「はい」

 「……そう」

  葵はそれを聞いたきり深刻そうな面持ちで黙り込むと、思案に耽るように唇を指で軽く突きながら歩みを進める。
  唐突とも言える質問に困惑した青年は、いまいち言葉の真意がわからないままチラリと彼女の顔を窺った。その顔には出逢ってから見たことのない厳しさが眉間に刻まれている。

  一本道をひたすら歩いていると、燻る火花に紛れるようにどこからともなくピシリ、ピシリと何かが砕けるような音が耳を掠めた。それが次第に大きくなっているような気がして、青年は音の出どころを探ろうと、キョロキョロと辺りを見回す。
  そしてその視線がなんとはなしに空へと向いた時、驚きのあまりある一点を凝視したまま立ち尽くした。

  ――――赤い空が、大きくひび割れていた。

 「やっぱり……終末かっ」

  青年の隣で同じように見上げていた葵は、ガラスのようにどんどんとひび割れていく空を見て焦るようにそう吐き捨てる。
  それと同時に、唸るような地響きと大きな揺れが一気に二人を襲った。辛うじて倒れずに済んでいた葵が慌てた様子で光の差していた出口を見ると、柔らかな光が徐々に弱まり、最後にはフッと蝋燭の火が消えるように消滅した。

 「嘘でしょ……出口が消滅とかちょっとヤバいどころじゃないわこれ……っ! 青年! さっさと立ちな! このままじゃ巻き込まれるよっ!」

 「えっ、えぇ?!」

 「情けない声出さない! ほら、立てっ!」

  突然の揺れにその場で尻餅をついていた青年は、伸ばされた葵の手によって強引に立ち上がらされると、身を翻して来た道を走り始めた。
  遥か後方からガラガラと崩壊するような音が立て続けに響き、空からは夕焼けが剥がれ落ちるようにハラハラと輝きを纏った欠片が降り注ぐ。
  状況をいち早く理解して切羽詰ったように駆ける葵を横目に、いったい何が起きているのかもわからないまま手を引かれていた青年は、背後を見る勇気も余裕もなく必死で彼女と共に悪路を駆け抜ける。

 「どっ、どういうこと、なんですか、これ……っ!」

 「とにかく、ヤバいん、だってばっ!」

 「全然、わからない、んですけど!」

 「うっさいっ! 今はとにかく走れ!」

 「えぇっ!」

  轟音と共に引き裂かれた地割れを飛び越え、隆起した地面を蹴り上げる。凄い速さで後ろから迫りくる崩壊の足音に追いつかれないように、息を切らしながら死にもの狂いになって扉を目指す。
  しかし青年の方は体調が万全でないのもあってか、次第に足元がもたつき、苦しそうに息を吐き始めた。

 「あぁ、もう! 遅いっ!」

 「えっ、ちょっ、うわぁぁっ!」

  このままでは埒が明かないと、葵は半ば強引に青年を抱きかかえて更にスピードを上げた。大の男がお姫様抱っこされるというなんとも情けない状況に加え、彼女自身の異常としか言いようのない脚力の強さに、青年は赤くなるやら青くなるやらコロコロと顔色を変えつつも、容赦のない衝撃にギュッと目を瞑り、必死になって彼女の首にしがみついた。

 「うわっ、ヤバッ……!」

  葵のひどく焦った声に、青年は思わず目を開けて彼女の肩越しに後方へと視線を向ける。そこには視界の許す限りの闇が口を開けており、先ほどまであったはずの焼けた木々も地面も空も何もかもが無くなっていた。のっぺりとした闇は這い寄るように地面を崩しながらも急速にこちらへと向かってくる。

 「うわぁっ地面がっ、地面が崩れ……っ!」

 「耳元で叫ぶなっ! ……うっしゃあぁぁっあとちょっとぉぉっ!」

  葵は少し前まで被っていた大人の余裕をかなぐり捨て、男らしい雄叫びをあげつつも男一人を抱えたまま器用にひょいひょいと瓦礫から瓦礫へと移動し、どうにか扉へと滑り込む。
  葵はすぐさま青年をペイと地面に放り投げ、闇が門を突き抜ける前に両手で門を閉めると挿しっぱなしだった[異界の合鍵]を引き抜く。そして乱暴に親指を噛んで血を滲ませると、それを鍵穴の上部にあるへこみに押し込みボソボソと何かを呟いた。すると、葵の流した血液が文様を形どるくぼみに流れて赤く発光し、はじけ飛んだはずの鎖が門の四方から勢いよく伸びてあっという間に門を雁字搦めにする。

 「っだぁぁぁぁー……つっかれたぁぁぁぁ……」

  一連の動作を瞬く間に終わらせた葵は、乙女にあるまじき声を出しながら脱力して門に寄り掛かると、そのままズルズルとへたり込んだ。
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