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第3話
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こんなに簡単に、常盤 怜夜の家の場所を知ってしまって大丈夫なのかと思いながら、澄音は身支度を済ませ、家を出る。
都内の中心地にそびえる超高級マンション。無機質なエントランスには人の気配が少なく、天井に並ぶカメラの赤いランプだけが瞬いている。
澄音はマネージャーから教えられた番号を押し、インターホンの前で息を整えた。
『……誰だ?』
低く、気怠げな声が応答する。
「清水澄音です」
『……本当に来たのかよ。めんどくせぇな』
ぶっきらぼうな声のあと、数秒の沈黙。やがて「ピッ」と電子ロックが外れる音が響いた。エレベーターに乗り、怜夜の部屋に訪れる。
ドアを開けると、広いリビングが広がっていた。床から天井までのガラス窓に夜景が映り込み、空間全体が冷たく静まり返っている。
伶夜はバスローブ姿でソファに腰掛け、タバコを吸っていた。その姿も眼差しも、来客を迎えるそれではない。
「それで? 何の用だ?」
「……どうして僕じゃダメなんですか」
「……は?」
「僕の何が気に入りませんか?」
澄音はさっそく本題に入った。何の用だと聞きながら、怜夜も分かっていたのだろう。淡々とした返事が返ってくる。
「別に、お前の何かが気に入らないわけじゃない。アイドルが嫌いなだけだ」
「それでも、何度かアイドルと共演しているじゃないですか」
実は怜夜は、多くはないがアイドルとの共演も何度かしている。W主演というのはなくとも、アイドルが主演のドラマに助演として出演していたりもする。
我慢ができないわけでもないのに、ここまで進行している企画を今更拒絶するというのは納得がいかない。
怜夜は澄音の発言に言葉を詰まらせると、イライラするように頭をかきむしり、舌打ちをする。
「ちっ、めんどくせぇな。そうだよ、お前のことが嫌いなんだよ。これでいいか?」
澄音はその言葉に息を飲む。意味が分からない。
「歌って踊るのが仕事の奴が、芝居の世界に首を突っ込むな。中途半端が一番嫌いなんだ」
「中途半端なんかじゃありません! 俺だって一生懸命……」
「演技がしたいなら、アイドルを辞めろ」
その言葉に澄音は沈黙する。
「中途半端じゃないんだろ? それだけ演技がしたいってことだよな? だったら、今の仕事を辞められるはずだ」
あまりの暴論に、何も言葉が出てこない。
たしかに演技一本でやってる人からすると、俺みたいな人間は目障りなのかもしれない。でも、ドラマ出演だってアイドルの仕事のひとつだ。
アイドルが主演を演じたヒット作だって、世の中にはたくさんある。今では芸人だって、ネットのインフルエンサーだって、ドラマに出演する。そんな雑多な経歴を持つ人たちが出演する作品のクオリティを担保するのも、俳優の役目なんじゃないのか。
それが嫌なら、商業性のあるドラマに出るべきじゃない。
しかし、そんなことを今一番商業価値のある俳優に言っても、一ミリの説得力もない。
「アイドルをやめることは……できません」
むしろ、今回のドラマで澄音は、怜夜の商業価値におんぶにだっこになる。だからこそ、怜夜の暴論がまかり通るのだ。
澄音には、頭を下げることしかできない。
「だろうな」
伶夜は鼻で笑った。澄音はこのままではいけないと、すかさず言葉をつけ足す。
「それ以外なら……、僕にできることなら何でもしますから!」
「ふーん、なんでもか」
怜夜は部屋に来てからずっと立っている澄音の身体を、頭のてっぺんからつま先まで見つめる。
「ほんとにアイドル辞める以外なら、なんでもできるんだな?」
「はい……」
澄音はどんなことを要求されるのかと、戦々恐々としながらつばを飲み込む。それを見た伶夜の口角がわずかに上がる。
「じゃあ……、Re:verbを抜けろ」
予想外の怜夜の言葉に、びっくりする。怜夜が澄音の所属するグループを知っているとは思わなかったのだ。
そして苦虫を嚙み潰すように顔をしかめる。
「……それも、無理です」
「無理ばっかりだな。口先だけなら、帰れよ」
そもそもこのドラマにどうしても出演したい理由が、グループのためなのだから無理な話だ。
澄音は下を向いて、声を絞り出す。
「……ほんとにそれ以外なら、僕にできることなら何でもします」
