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肆
しおりを挟む「王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?」
子供の頃から殿下のことしか頭に無かった僕はこの恋心を諦めなくてはならなくなった今、自分の生きがいを見つけたかった。
平和と繁栄を謳歌する王都ではそれが当たり前すぎて聖女の役目を行っていた自分の存在意義を感じなかったし、聖女であることを喋ってしまった自分では役目に戻ることは出来ないだろう。
自分一人が辛い目にあうだけで魔物の量も土地の栄養状態もそこまで変化しているとは考えていない。しかし今すぐにでも邪気の浄化を辞めることが出来ると言っても流石にそれはしなかった。
────僕に出来ることなら代わりが居ないなんてことはないだろう。
王姉殿下は聖女を継いだ時僕のように寝込むことはなく、性格が歪んだなんてこともなかったらしい。それなのに僕は自分の弱さに負けてしまった。きっと僕よりも上手く聖女の役目をこなすことが出来るだろう。
「王妃様とのお約束を破ってしまった今、僕には聖女のままでいる資格なんてものはないでしょう。それに正直失恋して今までのように過ごすのは無理です。10年間勤めてまいりましたので継承の呪文は習得致しました。2ヶ月後には王都を離れて何処か遠くの地へと向かいたいと思っておりますのでそれ迄には次の聖女の方をお教え下さい。」
僕は旅に出たかった。産まれてから王都を離れたことのなかったが、聖女の役目というのは基本的に王都の外に影響を与えることだった。王都では畑はないし魔物は湧かない。だから見てみたいのだ。拙いながらも自分が今まで何をしてきたのか。そして広い世界を、自然を、見てみたいのだ。
「アルト!俺が悪かった!全部謝るからっ!だから今日のことは全部無かったことにしてくれないか?俺の前から居なくならないでくれっ!」
クリス王子は先程まで床にへたり込んで呆然としていたがいきなり立ち上がり僕の肩を掴むと必死な表情で縋った。
「お前が俺のことをめちゃくちゃ想ってくれていることを俺は知らなかっただけなんだ!俺の気持ちは嘘になってなんかいなかった。気持ちを知った今、こんなにも愛おしく想っているんだから!」
殿下はそう言うと僕をその大きな身体で抱きしめた。身長の低い僕は後頭部に手を添えられると胸元に抱き寄せられる。約五年ぶりに嗅ぐ殿下の匂いに僕は涙腺が崩壊してしまった。
今やっと離れる覚悟を決めたのに、それを意図も簡単に壊してしまう殿下を狡いと思いながらも僕は彼の背に手をそっと回そうとした。
その時、殿下と僕の身体は何者かによって引き剥がされた。
「いやいやいや、こんなダメ男に流されちゃ駄目だよ、アル。」
僕と殿下を引き剥がしたのはハルファスだった。今度は彼が引き剥がされた僕の身体を抱きしめる。初めてこんな近くまで密着されて僕は少しだけドキッとした。
いや、そんなことは無い。だってまだ僕はクリス王子が好きなんだから。
「離して!確かに駄目な男かもしれないけど僕を好きって言ってくれればそれでいいの!」
僕がイヤイヤと彼の胸に手を当てて体を離そうと抵抗するが今度は苦しいほどの強い力で抱きしめられた。すると、彼はいきなり大声をあげる。
「婚約破棄まで宣言しといてそんな都合のいい話あるかよ!!!!!」
その言葉にはとてつもない怒りが込められていて彼の怒ったところを見たことがない僕は縮こまってしまった。
「僕だったら君を泣かせたりなんかしないのに、一人寂しい思いなんかさせないのに!アルに酷いことばっかするあいつの所に戻るのかよっ!」
僕はその言葉に先程彼が言っていた言葉を思い出した。
『好きな人が蔑ろにされれば誰だって怒るし……』
彼はずっと怒っていたのか。殿下を騙していたのも僕を蔑ろにすることが許せなかったから。
今までは僕を好きと言ってくることと殿下を騙す行為に関連性をあまり理解していなかった。しかし、好きな人のことで湧き上がる怒りや嫉妬などの醜い感情には親しみがある。僕はハルファスの発言にそれを感じると親近感が湧いてきて一気に彼が可哀想に見えた。
────あれはきっと僕だ。
ハルファスは僕に似ている。
僕は彼を見ていると思うのだ。僕なんかに恋するのは辞めろと。でもそれは、彼が僕に思っていることと同じなのだろう。
そう思うと不思議と殿下と離れることに対する抵抗感が薄れた。むしろそれよりもあの可哀想な彼に付いていなければとそう思った。
「…泣かないで。」
ハルファスの胸に置いていた手を左手は背中に回し、右手は彼の頭を撫でた。
「泣かないでって…アルのせいで泣いてるんだけど?」
「うん、でもハルファスが泣いてるのを見るのが嫌。」
彼の目元に溜まる雫を指先で掬う。
「でもあいつのところに行くんだろ?」
ハルファスは怒気を孕んだ声で言う。
「ううん、行かない。ハルファスの傍に居る。」
「は?さっきはあいつのところ行くって言ってただろ?」
「うん、でも僕って自分が一番可愛いからさ。…僕に似てるなって思ったらハルファスを一人に出来ないなって。」
「同情ってこと?」
「ダメ?」
「ううん、アルが傍にいてくれるなら同情でも何でもいい。」
ハルファスは僕の肩に顔を埋めるとグリグリと押し付けてきた。
ふと我に返るとここが夜会の会場で沢山の人がこちらを見ていることに気がついた。
そ、そうだ!ここ人が大勢いる場所だった
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