笹井くんは知らない

秋月みゅんと

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氷解

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 翌朝、どうしようもないくらいに目がパンパンに腫れていた。笹井は鏡の前で、何があったか聞かれた時の言い訳を考えていた。

 教室へ着く前に、後ろから倉田が「おはよう」と声を掛けてきた。そっと振り向いた笹井を見てぎょっとした表情をする。
「保健室に行こう」
 しょぼついた目で笹井は力なく笑う。
「へ、平気。夜更しして、映画観たら止まらなくなって……ははっ」
 心配してくれているのに、倉田に嘘をついているのが、申し訳ない。
「いいから。一時間でも眠ってろよ」
 無理やりに引かれ、保健室へ連れて行かれる。
「担任にも体調不良って話しておくから、ちゃんと休んで」
 倉田の優しさに涙が溢れた。ごめんなさいとありがとうを何度も繰り返す。倉田は「うん」と笹井の言葉に全て返事をしながら、横になった笹井の背中を子供をあやす様にリズム良く優しく叩く。笹井は安心してすうっと眠りへと落ちていく。


 倉田は職員室に寄り、教室に戻る途中で掛川と鉢合わせる。
「昨日、笹井と何かあった?」
 不機嫌そうに倉田は口を開く。
 最近、木曜日に笹井と出掛けているのだと掛川から聞いていた。
「えっ?」
「お前が原因の気がするんだけど」
 笹井の様子を話すと、掛川は保健室に向かおうとする。その腕を捕まえて止めた。
「謝りたいんだ」
「やめとけ。今行ったら逆効果な気がする」
 笹井と今は会わせたくなかった。しゅんとした掛川を教室へと促した。


 目を覚ました笹井の耳に、倉田と養護教諭の声が聞こえた。
――今、何時だろう?
 まだ目覚めない頭でぼーっと天井を見る。ベッドを仕切るカーテンが少しだけ開き、養護教諭が様子を窺う。
「気分どう? 少しは良くなった?」
「はい」
 上体を起こすと、倉田の姿も見えた。
「じゃあ倉田くん、少しだけね」
 養護教諭は倉田が頷くのを見て、廊下へと出ていった。
「帰っていいって。担任の許可もらった。ひとりで帰れるか?」
 倉田は、椅子を寄せて座る。
「心配かけて、ごめんなさい。授業には出るから」
 布団を捲り、笹井はベッドから降りようとする。倉田はカーテンを閉めると、顔を寄せて小声になる。
「今、掛川に会っても大丈夫なのか?」
「!」
 倉田の口から掛川の名前が出たので、驚いて固まる。
「あいつが原因なんだろ?」
 笹井は返事に困り俯く。
「掛川も珍しく元気なくてさぁ。ほっとけばいいのに元気だせって木下がうざいくらいで……」
 笹井は不意に立ち上がるが、行ってどうするのかわからない。すぐにすとんとベッドに腰を降ろす。
「俺が、掛川くんを傷つけたんだ。悪いのは、俺だよ」
 笹井は顔を覆った。
「掛川くんとちょっと出掛けただけなのに、仲良くなりたいと、願ってしまった」
 笹井の言葉に倉田は一瞬止まったが、笹井は気付かない。
「それは……悪い事ではないだろ」
 倉田の言葉に笹井は無言で首を横へ振る。
「掛川に興味あるのは前からでしょ?」
 笹井は、その言葉にはっとして顔を上げた。
「笹井は、すぐ顔に出るからわかりやすいんだよね」
 倉田がふわっと笑う。
「えっ……な、何で?」
「目が掛川を追ってるの、自分で気付いてない?」
 笹井は青ざめた。
「か、掛川くんも……知ってる?」
「いや、気付いてない。そういうトコ似てるかな」
 倉田は、ふうと息を吐く。
「とりあえず、今日は帰ったほうがいい。でも、早いうちに掛川とちゃんと話してみて。うまく言葉に出来ないなら、俺も手伝うからさ」
 笹井は何度も頷いた。
「ありがとう、倉田くん……ありがとう」

 土曜日。
 笹井はひとり、家でごろごろしていた。倉田に言われた事を考えていた。悩んで落ち込んでいても、変わらずお腹は空いてくる。
 台所へ向かったが、朝食のパンも牛乳も切れている事に気付く。仕事に向かう母が何か言っていた事を思い出した。
「これだった……」
 パーカーを羽織って外に出る。左に曲がればスーパー、右は掛川の家だ。
 鉢合わせたりはしないだろうかと、不安になって少し早足になる。ふと掛川の好きなアイスがスーパーにある事を思い出し、道を曲がらずにコンビニへと向かった。

