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遭遇
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初夏のとある休日、笹井は家の近くで掛川を見かける。
信号待ちをしていると、右方向から女の子たちの声が聞こえた。普段なら気にもとめないが、聞き覚えのある声が混ざっていた気がして、思わず視線を向ける。少し離れたコンビニの前に、見知らぬ女の子三人に囲まれた掛川の姿が目に映った。
――え、何で……
咄嗟に正面の信号を見る。実際に掛川本人が居るとは思いもせず、似た声だと思ったから視線を向けたというのが正しく、驚きが大きい。道端で大好きなアイドルに遭遇するファンは、こんな気分なのだろうかと考えてしまう。舞い上がる気持ちを落ち着けながら、また視線を向ける。
――やっぱり、格好良いな。しかも、私服が見られるなんて……
私服はほとんど女の子たちで隠れてしまっていたが、休日の掛川の姿についつい見惚れてしまう。すると気付いた掛川が、笹井の方角へ手を振ってきた。
笹井は誰か居るのかと振り返って確認するが、誰も居ない。まさか自分に手を振ったのかと、ぎこちなく視線を戻す。その間に掛川は女の子たちに「ごめんね」と謝り、羽織ったシャツを翻しながら向かって来たのだ。走り寄るその姿も格好良いと思ったが、信号が変わる音で我に返り、その場を離れるため慌てて歩き出す。だが、掛川は笑顔で話しかけてきた。
「ごめん、待たせて怒った? 道に迷ってさ」
「えっ……」
理解できずに笹井は思わず立ち止まる。掛川は笹井の背中にそっと手を当てて歩くよう促した。促されるまま前に進むが、突然の事に緊張し過ぎて青ざめる。
「笹井ごめん。待ち合わせてたフリで歩いてくれる?」
さらに追い打ちをかけるように、耳打ちをしてきた。
――わー! ち、近い近い近すぎるよーっ!
笹井は一瞬叫びかけた声を飲み込んで、数回頷く。
「ちゃんと時間通りに出たんだよ。途中で迷子になったんだけど、連絡つかないし……」
掛川は少し声を大きくして、待ち合わせていたていで話すので、笹井はがくがくと頷いて歩く。
だいぶ歩いてから、笹井は自分からも何か会話をしなくてはと頭を回転させはじめた。
角を曲がって、数歩進んだ所で掛川は一度背後を振り返り、ひと息吐くと笹井から少し離れる。
「ありがとう」
「えっ」
笹井は突然の感謝に、捻りまくっていた頭が空っぽになった。
「いきなり声かけられて困ってたら、笹井がヒーローの様に颯爽と現れたんだ。ほんと助かったよ」
掛川は安心した様に笑みを浮かべる。笹井は、その表情を見る勇気もなく、話し声だけで笑顔なのだと、感じていた。
「いや、た、ただ……歩いてただけ、だから……」
笹井は、パンを買った帰りだった。スーパーへ行くだけなので、襟の伸びきったサイズの大きなTシャツにジャージパンツ、すり減って変色したサンダルのだらしない格好だった。今更の様に恥ずかしくなる。
「笹井の家ってこの辺り?」
「う、うん」
「へぇ……近所なのに初めて会うね」
掛川の言葉が頭の中でこだまする。少し間を置いてから笹井は、驚いて掛川に目を向けた。
「えっ! 近所!?」
やわらかい笑顔で頷かれ、ぎこちなく視線を前へと戻す。
「そんなに緊張しなくても……。もうあの子たち、見えなくなったから」
「う、うん」
緊張の原因は、そこじゃあないけどと思いながら、先程から感じている小さな違和感に気付いて、足が止まる。掛川は『笹井』と名前を呼んでいる。
「どうかした?」
掛川が問いかける。
「いや、まさか……まさか、掛川くんに、名前覚えてもらってるとか……顔も、認識してもらってるとか、思ってなくて」
「そりゃ覚えるよ。席も近いし」
――それだけで、覚えた?
