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その後・倉田恵吾
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笹井洋太の良さに真っ先に気がついたのは、自分だと倉田恵吾は思う。
笹井は、自分が誰にも認知されない人間だと思い込んでいる。数学は多少苦手な様だが、成績も運動もきちんとこなせているのに、自己評価が低いように思う。平均的な身長で、やや大きな目は可愛らしい印象すらある。流行りに流されず自分の好きなものをちゃんと知っている。心地のよい優しい声も倉田の癒しになっている。笹井は、そんな自身の魅力に気付いていない。
笹井とは席が前後になったのがきっかけで、話すようになった。自分から進んで話しかけることはないが、声をかけると普通に話してくれる。思慮深いのか、返事に間がある事も多いが、本人はそれを少し気にしている。
担任からは、おとなしい笹井の友だちと認定され、何かあると笹井と組まされるので、自然と側に居る事が出来た。それで気付いたのだが、笹井はどうも掛川が近付くと緊張しているように思う。その割によく目で追っているのが気になった。
掛川修は、誰とでも分け隔てなく話せるが、笹井とはうまく話せていない。というより、声を掛けても、避けられると戸惑っていた。休み時間などに笹井と話していると掛川が寄って来るのだが、途端に笹井が口を閉ざしたり、席を外したりするので、相談された。それがきっかけで掛川との会話が増えた。教室移動も一緒にと言っていたが、掛川の側には人が集まりがちだ。笹井は人が多い場も緊張する様で、それは断った。
そんな二人が休日に偶然会ったと聞く。
「今度、俺も家を教えるって言ったけど、今日誘ったら変かな?」
掛川は朝、笹井から話しかけられ嬉しかったと言う。試しに声を掛けてみてはどうかと答えた。
翌日、一緒に出掛ける約束をしたと、掛川は報告してきた。笹井の都合に合わせて木曜に約束したらしい。
木曜の朝は笹井が朝からそわそわと落ち着かない様子だった。休み時間には掛川から放課後が楽しみだと聞く。
そして、翌日の金曜日には、“昨日の笹井”を掛川から報告された。笹井は何も言わないが、掛川が近付いても前の様に避ける感じはなく、このまま仲良くなってくれれば良いと思った。
いつもの様に笹井とスイーツの話をしていて、ふと気になった事がある。掛川に対しては憧れか恋心があるようだが、はたして自分は友だちと思われているのだろうか。前にも聞いたが、優しい人認定されだだけで、友だちだとは言われなかった気がした。
「笹井は俺と友だちだよな?」
焦って青ざめた笹井から、見当違いな答えが返る。
「ごご、ごめん。いつも俺なんかの話を聞いてくれて、ありがとう」
タイミングが悪かったのだろうか。そもそもスイーツの話題をふったのは倉田だが、自分が話し続けている事に不安を持った様だ。倉田は笹井を落ち着かせようと、ゆっくりと言葉を伝える。
「急に聞いて悪かった。俺は笹井と、友だちだと思ってるから聞いてみたんだ」
笹井は大きく目を見開いて、それから申し訳なさそうな顔をする。
「く、倉田くんは、良い人すぎるよ。気を使わせて、ごめんね」
笹井は友だちになってくれる人も居ないと思い込んでいるふしがある。
「気は使ってない。本当にそう思ってるから」
笹井とこの会話をもう一度くり返したら、ぎゅうっと目と口を強く閉じる不思議な表情をして、それから、はにかみながらも笑顔で「ありがとう」と言われ、友だちと認定された。
翌週の金曜にも掛川は嬉しそうに報告してきた。
笹井はなんだか元気がなく、二人に温度差があるのが気になった。
さらにその翌週。金曜の朝、痛々しい程に目を腫らした笹井を見た時は、ぎょっとした。前週も笹井の様子が少し気になって声をかけたが、何も話してはくれなかった。尚更に掛川だろうと推測する。笹井を傷付けるなら、それが掛川でも距離をとってもらおうと思った。
笹井は「掛川と仲良くなりたい」と願っていた。恋心どころか、まだ友だちとさえ思っていないのだと気付く。
二人のわだかまりは直ぐに解けたが、掛川に対する笹井の気持ちは憧れで、掛川には恋心が芽生えている。
掛川に笹井の事が好きだと相談された日、笹井の良さに気付いたのは自分だけではないのだと嬉しくなった。
ただ、掛川の気持ちは、いつ届くのだろうか。笹井の憧れは、そのうち恋に変わる気がする。
そんな笹井と掛川を間近で見守るのが、いつしか楽しみになっていた。
―――◆◇◆―――
夏休み
遊びに行こうと掛川に連絡すると笹井の家で勉強中だと言う。二人きりで勉強会とは、これは遂にそういう事なのかと笑みが溢れる。
休みの直前に告白したと聞いていたから、邪魔をしてはいけないと思ったのも束の間、「今すぐ来てほしい」と頼まれてしまう。
――何故だ?