 店内に入ってから、ふと思う。
――スーパーよりコンビニが、家から近いよね
 初めて私服姿の掛川を見た日を思い出し、掛川と鉢合わせるリスクを自ら選んだのではないかと悩む。
――でも、好きなアイスはスーパーにあるって言ってたし。だけど、もし他は、こっちで買ってたら?
 パンを前に眉間に皺を寄せていると、ふいに話し声が耳に入る。
「今日こそは絶対にシュウ連れ出そうよ。昨日も元気なかったし」
 クラスの野田と山野だった。二人は笹井にまったく気がついていない様子で通り過ぎ、飲み物を選んでいる。
「なんか地味な子とツルんでるんでしょ? 誘っても断るし」
「だから、サプライズするのっ。そんで楽しい所に連れて行こうよ。シュウの家この辺りらしいんだよねー」
「それ誰情報? もういいって、あんな変なのほっとけば?」
「えー」
 二人はジュースを手に、レジへと向かっていった。笹井は何も買わずに店を出た。
 掛川の家に走って向かう。そして、マンションの入り口が見えた頃に気付く。
――掛川に何を言うつもりだろう? 野田さんと山野さんが家を探してるから出てくるな? それは……何の権利があって?
 息を切らしてマンションの入り口まで辿り着いたが、そこで肩を落として引き返す。
「笹井?」
 掛川の声が後ろから聞こえ、走り寄るのもわかった。ゆっくりと振り返る。
「ははっ」
 なんだか惨めな気分になる。
「もしかして、会いに来てくれたの?」
 掛川は、期待を込めて口を開いた。
 そんな掛川に気付かず、笹井はコンビニがある方向を確認して、すぐに掛川の手を掴んでマンションの入り口の影に入る。
「コンビニで、野田さんと山野さん見かけて、掛川くんの家、探してるみたいだったから」
「え? 何で? ちょっ、ちょっと中入って」
 掛川は急いで笹井を連れてエレベーターに乗る。
「うち広いから、バレたらここで遊ぼうって言いかねないし、誰にも教えてないんだよね」
 笹井には意外な言葉だった。
「お、俺……入ってるし。ごめん」
「笹井は別ね」
 深い意味などないのは承知だが、なんだか特別だと言われた気になる。エレベーターが五階に着いて、家の中へと通される。
「悪いけど少しここに居て。ごめん、毎回巻き込んで」
 笹井をソファーへ案内した後、掛川は冷蔵庫を開ける。
「何か飲む? 麦茶かアイスティーあるよ。あ、アイスもあるんだよ」
 笹井は、首を横へ振る。
「帰るね」
 掛川に促されて一度腰を下ろしたが、笹井は立ち上がった。
「え、待って。今出ていったら、バレるから」
 その言葉に笹井は首を横に振る。
「俺は、顔を見られても気付かれないから、外に出ても大丈夫だよ」
「ん?」
 何故と言わんばかりの掛川に説明する。
「二人の話、店内で聞いたんだ。だけど、野田さんも山野さんも、まったく俺に気付いてなくて……」
 掛川は状況を想像していた。
「それで、俺に知らせるために走ってくれたの? ありがとう、笹井。それなら、連絡くれても良かったのに」
 掛川はスマホを見せる。
 笹井は少し気まずくて、視線を逸らした。
「うちに、置いてきました……滅多に、使わないので……」
「それでメッセージの返信ないんだね。電話も繋がらないから、笹井の家に向かうところだったんだ」
 言われて、最初の木曜日に連絡先を交換した嬉しさを思い出した。そして、最後の木曜日から電源を落としたままで、掛川と顔を合わせていない事も思い出し、慌てて頭を下げる。
「ごめんなさい。この間は、逃げ出して」
「どうして笹井が謝るの? 謝るのは俺だから。ね? ごめん、笹井。ごめんなさい。俺、二度も笹井に失礼な事してしまった」
――失礼な事?
 笹井は何の事かと考える。
「でも、ホントに楽しかったんだよ。だから、今度は俺から笹井を誘おうかなって思って……」
 はにかむように掛川が笑う。笹井は反対に青ざめて掛川の腕を掴む。
「だ、駄目だよ、俺なんかと遊んじゃ! 地味とか変って言われるんだからっ」
 コンビニで聞いた言葉を思い出す。
「誰に何を言われても構わないよ。笹井といれるなら平気」
 笹井の口が開いたままになる。
「何、それ……」
「笹井は嫌なの? 俺の顔ずっと見ていたいでしょ? お洒落なカフェで笹井の為に何杯でもコーヒー飲むから。ずっと木曜がいいなら笹井の為に木曜は必ず空けておくから」
「そんなの……いいよ」
 笹井は、力なく答えた。
「俺は嫌だ。このまま笹井との時間がなくなるなんて……だから……だから、駄目だってわかってたけど凄く焦って、あんな事言ったんだ。キスしてもいいかって」
 笹井はぶんぶんと首を横に振る。
「そ、それはない……ないけど、俺、俺が……」
――掛川と一緒に居たら迷惑になるだけだ。掛川が友だちに悪いイメージを持たれてしまう
 思いながらも、それを口に出せないでいる。
「笹井は俺といるの、嫌?」
 掛川が寂しそうに笹井を見る。
「そんな訳、ないよ。だって、掛川くんの傍にいたいの、俺なんだから」
 掛川は笹井を引き寄せる。
「俺もだよ、俺も笹井の傍にいたいんだよ」
 笹井は声も出せずに真っ赤な顔で固まる。
「笹井、聞いてる?」
 かろうじて首を動かし縦に振る。
「なら決まり! また出かけようよ。次は何処に行く?」
「わ、わかったから。は、はな、離して掛川くんっ」
 笹井はぐいーっと掛川を押し返す。
「ごめん、嬉しさのあまりつい、ね。怒った?」
 掛川は両手を上げて、もうしないと態度で示す。
「怒ってないよ。怒ってはないけど……」
 笹井は気持を落ち着けようと右へ左へと歩き回る。
「それってクセなの? 掛川くんは、近付きすぎるんだ。人にはほら、守ってほしい距離感? ってあるでしょ?」
 笹井は握った右手で口元を隠すようにして話す。
「クセじゃないよ。笹井だからだよ。もっと仲良くなりたいし、誰よりも傍にいたいから……」
「わーっ! もう止めて。そ、それは俺に言うことじゃないと思うっ」
 耳を塞いで速度を速め、笹井はさらに首までも赤くなる。
「えぇー」
 掛川は不満そうな声を出す。
「聞くけど、笹井は……ねぇ? おーい」
 掛川は耳を塞ぐ笹井に手を振る。窓の側で立ち止まった笹井に掛川は問いかけた。
「笹井は俺の事、うっとおしいと思ってる? 邪魔? 迷惑かけてる?」
 笹井は全て首を横に振る。
「笹井が遊びたい時、絶対声かけてくれる?」
「えっ、でも……」
 掛川が、ではなく笹井が、と言われて笹井は戸惑う。
「ほら躊躇する。そこで、遠慮とかしてほしくない。俺は笹井と遊びたいんだよ?」
 掛川は“笹井と”を強調する。
「う、うん。ありがとう」
 優しすぎる言葉に笹井は嬉しくなる。
「じゃあ、ハグする?」
「しませんっ!」
 笑顔で両手を広げる掛川に、笹井は即答して距離をとる。
「えぇーっ、俺の気持ちは受け止めてもらえないの?」
 駄々を捏ねるように掛川が言う。
「う、受け止めました! 受け止めたから、そういうのは、やめてっ」
 手のひらで顔を覆って息を吐き、笹井は気持ちを落ち着けようとする。その状態で壁に寄りかかった笹井の腕に、ぴたりとくっついて掛川が並ぶ。瞬間、笹井はびくりと反応したが、掛川の優しい声に視線を向けた。
「ゴメンね、笹井。俺は誰に何を言われても、笹井の傍にいたいから」
 瞼を閉じた掛川の穏やかな表情と、触れた腕から伝わる体温に癒され、笹井も目を閉じる。
「ありがとう、掛川くん」

