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第4章
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あれから何度か死のうと試みたがやはり駄目だった。
焼死、溺死、餓死、失血死。ありとあらゆる可能性を考えて試みてみたが、どう足掻いても生きながらえてしまう。
魔臓の除去も試したが、魔蔵を外しても、直ぐに新しい魔臓が再生してしまう。こんなことは、普通の能力者なら絶対にあり得ないことだ。
どうすれば良いかも分からないまま海上都市の崩壊から1週間が経った頃、路頭を彷徨っていた私はヨコハマ・エリアで資産家のボリスという男に拾われ、彼の家に居候していた。正確には飼われていたと言うべきか。
居候の対価として支払えるものを持ち合わせていなかった私は、彼に自身の身体を捧げるしかなかった。恐らく、ボリスは初めからその為に私を家に招いたのだろう。
純潔を失った時は流石に泣いてしまったが、その後は淡々と彼の性処理を行っていった。
私としては不快なことこの上ない経験であったが、私のような人間には当然の仕打ちだろう。
「破壊者ねぇ・・・・・・。それにしても、左手に星型の火傷ってだけの情報じゃあ、絶対に見つからないと思うけどなぁ」
ボリスはベッドに腰掛けて、タブレットでニュースを見ている。
この頃、国防軍は海上都市を破壊した犯人を破壊者と呼び始め、その首に100億の懸賞金を掛けた。
破壊者の名前の由来は恐らく、現代音楽の12音技法から取ったものだろう。
当然だが、ボリスに私の素性は一切話していない。まさか、自分が飼っている身寄りの無い少女が破壊者だとは夢にも思わないであろう。
「そうだお前、明日俺の会社手伝いに来いよ。ずっと家に居ても退屈だろ? 」
ボリスはベッドの上で服を着替えている最中の私に向かって言った。
「仕事? 」
「簡単なデスクワークだよ。お前頭良さそうだし大丈夫だろ? 」
この時まで、私は労働というものを全く経験したことが無かった。故に、仕事とはどういうものかとか一切分からない。
不安ではあるものの、彼の言う通り家に引き篭もっていても退屈なので、私は彼の仕事を引き受ける事にした。
翌日から私は彼が用意したスーツに身を包み、彼と共に朝から彼の会社へと向かった。その時初めて、彼がこの国では有名な食品メーカーの社長であることを知った。
計算やコンピューターなどの扱いに覚えがあった私にとって、彼から与えられた仕事はそれ程難しいものではなかった。やや退屈に思いながらも、私は日々の業務を淡々とこなしていった。
私の働きぶりを見て、彼は私を優秀と見たのか、1ヶ月が過ぎる頃には私を社長秘書に登用した。家畜同然の少女が、たった1ヶ月で大企業の社長の右腕となった。
「いやぁ、お前が来てくれて助かってるよ。お陰で俺の負担も大分減った」
デスクで作業していると、ボリスが缶コーヒーを持ってやって来た。
「そうですか・・・・・・、良かった・・・・・・。でも、どうして私を? 他にも優秀な人は沢山居るでしょう? 」
「若い奴にはジャンジャン社会経験をさせんとな。その方が世の為、人の為、会社の為だ」
女子高生を自宅で飼ってる下衆野郎が何大層なこと言ってんだ、と思ったが口には出さなかった。
「それに、せめて人の為に働いていた方が少しは気が紛れるだろ? 死んで償おうとするよりは遥かにマシだ」
「・・・・・・気がついてたんですか? 私の正体に」
「出会った時からな」
この男に自分の過去は一切話していないし、掌の火傷も勿論見せていない。下衆野郎ではあるが、底の知れない男だ。
「そう言えば、もう少しで給料日だが、何か欲しいものでもあるのか? ほら、女なら服とかアクセサリーとか・・・・・・」