掛川に指定されたコンビニへと向かう。
顔を見るなり真顔で近付いて来て、店外へ連れ出される。
「耐えられない」
「は? 笹井と何かあった?」
開口一番それか、と思ったが、掛川の言葉が、良い方なのか悪い方なのか判断できなかった。
「笹井が可愛すぎて……一人では耐えられない」
その言葉に、力が抜ける。
「のろけ?」
「んな訳ないだろっ。笹井は俺の事、友だちだと思ってるんだぞっ」
倉田は何故、進展していない言い方なのかと、思考が一度止まる。
「……冗談?」
「本気だよ」
「……伝えたんだよな?」
「……届いてないんだよ」
二人の間に静かな時間が流れ、無言で倉田は掛川の肩を叩く。
掛川は待ち合わせたコンビニではなく、アイスを買うとスーパーへ向かう。
「欲しいものがここにしか置いてないんだよね」
アイスクリーム売り場の面積が広すぎて倉田の口が開き放しになる。
「すげーな。アイスの種類……」
「俺も最初驚いたよ。倉田どれにする?」
どれと言われても、知らない商品の方が多い。片っ端から食べてみたいというのが本音だ。
掛川は決まっている様で、迷わず商品を手にした。それも同じ物を二個。
「それ、美味いのか?」
見たことのないパッケージだった。
「俺の好きなやつ。笹井が食べたいって」
少しの間を開けて倉田は口を開く。
「のろけ?」
静かに掛川が答える。
「のろけたいよ、俺だって」
思わず腕で口を覆って笑う。
「悪い、わざとじゃないから」
話題を変えたはずが、同じ結果になっていた。倉田も同じアイスを取り、レジへと向かった。
笹井の家に向かいながら掛川は、タイミング良く連絡もらって感謝していると言う。
「タイミング? 何の?」
「笹井が映画好きなの知ってるよね?」
地域の祭りと連携した夏祭りフェアを開催していて、浴衣や甚平着用で映画館へ行くと割引きがあるという。映画館に近い公園にも露天が並ぶらしく、笹井を誘ったと掛川は説明した。楽しそうだと言ったので、誘ったのだが絶対混んでるからと笹井は渋ったらしい。
「倉田も行くって言ったら……倉田も映画好きなのかって嬉しそうで……」
「そうだと言ったら、行くって返事貰えたのか?」
掛川は頷いた。倉田は二人の可愛いやりとりが目に浮かぶ。
家に着くと、笹井が嬉しそうにふたりを出迎える。オーバーサイズのTシャツに膝下丈のパンツが確かに可愛い。倉田は、制服より幼く見える笹井を観察してしまう。
「ごめんなさい。あと少しで終わるから、待ってて」
「慌てなくていいから」
倉田は、自然と笑顔になる。
課題を終えた笹井が、掛川に添削してもらっている。
「倉田くんも、甚平着てく? それとも、浴衣?」
どちらも持っていないからこのまま行くと言いかけた倉田の腕を、力強く掛川が掴む。逆の手に握るペンも折ってしまいそうな雰囲気だ。
「えーっと……」
――何に対する圧だ……これ?
