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第1話 蓮華薬師堂薬局
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憧れの人にもう一度会いたくて、薬剤師になろうと決めた。
今でも思い出す、白衣を翻す彼の姿。その姿をもう一度見たくて、あの時あったのが幻じゃなかったと証明したくて、薬剤師を目指した。
そんな不純な動機では長くは続かないと思っていたのに、意外にも長続きするもので、緒方桂花は今年の春、国家試験に合格し晴れて薬剤師として調剤薬局に勤めることとなった。
しかも、そこにいた先輩薬剤師の人が憧れの人にそっくりだったものだから、もうテンションは上がりっぱなしだ。もちろん、その人が憧れの人そのものではないことは解っている。
だって、目指すきっかけになったその人と会ったのは今から十五年も前。その時に三十代くらいの見た目だったのだから、憧れの人はすでに四十代後半になっているはずだ。
ひょっとしたら親戚とか年の離れた兄弟という可能性は残されているけど、別人であることは間違いない。
ともかく、ずっと憧れていた薬剤師としてデビューし、しかも憧れの人と似た顔立ちの人と一緒に働ける。これほど幸せなことはない。なかったのだが――
「まさか、漢方に強い薬局だったなんて」
これだけが大きな誤算であり、桂花の浮かれた気分を鎮静化させる要素であった。
桂花が先輩薬剤師の顔だけで選び、ちゃんと調べずに就職した薬局は、街中ならば大きな病院の近くや駅前にどこにでもある調剤薬局の一つだ。ただし、大手の系列チェーンではなく、個人が営む調剤薬局だった。
名前は蓮華薬師堂薬局。
その薬局は清潔な雰囲気と爽やかなイケメン管理薬剤師がいるともっぱら評判の薬局だ。京都という街の雰囲気にもぴたりと合う、それはもう小さいながらも素晴らしい薬局である。
蓮華薬師堂薬局は他の多くの薬局と違って病院からも駅からも離れていて少し不便な感じがする。場所も嵐山と繁華な街からは離れていた。だが、それでも漢方に強いことが評判となり、多くの患者さんがここを選んでくれている。
さて、噂のその爽やかな管理薬剤師、桂花の憧れの人にそっくりのその人の名前は薬師寺法明。今年三十五歳だというが、見た目はとても若々しくて下手すると二十代に間違われそうな顔をしている。さらっと揺れる髪がまた爽やかさを強調していて、綺麗に整った顔と相俟って眩しいほどだ。
「おはようございます」
その法明は今日も一番に薬局にやって来て、すでに細々した作業を始めていた。今は漢方薬として使用する薬草の状態を調べていた。桂花が元気よく挨拶をすると
「おはようございます」
と、にこやかな笑みを浮かべて返してくれる。もう、これだけでもここに就職してよかったと桂花は思う。やはり目標だった人に似ている人がいるというのは、モチベーションアップになるものだ。
「今日は暖かいですね」
「ええ。春本番という陽気ですね。となると、花粉症の方がいらっしゃるかな。スギ花粉はピークを過ぎましたが、まだヒノキ花粉は飛んでますからね」
「ああ、そうかもしれないですね」
朝の挨拶としてそんな会話が挟まるのは薬剤師ならではだろう。ここは漢方薬を多く取り扱っているということで、市内のどこからでも病院から紹介されてやって来る患者が多数いるのだ。それがまた漢方薬を苦手とする桂花の頭痛の種なのだが、ともかく朝から法明の笑顔を見ているだけで癒される。頑張って漢方薬の勉強に励もうと思わせてくれる。
「おっ、早えじゃん。予習でもするつもりか」
しかし、そんな幸せな時間をぶち破ってくれる奴がやって来た。先輩薬剤師の一人、月影弓弦だ。本人曰く二十七歳だというが、どう見ても不良高校生のようなルックスをしている。
実際、勤務時間前の今、ピアスはしているし長い髪をだらっとさせているし、何だか手にはじゃらじゃらシルバーアクセサリーを付けていて、とてもじゃないが薬剤師には見えない。見た目なんて全く関係ないものの、よくあれで国家試験を通ったものだと、桂花は失礼にも思ってしまう。