「いえ、特に欲しいものは・・・・・・」
「折角の初任給だ。一発ドカンと使っちまえばいい。大して欲しくないが興味はあるぐらいの物でも買ってみれば? 」
「そんなこと・・・・・・」
ううん・・・・・・、今の自分の立場を考えるとやはり貯金が安牌だろう。衝動買いなんてもっての外だ。
この時の私はお嬢様育ちとは言え、金遣いが荒い方ではなかった。
「いいか? 金はなぁ、使う時と見せびらかす時以外、大して役に立たないんだ。稼いだ瞬間も、貯金している間も金はその本領を発揮しない。だからドンと使え。そして、ドンと稼げ」
ボリスはそう言うと、私のデスクに缶コーヒーを置いてその場を立ち去った。
うーん、彼のキャラが読めない。
家では発情期の猿のように私の身体をベタベタと下品に触れる、舐め回す、犯すの俗物の癖に、職場では私に対してセクハラじみたことを一切しないし、変に甘やかしたりもしない。何なら、家でも仕事の話をする時は仕事人の顔つきをしている。
恐らく、仕事とプライベートでオンとオフがハッキリとしている人間なのだろう。ドス黒い邪悪な下衆にもそれぐらいの信念はあるということか。
それはさておき、初任給で欲しいものか・・・・・・。
そもそも、私なんかが今更何かを欲しても良いのだろうか?
そんなことを考えながら業務を終え、家に帰る途中に1人でショッピングモールに立ち寄ってみた。
やはり、実際に店を見てみても服やアクセサリーには興味が湧かない。
ただ何となくショッピングモールを練り歩き、上階へと上がっていくと、いつの間にか古本屋に辿り着いていた。
その古本屋はブックオフと呼ばれる、この国に古くから存在する大手古本屋チェーンらしい。話に聞いたことはあるが、実際に入店するのは初めてだ。
コンビニの様に明るい店内には古今東西、津々浦々から集められた、ありとあらゆる古本やCD、DVD、玩具やカードゲームまで置かれている。その様は何かの博物館の様でもあった。
やがて、コミックコーナーに足を踏み入れると、1冊の漫画が目に留まった。
奇抜な表紙が印象的なそれは「アントニオ博士」と呼ばれる、200年近く前の漫画の単行本第1巻であった。
普段漫画を全く読まない私は何となくそれが気になり、手に取って読んでみることにした。
それはタイムマシンの発明を志す発明家、アントニオ博士と助手のヨシオとで繰り広げられる、壮大な発明バトルアドベンチャーであった。
登場人物のほぼ全員が身勝手で、各々の目標の為に他者と衝突し、困難を乗り越えていく様は何処か痛快で、私を熱中させてくれた。
ありとあらゆる要素が複雑に入り組んでいる構成は派手なケーキを食べている様な情報量であり、衝撃的かつ急展開が延々と続くストーリーはジェットコースターの様でもあった。
1巻を読み終えた私は直様それを購入することにした。
その日の夜から、私はアントニオ博士の物語の続きが気になり過ぎて眠れなくなった。
朝起きて歯を磨いている間も、仕事中も、ボリスの性処理をしている間もずっとアントニオ博士のことを考えてしまう。
アントニオ博士は電子書籍化されていない為、古本屋で実物を探すしか無い。
続編を求め、仕事終わりにヨコハマ周辺のブックオフを片端から探し回る日々が暫く続いた。やがて、その捜索範囲はJ-14地区全域にまで広がっていく。
しかし、アントニオ博士は一向に見つからない。
1巻を手に入れてから半年が過ぎた頃、私はアントニオ博士を探す為にこの国のブックオフを片端から巡る必要があると考え始めていた。
自分でもバカなことを言っているのは分かっている。しかし、かのアントニオ博士はタイムマシンに必要なパーツを集める為に世界中を巡っていた。
そして間も無くして、その馬鹿げた話は実行に移される。