「倉田は、浴衣だよな?」
掛川が怖い。
「あ、あぁ、そうだな」
「じゃあ着替えたら、また集合だね。何処で、待ち合わせしようか?」
笹井は嬉しそうに笑う。
「甚平着て映画館って、なんだか恥ずかしいけど、三人ならきっと気にならないよね? なんか、わくわくするよねっ」
掛川はその笑顔に昇天しかけていた。
「採点終わったか?」
動きの止まった手元を見ると、掛川は我に返る。
「溶けるから、先食べて」
掛川に言われて倉田はテーブルにアイスを出した。パフェ風の同じアイスが三個並ぶ。
「美味しそうだね」
笹井は身を乗り出してアイスを見る。
「近所でレモンチーズ味がそこにしかなくて……笹井、全問正解だよ」
「やった。ありがとう掛川」
三人揃ってアイスの透明な蓋を外す。
笹井は嬉しそうにしているが、掛川と倉田が口に入れるまで待っていた。
「あ、うまい」
「でしょ? 笹井は?」
掛川に言われて口に入れると一瞬酸っぱい顔になる。
「苦手?」
掛川は不安そうに笹井の感想を待つ。
「大丈夫、美味しいよ。なんだか、チーズケーキっぽい?」
「そうなんだよ。レモン多めのチーズケーキみたいで、ついこの味を求めてしまうっていう」
掛川の答えに頷きながら、癖になる味なのか、少し酸っぱい表情になりながらも笹井はスプーンを止めない。
笹井と学校以外で会うのは初めてだったが、掛川の家に入るのも初めてだった。結構裕福だと聞いていたが、まさかこんな高級感漂うマンションにひとり暮らしとは流石に口が開きっぱなしになる。
「すげぇな、お前んち……」
「絶対、誰にもバラすなよ。仕方なく入れたんだからな」
不機嫌かと思うくらい、掛川がピリピリしている。
「呼んどいてその態度……」
掛川の後についてエレベーターに乗り込む。
「悪い。……笹井と倉田だけなんだ。家に入れるの」
「そりゃどうも。つか、先刻から何? 情緒不安定気味だな」
静かに止まるエレベーターを降りて、部屋の鍵を開けるまで掛川は無言だった。お邪魔しますと倉田は中へ入る。
「笹井が甚平着て出掛けるの、初めてなんだって。俺らとなら甚平で外出してもいいかなぁって言った」
掛川の様子に倉田は笑う。
「笹井の甚平姿が見れるなら、俺込みでも致し方ないと思った訳か」
「俺一人だと無理だけど、倉田も一緒なら良いって」
「お前、また変な落ち込み方してるだろ?」
「……俺より倉田の方が、絶対的に信用あるんだよなぁ、笹井って」
「それは違うだろ」
ふーっと倉田は息を吐く。
「たぶん、俺と二人でも駄目なんだよ。笹井は“三人だから行く”って言ったんだろ?」
掛川は頷く。
「笹井からしたら、きっと、俺と掛川に上下はないんだよ。友だちとして横並びだと思う。まぁ、お前からしたらそれも癪に障るんだろうけどな」
「倉田だってそうだろ? 笹井の事、独り占めしたいって……」
何を言い出すんだと倉田は完全に否定する。
「思わねぇって」
そして、ふと掛川はそこに不安を感じるのかと思う。
「なぁ、もしかして俺、掛川にライバル視されてる? 応援してる側なんだけど」
「でも、笹井の甚平姿は、見たいと思っただろ?」
掛川は、浴衣を引っ張り出して一枚を倉田に渡す。
「一緒にすんな……なぁ、俺、浴衣どうやって着るのか、わかんねぇ」
浴衣を広げ倉田は苦笑いする。
「教えるから」
先ほどより気持ちの落ち着いた掛川は、何が何でも笹井と出掛けるという情熱に気持ちが傾いたようだ。教える、というより全てお任せで倉田はあっという間に浴衣へと変身していた。
チャイムの音で一階へと向かう。ロビーで待っていた笹井と、隣に並ぶ掛川は同じ反応を示した。お互いの姿に感動して震えている。
――こいつらやっぱり最高に可愛すぎ……。癒やしだな
掛川と笹井が両思いになって欲しい気もするが、このまま維持してもらいたい気もする。
