笹井くんは知らない

秋月みゅんと

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その後・掛川修

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「……えっ? 何か言った?」
 笹井は、いつもと変わらぬ様子で掛川を振り返る。
「聞き返すなよー……」
 掛川は、ため息をついた。
「……聞き間違い、だったかと思って」
 照れてはにかみながらも、笹井らしい言葉が返ってきた。


 もうすぐ夏休みが始まる。
 放課後、皆が出ていく教室の中、席を立つ様子のない笹井が気になった。声をかけると、課題を済ませてから帰るという。掛川は、すぐに自分も残ると側に座った。
「じゃあ、俺は帰るかな」
 掛川に視線を向け、笹井の前に座っていた倉田が立ち上がる。
「また明日ね、倉田くん」
 笹井は倉田の視線に気付かず、ほんわりと笑顔を倉田へ向けた。
「またな、笹井、掛川」
 掛川の気持ちを、唯一知っている倉田は気を使ってくれたのだろう。

 それから三日目。今日も笹井は放課後の教室で机に向かっている。
 聞くと隣家が工事中で、一週間程うるさいらしく集中できないという。掛川は、家を提供するから一緒にやろうと誘ってみたが、申し訳ないからと断られた。

 課題を先に終えた掛川は窓からグラウンドを眺めていた。そのまま座っていると笹井ばかり見つめてしまう。
 笹井は見られていると気になるのか手が止まるので、外でも眺めて待つことにした。


 入学式の日、何となく視線を向けた先に笹井が居た。その視線はこちらに向いておらず、別の方向へ歩き出してしまった。どこか見覚えがある様に感じて、後を追うつもりで足を向けた。だが、行く手を阻むように女生徒数人が声をかけてきて、気がつけばその姿はなかった。
 入学式が始まってから、列の前に笹井を見つけ、クラスが同じだと気付いた。どこで会ったのだろうかとぼんやりと考えていたら、不意に幼い頃の記憶が甦る。


 父親と二人で出掛けた映画館。
 上映直前に仕事の電話で父親が席を外し、不安になった。その時隣に座っていた子が、「映画、楽しみだね」と声をかけてくれた。気付けば手を繋いでいて、不安が消えたのを覚えている。父親はすぐに戻ったのだが、その子と手を繋いだまま映画を観ていた。帰り際に「またね」と別れたので、映画に行く度に探していたが、あれ以来会ったことはなく、いつの間にか諦めていた。


 あの時の彼なのだろうか、何となく似ている様に感じた。だが、幼い頃であり、一度しか会っていないので相手もその事を覚えているかも疑問だった。
 笹井の名前は真っ先に覚え、声を掛けようと思うが、いつもタイミングを失う。
 掛川はいつの頃からか自分の顔が良いのはわかっていた。時々煩わしくもなるが、初対面でも興味を持たれやすく、誰とでもすぐに話せる。隣のクラスまでほぼ全員と話しているのに、クラスが同じ笹井とは話せず、余計に気になっていた。
 そんな笹井は、倉田と一緒に居る事が多い。二人の会話にそれとなく入ると、笹井は話を止めてしまう。一度、教室の入り口で鉢合わせて挨拶したら返してくれたが、すぐに視線を外された。嫌われているのかと疑問に思う。こんな経験は初めてで、どう接して良いのかわからなかった。
 思わず、「何で倉田とは普通に話すのに、俺は駄目なんだろ?」と、倉田にぼやいてしまった事もある。

 その後、笹井と話す機会ができた。その時は当たり障りなく距離を保って、徐々に仲良くなれば良いと思っていた。嫌われている可能性があるのだから。
 翌朝、寝坊してだるい掛川に、笹井が話しかけてくれた。その様子に、緊張しているだけなのかもしれない。もっと会話が増えれば、倉田と同様に接してくれるかもしれない。そう思うと気が急いて、あまり考えず自宅に招いた。その時、笹井も自分の見てくれだけが好きなんだと、少しがっかりして悪戯してしまった。自分でも最低だと思うが、それがきっかけで一緒に出掛ける事になった。三回の約束は、きっとすぐに、ずっとに変わると信じて疑わなかった。一度、出掛けて以来、木曜日が待ち遠しい。翌日には、倉田に笹井の良さを話しまくる。
 自分の最低な態度から始まったのに、笹井との時間は楽しくて幸せを感じられる。笹井があの時の少年なのか、聞こうとした事もあったが、それもどうでも良くなっていて、自分の気持が笹井に向いていると気付いた。それなのに、会うたびに笹井が心を閉じていく様に感じた。三回という約束に焦った事で笹井を傷付けてしまった。倉田にまで迷惑を掛けて、申し訳なかったと反省する。