 そのまま幸せな気持ちでいたが、掛川が変わらぬ優しい声で聞いてくる。
「笹井、ひとつ聞いていい?」
「うん」
 掛川の腕が離れたので笹井は目を開ける。
「何でまた“掛川くん”に戻ってるの? すごく、ものすごーく寂しいんだけど」
「えっ。えっと、それは……掛川って呼んだら、友達みたいだから」
 笹井の言葉に掛川は青ざめる。
「えっ! 俺と友達なのは、嫌?」
 笹井は違うと首を振る。
「俺なんかと友達なんて、迷惑になると思って……勝手に友達気分でいたら、とても申し訳ない、と、思う、から」
「笹井ーっ。俺は笹井の友達です。むしろ、俺が、友達になって欲しいと願っているので、掛川って呼んで下さい。本気でへこむから」
 掛川に懇願されてしまう。
「そう言ってくれるのなら、か、掛川って、呼ぶね」
 笹井は照れて笑う。掛川の友達で良いんだと嬉しくて、自然と笑顔になれた。
 気持ちが軽くなったからか、笹井のお腹が空腹を知らせた。
「ごご、ごめ、ごめんなさい。朝ご飯のパンを買いに行く所だったから。お、俺もう行くね」
 お腹を押さえた笹井は、恥ずかしくて赤くなる。
「それじゃあ、一緒に食べよう」
 綺麗な笑顔を向ける掛川に一瞬見惚れたが、笹井も笑顔になって頷いた。
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