心の中だけで、二人の頭をワシャワシャと撫で回してみる。
バスの中も半分以上は浴衣だったので目的地は一緒だろうと察しがつく。通りには提灯が連なり、かなり人通りがある。その先にある祭り会場が近付くにつれ、更に人でごった返していく。ソースの焦げる香りと、綿あめやポップコーン等の香りが漂い、人々のざわめきや屋台の発電機音、スピーカーから流れる音楽が会場を埋める。
笹井はその手前で足を止めた。
「や、やっぱり凄い人の数……」
「手、繋ぐ?」
掛川は心配そうに笹井に手を差しだす。
「流石にそれはそれで、恥ずかしよ」
笹井は、首を振る。
「とりあえず先に映画見て、人混みが落ち着いてたらこっちも見るって、どうだ?」
倉田の提案に二人は頷いた。
「花火もあるんだけど、それは俺んちで見ようよ」
掛川の言葉に笹井と頷く。
その前に、祭り会場の先に映画館があるので、この人混みを突っ切らなければと倉田は思う。
「笹井、やっぱり手を繋ごう。映画館まで逸れないように、三人で」
倉田の提案に掛川がすぐに笹井の手を取った。
久しぶりに見た映画はファンタジー要素が入った、少年の成長物語だった。笹井らしい癒し系チョイスだ。
映画料金も割引きされたのに、祭りで使えるチケットも貰えた。チケットを使って少し遊ぼうという話になる。しかし、祭り会場は変わらず人混みが凄いままだ。
会場内で移動する時は、掛川、笹井、倉田の順で手を繋ぎ縦になって進んだ。周りを気にして真っ赤だった笹井も、射的や金魚すくい等の屋台を見て進むうち気にならなくなったようで、笑顔になる。広場に設置されたステージで、ご当地アイドルを少し見ていたが、笹井が人酔いし始める。
「美味しいの買って、帰ろうか」
掛川が言い出した。
「そうだな」
倉田も頷く。
「でも、ステージが、まだ終わってないよ」
「終わるまで待ったら、人が流れるからな。その前に抜け出そう」
倉田の言葉に、笹井は頷いた。
焼きそばと焼き鳥、いちご飴と瓶のラムネを買って帰路につく。
「ごめんなさい。俺が、気分悪くなったりしたから、ゆっくり見れなかった」
会場を出てだいぶ歩いてから笹井が謝る。
「少しは良くなった?」
掛川が笹井の顔色を確認している。
「うん。でも、申し訳なくて……」
沈んだ声で笹井は告げる。
「そこは気にするな。花火も今からだ」
「そうだよ、笹井。ゆっくり花火を楽しもうよ」
掛川の家は花火を見るには特等席だった。
人にも揉まれず、夜景と共に花火を堪能できる。少し角度が斜めになるのだが、問題なく見れる。
「来年も花火、見に来ていいか?」
倉田は、ラムネを飲みながら聞く。
「この三人で見るなら許す」
掛川から許可を貰えた。
「えっ! 俺も良いの?」
笹井が驚く。
「笹井が来ないなら、花火は見ない」
倉田と掛川の声がハモる。
「ありがとう。いつも気を使ってくれて、ほんとに、ありがとう」
笹井は、照れながら頭を下げる。
笹井は夏休みの後半、一週間ほど体調を崩すが、それ以外は順調に掛川との仲を深めていった気がする。
倉田は、二人を側で見守れる幸せをかみしめていた。
笹井は、自分が誰にも認知されない人間だと思い込んでいる。数学は多少苦手な様だが、成績も運動もきちんとこなせているのに、自己評価が低いように思う。平均的な身長で、やや大きな目は可愛らしい印象すらある。流行りに流されず自分の好きなものをちゃんと知っている。心地のよい優しい声も倉田の癒しになっている。笹井は、そんな自身の魅力に気付いていない。
笹井とは席が前後になったのがきっかけで、話すようになった。自分から進んで話しかけることはないが、声をかけると普通に話してくれる。思慮深いのか、返事に間がある事も多いが、本人はそれを少し気にしている。