 今では友達として傍に居られる。
 笹井の事を知るたびに好きが増え、愛しくてたまらない。
 でも、笹井はこんな気持ちを知らない。
 純粋に友達として、掛川修を見ている。


――この後、アイス食べに行こうって誘ったら笹井は行くって言うかな? 新しくできたコーヒースタンドは? どっちも贅沢だからって断られそう……
 笹井との寄り道を掛川は真顔で考えていた。貯めていたお金を三週連続で使い、しばらくは節約すると言っていた。僅かな金額で少しだけ寄り道ができれば、一緒に居る時間が増える。
――ちょっとした寄り道なら、制服でも笹井は平気だろうし……
「掛川、帰らないの?」
 笹井は、掛川の気も知らずに気を遣う。
「何で?」
「何でって……終わったんでしょう?」
 掛川は笹井の前の椅子をひくと、後ろ向きに座る。
「一緒に帰りたいから待ってる」
 それは掛川の本心で、“一緒に”を少し強調してみた。だが、笹井はそうとは思わない。
「えっ……いいよ、気にしないで」
 無理して待っていると思うのが、笹井だ。わかっていても、つい拗ねてしまう。
「俺、邪魔?」
「そ、そんな事、ないよ。待たせるのは、悪いから」
 笹井の返事に、笑顔を向ける。
「大丈夫、ちっとも悪くないんだから」
「悪いよ。木下くんたちと約束してたの、聞こえたし」
 こうして、掛川が誰かに誘われてるのを耳にすると、そちらを優先させようとする。掛川としては、そんな笹井を、常に優先させたいのが本音だったりする。
「してないから、約束」
「えっ、でも……」
「誘われたけど断った。もし約束してても、笹井と帰るから」
「流石にそれは、木下くんに失礼だよ」
 笹井は、本当に申し訳無さそうに言う。
「昨日は笹井が待ってくれたよね、俺が終わるの」
「それは、掛川が教えてくれたからだよ。自分の課題を先に終えてからでも、良かったのに」
「やっぱり俺……邪魔なんだな」
 掛川は大きくため息をつく。
「そんな事ないから。掛川は……沢山友達いるし、忙しいかと思って」
 そんな笹井の目をまっすぐに見る。
「笹井の邪魔じゃない?」
「うん」
「じゃあ、待ってる」
 何か言いかけたが、笹井はノートへ視線を移して、しばらく集中していた。