性行為中にその話をした時の、鳩が豆鉄砲を食ったようなボリスの顔は未だに覚えている。
焼死、溺死、餓死、失血死。ありとあらゆる可能性を考えて試みてみたが、どう足掻いても生きながらえてしまう。
魔臓の除去も試したが、魔蔵を外しても、直ぐに新しい魔臓が再生してしまう。こんなことは、普通の能力者なら絶対にあり得ないことだ。
どうすれば良いかも分からないまま海上都市の崩壊から1週間が経った頃、路頭を彷徨っていた私はヨコハマ・エリアで資産家のボリスという男に拾われ、彼の家に居候していた。正確には飼われていたと言うべきか。
居候の対価として支払えるものを持ち合わせていなかった私は、彼に自身の身体を捧げるしかなかった。恐らく、ボリスは初めからその為に私を家に招いたのだろう。
純潔を失った時は流石に泣いてしまったが、その後は淡々と彼の性処理を行っていった。
私としては不快なことこの上ない経験であったが、私のような人間には当然の仕打ちだろう。
「破壊者ねぇ・・・・・・。それにしても、左手に星型の火傷ってだけの情報じゃあ、絶対に見つからないと思うけどなぁ」
ボリスはベッドに腰掛けて、タブレットでニュースを見ている。
この頃、国防軍は海上都市を破壊した犯人を破壊者と呼び始め、その首に100億の懸賞金を掛けた。
破壊者の名前の由来は恐らく、現代音楽の12音技法から取ったものだろう。
当然だが、ボリスに私の素性は一切話していない。まさか、自分が飼っている身寄りの無い少女が破壊者だとは夢にも思わないであろう。
「そうだお前、明日俺の会社手伝いに来いよ。ずっと家に居ても退屈だろ? 」
ボリスはベッドの上で服を着替えている最中の私に向かって言った。
「仕事? 」
「簡単なデスクワークだよ。お前頭良さそうだし大丈夫だろ? 」
この時まで、私は労働というものを全く経験したことが無かった。故に、仕事とはどういうものかとか一切分からない。
不安ではあるものの、彼の言う通り家に引き篭もっていても退屈なので、私は彼の仕事を引き受ける事にした。
翌日から私は彼が用意したスーツに身を包み、彼と共に朝から彼の会社へと向かった。その時初めて、彼がこの国では有名な食品メーカーの社長であることを知った。
計算やコンピューターなどの扱いに覚えがあった私にとって、彼から与えられた仕事はそれ程難しいものではなかった。やや退屈に思いながらも、私は日々の業務を淡々とこなしていった。
私の働きぶりを見て、彼は私を優秀と見たのか、1ヶ月が過ぎる頃には私を社長秘書に登用した。家畜同然の少女が、たった1ヶ月で大企業の社長の右腕となった。
「いやぁ、お前が来てくれて助かってるよ。お陰で俺の負担も大分減った」
デスクで作業していると、ボリスが缶コーヒーを持ってやって来た。
「そうですか・・・・・・、良かった・・・・・・。でも、どうして私を? 他にも優秀な人は沢山居るでしょう? 」
「若い奴にはジャンジャン社会経験をさせんとな。その方が世の為、人の為、会社の為だ」
女子高生を自宅で飼ってる下衆野郎が何大層なこと言ってんだ、と思ったが口には出さなかった。
「それに、せめて人の為に働いていた方が少しは気が紛れるだろ? 死んで償おうとするよりは遥かにマシだ」
「・・・・・・気がついてたんですか? 私の正体に」
「出会った時からな」
この男に自分の過去は一切話していないし、掌の火傷も勿論見せていない。下衆野郎ではあるが、底の知れない男だ。
「そう言えば、もう少しで給料日だが、何か欲しいものでもあるのか? ほら、女なら服とかアクセサリーとか・・・・・・」
「いえ、特に欲しいものは・・・・・・」
「折角の初任給だ。一発ドカンと使っちまえばいい。大して欲しくないが興味はあるぐらいの物でも買ってみれば? 」
「そんなこと・・・・・・」