担任からは、おとなしい笹井の友だちと認定され、何かあると笹井と組まされるので、自然と側に居る事が出来た。それで気付いたのだが、笹井はどうも掛川が近付くと緊張しているように思う。その割によく目で追っているのが気になった。
掛川修は、誰とでも分け隔てなく話せるが、笹井とはうまく話せていない。というより、声を掛けても、避けられると戸惑っていた。休み時間などに笹井と話していると掛川が寄って来るのだが、途端に笹井が口を閉ざしたり、席を外したりするので、相談された。それがきっかけで掛川との会話が増えた。教室移動も一緒にと言っていたが、掛川の側には人が集まりがちだ。笹井は人が多い場も緊張する様で、それは断った。
そんな二人が休日に偶然会ったと聞く。
「今度、俺も家を教えるって言ったけど、今日誘ったら変かな?」
掛川は朝、笹井から話しかけられ嬉しかったと言う。試しに声を掛けてみてはどうかと答えた。
翌日、一緒に出掛ける約束をしたと、掛川は報告してきた。笹井の都合に合わせて木曜に約束したらしい。
木曜の朝は笹井が朝からそわそわと落ち着かない様子だった。休み時間には掛川から放課後が楽しみだと聞く。
そして、翌日の金曜日には、“昨日の笹井”を掛川から報告された。笹井は何も言わないが、掛川が近付いても前の様に避ける感じはなく、このまま仲良くなってくれれば良いと思った。
いつもの様に笹井とスイーツの話をしていて、ふと気になった事がある。掛川に対しては憧れか恋心があるようだが、はたして自分は友だちと思われているのだろうか。前にも聞いたが、優しい人認定されだだけで、友だちだとは言われなかった気がした。
「笹井は俺と友だちだよな?」
焦って青ざめた笹井から、見当違いな答えが返る。
「ごご、ごめん。いつも俺なんかの話を聞いてくれて、ありがとう」
タイミングが悪かったのだろうか。そもそもスイーツの話題をふったのは倉田だが、自分が話し続けている事に不安を持った様だ。倉田は笹井を落ち着かせようと、ゆっくりと言葉を伝える。
「急に聞いて悪かった。俺は笹井と、友だちだと思ってるから聞いてみたんだ」
笹井は大きく目を見開いて、それから申し訳なさそうな顔をする。
「く、倉田くんは、良い人すぎるよ。気を使わせて、ごめんね」
笹井は友だちになってくれる人も居ないと思い込んでいるふしがある。
「気は使ってない。本当にそう思ってるから」
笹井とこの会話をもう一度くり返したら、ぎゅうっと目と口を強く閉じる不思議な表情をして、それから、はにかみながらも笑顔で「ありがとう」と言われ、友だちと認定された。
翌週の金曜にも掛川は嬉しそうに報告してきた。
笹井はなんだか元気がなく、二人に温度差があるのが気になった。
さらにその翌週。金曜の朝、痛々しい程に目を腫らした笹井を見た時は、ぎょっとした。前週も笹井の様子が少し気になって声をかけたが、何も話してはくれなかった。尚更に掛川だろうと推測する。笹井を傷付けるなら、それが掛川でも距離をとってもらおうと思った。
笹井は「掛川と仲良くなりたい」と願っていた。恋心どころか、まだ友だちとさえ思っていないのだと気付く。
二人のわだかまりは直ぐに解けたが、掛川に対する笹井の気持ちは憧れで、掛川には恋心が芽生えている。
掛川に笹井の事が好きだと相談された日、笹井の良さに気付いたのは自分だけではないのだと嬉しくなった。
ただ、掛川の気持ちは、いつ届くのだろうか。笹井の憧れは、そのうち恋に変わる気がする。
そんな笹井と掛川を間近で見守るのが、いつしか楽しみになっていた。
―――◆◇◆―――
夏休み
遊びに行こうと掛川に連絡すると笹井の家で勉強中だと言う。二人きりで勉強会とは、これは遂にそういう事なのかと笑みが溢れる。
休みの直前に告白したと聞いていたから、邪魔をしてはいけないと思ったのも束の間、「今すぐ来てほしい」と頼まれてしまう。
――何故だ?