先ほどとほとんど変わらない澄音の言葉に、怜夜は大きなため息を漏らす。そして、ソファから立ち上がったかと思うと、澄音の傍までやってきて顔を近づける。
「だったら、抱かせろ」
「……?」
都内の中心地にそびえる超高級マンション。無機質なエントランスには人の気配が少なく、天井に並ぶカメラの赤いランプだけが瞬いている。
澄音はマネージャーから教えられた番号を押し、インターホンの前で息を整えた。
『……誰だ?』
低く、気怠げな声が応答する。
「清水澄音です」
『……本当に来たのかよ。めんどくせぇな』
ぶっきらぼうな声のあと、数秒の沈黙。やがて「ピッ」と電子ロックが外れる音が響いた。エレベーターに乗り、怜夜の部屋に訪れる。
ドアを開けると、広いリビングが広がっていた。床から天井までのガラス窓に夜景が映り込み、空間全体が冷たく静まり返っている。
伶夜はバスローブ姿でソファに腰掛け、タバコを吸っていた。その姿も眼差しも、来客を迎えるそれではない。
「それで? 何の用だ?」
「……どうして僕じゃダメなんですか」
「……は?」
「僕の何が気に入りませんか?」
澄音はさっそく本題に入った。何の用だと聞きながら、怜夜も分かっていたのだろう。淡々とした返事が返ってくる。
「別に、お前の何かが気に入らないわけじゃない。アイドルが嫌いなだけだ」
「それでも、何度かアイドルと共演しているじゃないですか」
実は怜夜は、多くはないがアイドルとの共演も何度かしている。W主演というのはなくとも、アイドルが主演のドラマに助演として出演していたりもする。
我慢ができないわけでもないのに、ここまで進行している企画を今更拒絶するというのは納得がいかない。
怜夜は澄音の発言に言葉を詰まらせると、イライラするように頭をかきむしり、舌打ちをする。
「ちっ、めんどくせぇな。そうだよ、お前のことが嫌いなんだよ。これでいいか?」
澄音はその言葉に息を飲む。意味が分からない。
「歌って踊るのが仕事の奴が、芝居の世界に首を突っ込むな。中途半端が一番嫌いなんだ」
「中途半端なんかじゃありません! 俺だって一生懸命……」
「演技がしたいなら、アイドルを辞めろ」
その言葉に澄音は沈黙する。
「中途半端じゃないんだろ? それだけ演技がしたいってことだよな? だったら、今の仕事を辞められるはずだ」
あまりの暴論に、何も言葉が出てこない。
たしかに演技一本でやってる人からすると、俺みたいな人間は目障りなのかもしれない。でも、ドラマ出演だってアイドルの仕事のひとつだ。
アイドルが主演を演じたヒット作だって、世の中にはたくさんある。今では芸人だって、ネットのインフルエンサーだって、ドラマに出演する。そんな雑多な経歴を持つ人たちが出演する作品のクオリティを担保するのも、俳優の役目なんじゃないのか。
それが嫌なら、商業性のあるドラマに出るべきじゃない。
しかし、そんなことを今一番商業価値のある俳優に言っても、一ミリの説得力もない。
「アイドルをやめることは……できません」
むしろ、今回のドラマで澄音は、怜夜の商業価値におんぶにだっこになる。だからこそ、怜夜の暴論がまかり通るのだ。
澄音には、頭を下げることしかできない。
「だろうな」
伶夜は鼻で笑った。澄音はこのままではいけないと、すかさず言葉をつけ足す。
「それ以外なら……、僕にできることなら何でもしますから!」
「ふーん、なんでもか」
怜夜は部屋に来てからずっと立っている澄音の身体を、頭のてっぺんからつま先まで見つめる。
「ほんとにアイドル辞める以外なら、なんでもできるんだな?」
「はい……」
澄音はどんなことを要求されるのかと、戦々恐々としながらつばを飲み込む。それを見た伶夜の口角がわずかに上がる。
「じゃあ……、Re:verbを抜けろ」
予想外の怜夜の言葉に、びっくりする。怜夜が澄音の所属するグループを知っているとは思わなかったのだ。
そして苦虫を嚙み潰すように顔をしかめる。
「……それも、無理です」
「無理ばっかりだな。口先だけなら、帰れよ」
そもそもこのドラマにどうしても出演したい理由が、グループのためなのだから無理な話だ。
澄音は下を向いて、声を絞り出す。
「……ほんとにそれ以外なら、僕にできることなら何でもします」
先ほどとほとんど変わらない澄音の言葉に、怜夜は大きなため息を漏らす。そして、ソファから立ち上がったかと思うと、澄音の傍までやってきて顔を近づける。
「だったら、抱かせろ」
「……?」
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