クラスが一緒、係が同じ、席が隣、一学年を共に過ごしても、何となく居たというくらいで記憶されない。担任でさえ忘れていた事もあった。笹井はそんな存在だった。
それが、ただ一度挨拶しただけの掛川に記憶されていた。笹井からすると奇跡だと思えた。
「あ、ありがとう」
「何で感謝されてるの? 笹井だって俺の顔と名前、ちゃんと覚えてくれてるのに」
掛川は笑顔を向ける。
――いや、もう、それは憧れの顔なので
思わず言ってしまいそうになるのを笹井は抑えた。
「家、ここ?」
立ち止まったまま動かない笹井に掛川が聞く。
「もっと、向こう」
歩き出した笹井に、掛川は歩調を合わせる。
「元々この辺りに住んでるの?」
「うん。そ、そうだよ」
「俺はね、高校入学前に越してきたんだよ」
笹井は、掛川と並んで歩くこの状況が夢を見ている様だった。
家の前に着くと掛川は頭を下げた。
「急に巻き込んでごめんね。でも本当に助かったよ、ありがとう。笹井の家、教えてもらったから、今度は俺の家も教えるね。じゃあまた、学校で」
爽やかに去って行く後ろ姿を見送った。緊張が解けてから、風の涼しさを感じ、汗が滲んでいたのだと気付く。
笹井はその日、掛川と過ごした貴重な時間を何度も思い返していた。そして、何気なく家まで送ってもらった事に気付いた。
信号待ちをしていると、右方向から女の子たちの声が聞こえた。普段なら気にもとめないが、聞き覚えのある声が混ざっていた気がして、思わず視線を向ける。少し離れたコンビニの前に、見知らぬ女の子三人に囲まれた掛川の姿が目に映った。
――え、何で……
咄嗟に正面の信号を見る。実際に掛川本人が居るとは思いもせず、似た声だと思ったから視線を向けたというのが正しく、驚きが大きい。道端で大好きなアイドルに遭遇するファンは、こんな気分なのだろうかと考えてしまう。舞い上がる気持ちを落ち着けながら、また視線を向ける。
――やっぱり、格好良いな。しかも、私服が見られるなんて……
私服はほとんど女の子たちで隠れてしまっていたが、休日の掛川の姿についつい見惚れてしまう。すると気付いた掛川が、笹井の方角へ手を振ってきた。
笹井は誰か居るのかと振り返って確認するが、誰も居ない。まさか自分に手を振ったのかと、ぎこちなく視線を戻す。その間に掛川は女の子たちに「ごめんね」と謝り、羽織ったシャツを翻しながら向かって来たのだ。走り寄るその姿も格好良いと思ったが、信号が変わる音で我に返り、その場を離れるため慌てて歩き出す。だが、掛川は笑顔で話しかけてきた。
「ごめん、待たせて怒った? 道に迷ってさ」
「えっ……」
理解できずに笹井は思わず立ち止まる。掛川は笹井の背中にそっと手を当てて歩くよう促した。促されるまま前に進むが、突然の事に緊張し過ぎて青ざめる。
「笹井ごめん。待ち合わせてたフリで歩いてくれる?」
さらに追い打ちをかけるように、耳打ちをしてきた。
――わー! ち、近い近い近すぎるよーっ!
笹井は一瞬叫びかけた声を飲み込んで、数回頷く。
「ちゃんと時間通りに出たんだよ。途中で迷子になったんだけど、連絡つかないし……」
掛川は少し声を大きくして、待ち合わせていたていで話すので、笹井はがくがくと頷いて歩く。
だいぶ歩いてから、笹井は自分からも何か会話をしなくてはと頭を回転させはじめた。
角を曲がって、数歩進んだ所で掛川は一度背後を振り返り、ひと息吐くと笹井から少し離れる。
「ありがとう」
「えっ」
笹井は突然の感謝に、捻りまくっていた頭が空っぽになった。
「いきなり声かけられて困ってたら、笹井がヒーローの様に颯爽と現れたんだ。ほんと助かったよ」
掛川は安心した様に笑みを浮かべる。笹井は、その表情を見る勇気もなく、話し声だけで笑顔なのだと、感じていた。
「いや、た、ただ……歩いてただけ、だから……」
笹井は、パンを買った帰りだった。スーパーへ行くだけなので、襟の伸びきったサイズの大きなTシャツにジャージパンツ、すり減って変色したサンダルのだらしない格好だった。今更の様に恥ずかしくなる。
「笹井の家ってこの辺り?」
「う、うん」
「へぇ……近所なのに初めて会うね」
掛川の言葉が頭の中でこだまする。少し間を置いてから笹井は、驚いて掛川に目を向けた。
「えっ! 近所!?」
やわらかい笑顔で頷かれ、ぎこちなく視線を前へと戻す。
「そんなに緊張しなくても……。もうあの子たち、見えなくなったから」
「う、うん」
緊張の原因は、そこじゃあないけどと思いながら、先程から感じている小さな違和感に気付いて、足が止まる。掛川は『笹井』と名前を呼んでいる。
「どうかした?」
掛川が問いかける。
「いや、まさか……まさか、掛川くんに、名前覚えてもらってるとか……顔も、認識してもらってるとか、思ってなくて」
「そりゃ覚えるよ。席も近いし」
――それだけで、覚えた?
クラスが一緒、係が同じ、席が隣、一学年を共に過ごしても、何となく居たというくらいで記憶されない。担任でさえ忘れていた事もあった。笹井はそんな存在だった。
それが、ただ一度挨拶しただけの掛川に記憶されていた。笹井からすると奇跡だと思えた。
「あ、ありがとう」
「何で感謝されてるの? 笹井だって俺の顔と名前、ちゃんと覚えてくれてるのに」
掛川は笑顔を向ける。
――いや、もう、それは憧れの顔なので
思わず言ってしまいそうになるのを笹井は抑えた。
「家、ここ?」
立ち止まったまま動かない笹井に掛川が聞く。
「もっと、向こう」
歩き出した笹井に、掛川は歩調を合わせる。
「元々この辺りに住んでるの?」
「うん。そ、そうだよ」
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笹井は、掛川と並んで歩くこの状況が夢を見ている様だった。
家の前に着くと掛川は頭を下げた。
「急に巻き込んでごめんね。でも本当に助かったよ、ありがとう。笹井の家、教えてもらったから、今度は俺の家も教えるね。じゃあまた、学校で」
爽やかに去って行く後ろ姿を見送った。緊張が解けてから、風の涼しさを感じ、汗が滲んでいたのだと気付く。
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