掛川に指定されたコンビニへと向かう。
顔を見るなり真顔で近付いて来て、店外へ連れ出される。
「耐えられない」
「は? 笹井と何かあった?」
開口一番それか、と思ったが、掛川の言葉が、良い方なのか悪い方なのか判断できなかった。
「笹井が可愛すぎて……一人では耐えられない」
その言葉に、力が抜ける。
「のろけ?」
「んな訳ないだろっ。笹井は俺の事、友だちだと思ってるんだぞっ」
倉田は何故、進展していない言い方なのかと、思考が一度止まる。
「……冗談?」
「本気だよ」
「……伝えたんだよな?」
「……届いてないんだよ」
二人の間に静かな時間が流れ、無言で倉田は掛川の肩を叩く。
掛川は待ち合わせたコンビニではなく、アイスを買うとスーパーへ向かう。
「欲しいものがここにしか置いてないんだよね」
アイスクリーム売り場の面積が広すぎて倉田の口が開き放しになる。
「すげーな。アイスの種類……」
「俺も最初驚いたよ。倉田どれにする?」
どれと言われても、知らない商品の方が多い。片っ端から食べてみたいというのが本音だ。
掛川は決まっている様で、迷わず商品を手にした。それも同じ物を二個。
「それ、美味いのか?」
見たことのないパッケージだった。
「俺の好きなやつ。笹井が食べたいって」
少しの間を開けて倉田は口を開く。
「のろけ?」
静かに掛川が答える。
「のろけたいよ、俺だって」
思わず腕で口を覆って笑う。
「悪い、わざとじゃないから」
話題を変えたはずが、同じ結果になっていた。倉田も同じアイスを取り、レジへと向かった。
笹井の家に向かいながら掛川は、タイミング良く連絡もらって感謝していると言う。
「タイミング? 何の?」
「笹井が映画好きなの知ってるよね?」
地域の祭りと連携した夏祭りフェアを開催していて、浴衣や甚平着用で映画館へ行くと割引きがあるという。映画館に近い公園にも露天が並ぶらしく、笹井を誘ったと掛川は説明した。楽しそうだと言ったので、誘ったのだが絶対混んでるからと笹井は渋ったらしい。
「倉田も行くって言ったら……倉田も映画好きなのかって嬉しそうで……」
「そうだと言ったら、行くって返事貰えたのか?」
掛川は頷いた。倉田は二人の可愛いやりとりが目に浮かぶ。
家に着くと、笹井が嬉しそうにふたりを出迎える。オーバーサイズのTシャツに膝下丈のパンツが確かに可愛い。倉田は、制服より幼く見える笹井を観察してしまう。
「ごめんなさい。あと少しで終わるから、待ってて」
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倉田は、自然と笑顔になる。
課題を終えた笹井が、掛川に添削してもらっている。
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どちらも持っていないからこのまま行くと言いかけた倉田の腕を、力強く掛川が掴む。逆の手に握るペンも折ってしまいそうな雰囲気だ。
「えーっと……」
――何に対する圧だ……これ?