ううん・・・・・・、今の自分の立場を考えるとやはり貯金が安牌だろう。衝動買いなんてもっての外だ。
この時の私はお嬢様育ちとは言え、金遣いが荒い方ではなかった。
「いいか? 金はなぁ、使う時と見せびらかす時以外、大して役に立たないんだ。稼いだ瞬間も、貯金している間も金はその本領を発揮しない。だからドンと使え。そして、ドンと稼げ」
ボリスはそう言うと、私のデスクに缶コーヒーを置いてその場を立ち去った。
うーん、彼のキャラが読めない。
家では発情期の猿のように私の身体をベタベタと下品に触れる、舐め回す、犯すの俗物の癖に、職場では私に対してセクハラじみたことを一切しないし、変に甘やかしたりもしない。何なら、家でも仕事の話をする時は仕事人の顔つきをしている。
恐らく、仕事とプライベートでオンとオフがハッキリとしている人間なのだろう。ドス黒い邪悪な下衆にもそれぐらいの信念はあるということか。
それはさておき、初任給で欲しいものか・・・・・・。
そもそも、私なんかが今更何かを欲しても良いのだろうか?
そんなことを考えながら業務を終え、家に帰る途中に1人でショッピングモールに立ち寄ってみた。
やはり、実際に店を見てみても服やアクセサリーには興味が湧かない。
ただ何となくショッピングモールを練り歩き、上階へと上がっていくと、いつの間にか古本屋に辿り着いていた。
その古本屋はブックオフと呼ばれる、この国に古くから存在する大手古本屋チェーンらしい。話に聞いたことはあるが、実際に入店するのは初めてだ。
コンビニの様に明るい店内には古今東西、津々浦々から集められた、ありとあらゆる古本やCD、DVD、玩具やカードゲームまで置かれている。その様は何かの博物館の様でもあった。
やがて、コミックコーナーに足を踏み入れると、1冊の漫画が目に留まった。
奇抜な表紙が印象的なそれは「アントニオ博士」と呼ばれる、200年近く前の漫画の単行本第1巻であった。
普段漫画を全く読まない私は何となくそれが気になり、手に取って読んでみることにした。
それはタイムマシンの発明を志す発明家、アントニオ博士と助手のヨシオとで繰り広げられる、壮大な発明バトルアドベンチャーであった。
登場人物のほぼ全員が身勝手で、各々の目標の為に他者と衝突し、困難を乗り越えていく様は何処か痛快で、私を熱中させてくれた。
ありとあらゆる要素が複雑に入り組んでいる構成は派手なケーキを食べている様な情報量であり、衝撃的かつ急展開が延々と続くストーリーはジェットコースターの様でもあった。
1巻を読み終えた私は直様それを購入することにした。
その日の夜から、私はアントニオ博士の物語の続きが気になり過ぎて眠れなくなった。
朝起きて歯を磨いている間も、仕事中も、ボリスの性処理をしている間もずっとアントニオ博士のことを考えてしまう。
アントニオ博士は電子書籍化されていない為、古本屋で実物を探すしか無い。
続編を求め、仕事終わりにヨコハマ周辺のブックオフを片端から探し回る日々が暫く続いた。やがて、その捜索範囲はJ-14地区全域にまで広がっていく。
しかし、アントニオ博士は一向に見つからない。
1巻を手に入れてから半年が過ぎた頃、私はアントニオ博士を探す為にこの国のブックオフを片端から巡る必要があると考え始めていた。
自分でもバカなことを言っているのは分かっている。しかし、かのアントニオ博士はタイムマシンに必要なパーツを集める為に世界中を巡っていた。
そして間も無くして、その馬鹿げた話は実行に移される。
性行為中にその話をした時の、鳩が豆鉄砲を食ったようなボリスの顔は未だに覚えている。
応援ありがとうございます!
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