「おまたせ。終わったよ」
 掛川は笑顔で頷くと、鞄に道具を仕舞う笹井の仕草を見ていた。
 笹井が手にしたノートを掴む。
「どうせ明日持ってくるんだし、置いておけば? せっかく終わらせた課題を家に忘れたらもったいない」
「そっか……まったく気が付かなかった。荷物はすべて持って帰るのが、当たり前だと思っていたから」
 目からウロコと言わんばかりの笹井も、また可愛い。
「流石だね、掛川」
 笹井に褒められるのも嬉しい。皆がしている事なのだが。
「笹井が真面目なんだよ」
「俺は、頭が固いだけだよ」
 そう言って笑うと笹井は窓の所へ行き、鍵を確認してカーテンを引く。掛川はその後ろ姿を目で追い、無意識に声が出る。
「笹井が好きだ」
 はっとして掛川は手で口元を抑えながら、じわりと頬が熱くなっていくのを感じた。
「……えっ? 何か言った?」
 笹井は、いつもと変わらぬ様子で掛川を振り返る。
「聞き返すなよー……」
 掛川は、ため息をついた。届いていない言葉に焦った自分が馬鹿馬鹿しい。
「……聞き間違い、だったかと思って」
 照れてはにかむ笹井を見て、瞬間的に期待してしまう。
――ちゃんと聞こえてて、その表情って……
 だけど、返ってきたのは、笹井らしい言葉。
「掛川はこんな俺に、いつも優しいよね……」
 笹井はずっと見えない存在だったと自分で言う。学校では可もなく不可もなく、ただ存在してるだけの空気と同じだと。でも、掛川にとっては酸素の様に必要な存在だと知ってほしい。
「笹井にはもっと、自信を持ってほしいよ。俺のホントの気持ちだよ。それと、友達としてじゃないから、今の」
 掛川も窓辺に行き、カーテンを引く。
「えっ……友達じゃあないの?」
「俺は、友達以上の気持ちを伝えたつもりなんだけど」
 掛川はゆっくりと言葉を告げた。
「それって……」
 まるで、重大な事件の推理をする探偵の顔だ。
「大親友って、事?」
「笹井、わざと言ってる?」
 掛川の全身から力が抜ける。
「わざと? 何を?」
 笹井の目が少し大きくなる。そして、気付いた様に慌てる。
「ごごごご、ごめんなさい。友達になれたばかりなのに、大親友とか……甚だしい限りだよね」
 見当違いな謝罪をする笹井に、掛川はすっと顔を近付けた。
「ホンットに気付いてないんだね」
「わわっ! 近いって」
 頭を後ろに逸らす笹井の顔がいっきに赤くなる。反応だけ見たら笹井も同じ気持ちなのかと、いつも思う。
「赤くなるのは、癖なのかな?」
「ち、近すぎるんだよ! 掛川は、その……パーソナルスペース? 人との距離が、もの凄く近いと思うんだ。俺、君の顔が好きだから、耐えられない」
――あぁ、そうだった。笹井は俺の見た目が理想だった。こんな真っ赤になるくらいに……
 今更に掛川は思い出す。
「顔だけ?」
「ち、違う! ごめんなさい。そんなつもりはなくて……」
 慌てて首を横に振る。
「俺の身体も好きなんだよね?」
 掛川が腰に手を当ててウインクすると、増々顔が赤くなる笹井。この反応も可愛いと思う。
「み、見た目だけじゃなくて、掛川の全部、が、素敵だと思うし、好きです」
「それは、愛の告白ですか?」
 嬉しくなって掛川が聞く。
「違っ!……掛川は時々、ものすごーく意地悪だよ」
 意地悪なつもりはなかったが、嬉しすぎる反応に、にやけそうになる。
「俺も、笹井の全部が好き」
 笹井はしばらく固まっていたが、不意に目も口もぎゅっと閉じる。それは笹井の“嬉しいを逃さない”とても可愛らしい仕草だ。
「あ……ありが、とう」
 掛川はやっぱり自分の気持が通じていないと思う。しかし、これ以上追求してはいけない。きっと掛川の言う“好き”の意味を知ったら、笹井は驚き、対応に困り、避けられる可能性もある。せっかく、辿り着いた笹井の隣を誰かに譲る気など全く無い。
「笹井、おごるからアイス食べながら帰ろうよ」
「『スーパー三田』に寄る? あ、自分の分は自分で買うから、大丈夫。……あそこなら、ラムネでもいいなぁ。この時期だけ瓶のやつ、売ってるんだよ」
 掛川は学校近くに来るキッチンカーを考えていたが、笹井の心は、スーパーへと飛んでいる。きっと、最近観たという古い邦画に瓶のラムネが出ていたのだろう。
「まぁ……いいか」
 笹井が楽しいなら、このままが続いても苦ではない。
「ん? 何?」
「ラムネも有りだなぁと、思って」
「夏らしくていいよね」
 笹井の無防備な笑顔がとても愛らしい。このままでは、抱きしめてしまいそうだ。
「笹井、夏休み入ったら俺んちで数学特訓だから」
 掛川は自分の気を逸らすように、さっと二人の鞄を手にした。
「えっ! ……有り難いけど……夏休みが、終わると思う」
 数学の苦手な笹井は、眉間に皺を寄せる。
「さっさと終わらせて遊び倒すんだから、覚悟な」
 鞄を受け取るために笹井は掛川へと手を伸ばす。
「う、うん。わかったよ……」
 笹井の返事に、夏休みも一緒に居られると、内心喜ぶ掛川が居た。
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