「倉田は、浴衣だよな?」
掛川が怖い。
「あ、あぁ、そうだな」
「じゃあ着替えたら、また集合だね。何処で、待ち合わせしようか?」
笹井は嬉しそうに笑う。
「甚平着て映画館って、なんだか恥ずかしいけど、三人ならきっと気にならないよね? なんか、わくわくするよねっ」
掛川はその笑顔に昇天しかけていた。
「採点終わったか?」
動きの止まった手元を見ると、掛川は我に返る。
「溶けるから、先食べて」
掛川に言われて倉田はテーブルにアイスを出した。パフェ風の同じアイスが三個並ぶ。
「美味しそうだね」
笹井は身を乗り出してアイスを見る。
「近所でレモンチーズ味がそこにしかなくて……笹井、全問正解だよ」
「やった。ありがとう掛川」
三人揃ってアイスの透明な蓋を外す。
笹井は嬉しそうにしているが、掛川と倉田が口に入れるまで待っていた。
「あ、うまい」
「でしょ? 笹井は?」
掛川に言われて口に入れると一瞬酸っぱい顔になる。
「苦手?」
掛川は不安そうに笹井の感想を待つ。
「大丈夫、美味しいよ。なんだか、チーズケーキっぽい?」
「そうなんだよ。レモン多めのチーズケーキみたいで、ついこの味を求めてしまうっていう」
掛川の答えに頷きながら、癖になる味なのか、少し酸っぱい表情になりながらも笹井はスプーンを止めない。
笹井と学校以外で会うのは初めてだったが、掛川の家に入るのも初めてだった。結構裕福だと聞いていたが、まさかこんな高級感漂うマンションにひとり暮らしとは流石に口が開きっぱなしになる。
「すげぇな、お前んち……」
「絶対、誰にもバラすなよ。仕方なく入れたんだからな」
不機嫌かと思うくらい、掛川がピリピリしている。
「呼んどいてその態度……」
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「悪い。……笹井と倉田だけなんだ。家に入れるの」
「そりゃどうも。つか、先刻から何? 情緒不安定気味だな」
静かに止まるエレベーターを降りて、部屋の鍵を開けるまで掛川は無言だった。お邪魔しますと倉田は中へ入る。
「笹井が甚平着て出掛けるの、初めてなんだって。俺らとなら甚平で外出してもいいかなぁって言った」
掛川の様子に倉田は笑う。
「笹井の甚平姿が見れるなら、俺込みでも致し方ないと思った訳か」
「俺一人だと無理だけど、倉田も一緒なら良いって」
「お前、また変な落ち込み方してるだろ?」
「……俺より倉田の方が、絶対的に信用あるんだよなぁ、笹井って」
「それは違うだろ」
ふーっと倉田は息を吐く。
「たぶん、俺と二人でも駄目なんだよ。笹井は“三人だから行く”って言ったんだろ?」
掛川は頷く。
「笹井からしたら、きっと、俺と掛川に上下はないんだよ。友だちとして横並びだと思う。まぁ、お前からしたらそれも癪に障るんだろうけどな」
「倉田だってそうだろ? 笹井の事、独り占めしたいって……」
何を言い出すんだと倉田は完全に否定する。
「思わねぇって」
そして、ふと掛川はそこに不安を感じるのかと思う。
「なぁ、もしかして俺、掛川にライバル視されてる? 応援してる側なんだけど」
「でも、笹井の甚平姿は、見たいと思っただろ?」
掛川は、浴衣を引っ張り出して一枚を倉田に渡す。
「一緒にすんな……なぁ、俺、浴衣どうやって着るのか、わかんねぇ」
浴衣を広げ倉田は苦笑いする。
「教えるから」
先ほどより気持ちの落ち着いた掛川は、何が何でも笹井と出掛けるという情熱に気持ちが傾いたようだ。教える、というより全てお任せで倉田はあっという間に浴衣へと変身していた。
チャイムの音で一階へと向かう。ロビーで待っていた笹井と、隣に並ぶ掛川は同じ反応を示した。お互いの姿に感動して震えている。
――こいつらやっぱり最高に可愛すぎ……。癒やしだな
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心の中だけで、二人の頭をワシャワシャと撫で回してみる。
バスの中も半分以上は浴衣だったので目的地は一緒だろうと察しがつく。通りには提灯が連なり、かなり人通りがある。その先にある祭り会場が近付くにつれ、更に人でごった返していく。ソースの焦げる香りと、綿あめやポップコーン等の香りが漂い、人々のざわめきや屋台の発電機音、スピーカーから流れる音楽が会場を埋める。
笹井はその手前で足を止めた。
「や、やっぱり凄い人の数……」
「手、繋ぐ?」
掛川は心配そうに笹井に手を差しだす。