今でも思い出す、白衣を翻す彼の姿。その姿をもう一度見たくて、あの時あったのが幻じゃなかったと証明したくて、薬剤師を目指した。
そんな不純な動機では長くは続かないと思っていたのに、意外にも長続きするもので、緒方桂花は今年の春、国家試験に合格し晴れて薬剤師として調剤薬局に勤めることとなった。
しかも、そこにいた先輩薬剤師の人が憧れの人にそっくりだったものだから、もうテンションは上がりっぱなしだ。もちろん、その人が憧れの人そのものではないことは解っている。
だって、目指すきっかけになったその人と会ったのは今から十五年も前。その時に三十代くらいの見た目だったのだから、憧れの人はすでに四十代後半になっているはずだ。
ひょっとしたら親戚とか年の離れた兄弟という可能性は残されているけど、別人であることは間違いない。
ともかく、ずっと憧れていた薬剤師としてデビューし、しかも憧れの人と似た顔立ちの人と一緒に働ける。これほど幸せなことはない。なかったのだが――
「まさか、漢方に強い薬局だったなんて」
これだけが大きな誤算であり、桂花の浮かれた気分を鎮静化させる要素であった。
桂花が先輩薬剤師の顔だけで選び、ちゃんと調べずに就職した薬局は、街中ならば大きな病院の近くや駅前にどこにでもある調剤薬局の一つだ。ただし、大手の系列チェーンではなく、個人が営む調剤薬局だった。
名前は蓮華薬師堂薬局。
その薬局は清潔な雰囲気と爽やかなイケメン管理薬剤師がいるともっぱら評判の薬局だ。京都という街の雰囲気にもぴたりと合う、それはもう小さいながらも素晴らしい薬局である。
蓮華薬師堂薬局は他の多くの薬局と違って病院からも駅からも離れていて少し不便な感じがする。場所も嵐山と繁華な街からは離れていた。だが、それでも漢方に強いことが評判となり、多くの患者さんがここを選んでくれている。
さて、噂のその爽やかな管理薬剤師、桂花の憧れの人にそっくりのその人の名前は薬師寺法明。今年三十五歳だというが、見た目はとても若々しくて下手すると二十代に間違われそうな顔をしている。さらっと揺れる髪がまた爽やかさを強調していて、綺麗に整った顔と相俟って眩しいほどだ。
「おはようございます」
その法明は今日も一番に薬局にやって来て、すでに細々した作業を始めていた。今は漢方薬として使用する薬草の状態を調べていた。桂花が元気よく挨拶をすると
「おはようございます」
と、にこやかな笑みを浮かべて返してくれる。もう、これだけでもここに就職してよかったと桂花は思う。やはり目標だった人に似ている人がいるというのは、モチベーションアップになるものだ。
「今日は暖かいですね」
「ええ。春本番という陽気ですね。となると、花粉症の方がいらっしゃるかな。スギ花粉はピークを過ぎましたが、まだヒノキ花粉は飛んでますからね」
「ああ、そうかもしれないですね」
朝の挨拶としてそんな会話が挟まるのは薬剤師ならではだろう。ここは漢方薬を多く取り扱っているということで、市内のどこからでも病院から紹介されてやって来る患者が多数いるのだ。それがまた漢方薬を苦手とする桂花の頭痛の種なのだが、ともかく朝から法明の笑顔を見ているだけで癒される。頑張って漢方薬の勉強に励もうと思わせてくれる。
「おっ、早えじゃん。予習でもするつもりか」
しかし、そんな幸せな時間をぶち破ってくれる奴がやって来た。先輩薬剤師の一人、月影弓弦だ。本人曰く二十七歳だというが、どう見ても不良高校生のようなルックスをしている。
実際、勤務時間前の今、ピアスはしているし長い髪をだらっとさせているし、何だか手にはじゃらじゃらシルバーアクセサリーを付けていて、とてもじゃないが薬剤師には見えない。見た目なんて全く関係ないものの、よくあれで国家試験を通ったものだと、桂花は失礼にも思ってしまう。
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