笹井くんは知らない

秋月みゅんと

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最後の木曜日

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 三回目の木曜日。最後は、コーヒー専門店を選んだ。
 コーヒーの香りで満たされたシックな木造の店内は、落ち着いた照明に静かなインスト曲が流れていた。メニューを見ると種類の多さに笹井は戸惑う。想像していたカフェラテやフレーバーコーヒー等ではなく、豆の産地や煎りが記載されていた。味の説明などの記載はなく掛川も迷ったのか、メニューで顔を隠し小声で話す。
「こういう時は、お店のオリジナルブレンドが一番バランスいいって聞いたことある」
 笹井が頷くと、掛川は店員にブレンドコーヒーを二つ頼んだ。

 コーヒーと一緒にナッツがたっぷりの小さなチョコブラウニーが運ばれてきた。掛川が注文していないと告げると店員が笑顔を向けた。
「サービスですよ。どうぞ、ごゆっくり」
 店員が去ったあと掛川は小声になる。
「そういやコーヒーに気を取られて、スイーツの注文しなかったね」
「ホントだ」
 二人は思わず顔を見合わせ、「まぁ、いっか」とコーヒーに手を伸ばした。
 
 店を出ると笹井はいつも幸せで満たされている。
「少し苦かったけど後味がさっぱりして美味しかったね。ブラウニーがあって良かった」
 掛川は静かに頷く。
「あの苦味は、大人になった気分」
「ダンディな?」
「そう」
 二人は笑う。
「掛川、コーヒー飲み始めたあたりから、少し大人感醸してたでしょ?」
「笹井がそれを望んでいると思ったから」
 掛川は、顎に手を当て、ポーズを作る。
「見た目と言うより、声が低くなってただけだよ。今もそうだけど」
 二人はまた笑い合う。
 そうして笹井は、息を吐きだし、軽い咳払いをひとつして真顔になる。
「三日間本当にありがとう。凄く、楽しかった」
 深く頭を下げる。
「俺も楽しいよ」
 その言葉に笹井はほっとして笑顔になる。名残惜しいが、今日までの約束だ。視線が足元に落ちて、動けずにいる。目を閉じ、ぎゅっと拳を握り、自分に言い聞かせると、口を開いた。
「それじゃあ、これで」
 視線を上げる事もなく、もう一度お辞儀をして、掛川に背を向ける。しかし、その腕を掴まえられる。
「今日はそれなしで」
 予想していなかった掛川の行動に驚く。
「……そ、それって?」
「二回も知らないフリしたから、今日はちゃんと言って良いよね?」
 笹井には掛川の言葉の意味がわからない。
「知らない、フリ?」
「だから、俺を置いてくって流れ。置いてくんかーいっ! ってツッコんだらいいの?」
「ツッコミ……」
 笹井はしばらく考えて、自分の寄りたい場所に掛川を連れ回している事を謝る。 
「あ……ごめんなさい。一緒に行きたいのはカフェのほうで、来たついでに、近くの寄りたい所も行こうかと……」
「うん」
 掛川は手を離さない。
「……流行りとか、まったく無視だし、掛川をそこまで巻き込む気は、なかったんだ……」
 やはり無理して付き合ってくれていたのだと、笹井は思った。
「えっ、本気で……置いてく気、だった?」
 “置いてく”という表現に不自然さを感じながら、笹井は首を傾けながら、肯定する。
「……うん」
「俺の時間、三日欲しいって言って……。一日小一時間で、終了の予定だった?」
 掛川の声がいつもと違う。
「有意義な時間を過ごせたよ。新たな店の発見もあって……」
 通行人の視線に気付いた掛川は、ぐいーっと笹井の腕を引き、建物の陰に入る。
「ねえ」
 掛川が笹井の両肩に手を置く。
「笹井は、三日間って言った」
「う、うん」
「今日、その三日目」
「……うん」
 笹井はどうしたら良いのかわからず、ただ頷く。
「これで終わりって事? これ、で……」
 俯いた掛川に不安になる。
「掛川?」
「俺、楽しかったし、また誘ってよ」
 掛川は顔を上げ、手を緩めた。
 笹井は、倉田や木下たちと楽しそうに話す掛川を思い出す。どう考えても趣味が違うのだ。
「大丈夫だよ。もう、無理しなくても」
 笹井は、なるべく笑顔になる努力をした。
「無理なんて……」
「カラオケとかゲームセンターとか、普段は皆と盛り上がれる場所で遊ぶよね? 盗み聞きしたみたいで申し訳ないんだけど、学校で木下くん達と話してるの聞こえたんだ。俺は……そういうの、得意じゃないから」
 笹井は自分でも不思議に思うほど、口が勝手に動く。そして、あははと乾いた笑いまで出た。
「俺、ホントに楽しくて……」
「うん。ありがとう」
 本当に掛川は、優しい人なのだと笹井は思う。そんな掛川に苦しそうな顔をさせているのが自分なのだと、胸が締め付けられた。
 笹井の肩に置かれた掛川の手に力が入った。意を決した様に開かれた掛川の口から、予想外の言葉が飛び出す。
「もう一度ハグしたら、あと三日、増える?」
「えっ?」
 笹井は、言葉の意味がわからない。
「それとも、キスしたらずっと続くの?」
 固まった笹井に、掛川はすっと顔を寄せる。
「なっ!」
 笹井は顔を真っ赤にして掛川を跳ねのけた。
「なっ、ななな、ないよ! それはないっ!」
――掛川……今、キスしようとした? 何で? どうして?
 笹井は焦りまくる。たが、掛川を強制的に付き合わせたのは自分だ。
「変な事、言い出したばっかりに……嫌な思いさせて、ごめんなさい」
 笹井は頭を下げる。自分がいかに最低な人間か思い知らされた気がした。
「なんで笹井が謝るの? 元はと言えば俺が……笹井っ!」
 笹井は、駆け出した。
 もう、聞きたくなかった。
 わがままを聞いてもらい好きな所へ付き合ってもらっただけ。わかっていたのに、凄く楽しくて毎回幸せだった。掛川も本当に楽しんでいる、趣味が一緒だ、なんて夢を見ていた。
 そんな筈は、ないのに。
 あんなに自分を制したつもりなのに、いつの間にか友だちになった気でいた。それも、誰も知らない秘密の友だちみたいな感覚で。掛川はお詫びで付き合ってくれただけ。それを要求したのは自分で、ここぞとばかりにつけこんで時間をもらっただけなのに。
 笹井は、涙を拭いながら走った。どんなに走っても、一緒に笑ってくれた掛川の顔が頭から離れない。

 どうやって帰ってきたのか、気付けば自分の部屋に居て笹井はベッドへ倒れ込んだ。バイブ音に気付いて確認するが、掛川からの着信に涙が溢れる。メッセージも届いていたが、読まずに電源を落とした。
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