「流石にそれはそれで、恥ずかしよ」
笹井は、首を振る。
「とりあえず先に映画見て、人混みが落ち着いてたらこっちも見るって、どうだ?」
倉田の提案に二人は頷いた。
「花火もあるんだけど、それは俺んちで見ようよ」
掛川の言葉に笹井と頷く。
その前に、祭り会場の先に映画館があるので、この人混みを突っ切らなければと倉田は思う。
「笹井、やっぱり手を繋ごう。映画館まで逸れないように、三人で」
倉田の提案に掛川がすぐに笹井の手を取った。
久しぶりに見た映画はファンタジー要素が入った、少年の成長物語だった。笹井らしい癒し系チョイスだ。
映画料金も割引きされたのに、祭りで使えるチケットも貰えた。チケットを使って少し遊ぼうという話になる。しかし、祭り会場は変わらず人混みが凄いままだ。
会場内で移動する時は、掛川、笹井、倉田の順で手を繋ぎ縦になって進んだ。周りを気にして真っ赤だった笹井も、射的や金魚すくい等の屋台を見て進むうち気にならなくなったようで、笑顔になる。広場に設置されたステージで、ご当地アイドルを少し見ていたが、笹井が人酔いし始める。
「美味しいの買って、帰ろうか」
掛川が言い出した。
「そうだな」
倉田も頷く。
「でも、ステージが、まだ終わってないよ」
「終わるまで待ったら、人が流れるからな。その前に抜け出そう」
倉田の言葉に、笹井は頷いた。
焼きそばと焼き鳥、いちご飴と瓶のラムネを買って帰路につく。
「ごめんなさい。俺が、気分悪くなったりしたから、ゆっくり見れなかった」
会場を出てだいぶ歩いてから笹井が謝る。
「少しは良くなった?」
掛川が笹井の顔色を確認している。
「うん。でも、申し訳なくて……」
沈んだ声で笹井は告げる。
「そこは気にするな。花火も今からだ」
「そうだよ、笹井。ゆっくり花火を楽しもうよ」
掛川の家は花火を見るには特等席だった。
人にも揉まれず、夜景と共に花火を堪能できる。少し角度が斜めになるのだが、問題なく見れる。
「来年も花火、見に来ていいか?」
倉田は、ラムネを飲みながら聞く。
「この三人で見るなら許す」
掛川から許可を貰えた。
「えっ! 俺も良いの?」
笹井が驚く。
「笹井が来ないなら、花火は見ない」
倉田と掛川の声がハモる。
「ありがとう。いつも気を使ってくれて、ほんとに、ありがとう」
笹井は、照れながら頭を下げる。
笹井は夏休みの後半、一週間ほど体調を崩すが、それ以外は順調に掛川との仲を深めていった気がする。
倉田は、二人を側で見守れる幸せをかみしめていた。
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目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
あなたと過ごせた日々は幸せでした
蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。
病弱の花
雨水林檎
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痩せた身体の病弱な青年遠野空音は資産家の男、藤篠清月に望まれて単身東京に向かうことになる。清月は彼をぜひ跡継ぎにしたいのだと言う。明らかに怪しい話に乗ったのは空音が引き取られた遠縁の家に住んでいたからだった。できそこないとも言えるほど、寝込んでばかりいる空音を彼らは厄介払いしたのだ。そして空音は清月の家で同居生活を始めることになる。そんな空音の願いは一つ、誰よりも痩せていることだった。誰もが眉をひそめるようなそんな願いを、清月は何故か肯定する……。
【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます
夏ノ宮萄玄
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オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。
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義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。
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