蓮華薬師堂薬局の処方箋

渋川宙

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第2話 忙しい朝

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「予習復習は常にしています」
 そんな見た目をする弓弦相手に、桂花の口調もついついきつくなってしまうのは当たり前。だが、知識で負けているのも事実。今も弓弦はにやりと笑い、どうやっていたぶってやろうかと考えている。
「ほう。じゃあ、早速問題を出すか。では、ショウブの基本知識を言ってみろ」
「しょ、ショウブ」
「こらこら。それより弓弦、早く着替えてください」
「そうよ。その見た目でうろうろされたら薬局のイメージが百八十度変わっちゃうじゃない」
 法明の言葉に続いて注意を放ったのはもちろん桂花ではなく、同じく薬剤師で先輩の日輪円ひのわまどかだ。円はその名前の通りに柔らかい雰囲気の、ふわっと軽くパーマの掛かった長い髪が特徴の女性だ。年齢は弓弦と同じく二十七歳。こちらは納得の年齢だった。
「おはようございます」
「おい、俺には挨拶がなかったぞ」
「そりゃあそうですよ。先輩こそ挨拶なしに余計なことを言ったじゃないですか」
「余計じゃないだろ。ほら、ショウブについて答えろよ。こんなの基本知識だろ」
「うっ」
 咄嗟に答えが出て来ず、桂花は唇を噛む。悔しい。だが、勉強不足なのは痛感している。ここに入ってずっと知識が足りないと悩まされている。今もぱっと出てこないの自分が腹立たしかった。
「はいはい。代わりに僕が答えましょう。ショウブは冬に掘り出した根の部分が漢方薬に使われます。生薬名は菖蒲根。木綿の袋に入れてお風呂の湯に入れて使用します。肩こり・筋肉疲労・神経痛などに効果があると言われていますね」
 喧嘩がエスカレートしないうちに、適度なところで法明が止めに入る。ついでに漢方薬の講義までしてくれるのだ。
 こうして朝が騒がしいのも、桂花が入ってからお馴染みの光景となっていた。それが終わると三人はごそごそと身なりを整え、白衣を身に着けて集まるとようやく薬局らしい雰囲気に戻る。
「そろそろ始業ですよ」
 法明が時計をチェックして、のんびりとオープンを告げる。表のシャッターを開けるのは彼の役目だ。すると早速病院から問い合わせがあり、忙しい午前の営業がスタートする。それに合わせて在庫のチェックや薬歴簿の管理、さらには朝早くからやって来る患者さんの対応と、すぐに慌ただしくなった。
胃苓湯いれいとうでしたらありますよ。ただし、それを用いる場合は便が水様性の場合ですね。もし違うようでしたら、他の漢方薬を用いた方が、ああ、そうですね。安中散でしたら胃腸の調子を整えるものですから大丈夫ですね」
 電話に出た円が、問い合わせのあった漢方薬に関して答えている。あれほどチャラチャラしていた弓弦も白衣を纏うと薬剤師スイッチが入るようで、やって来た患者に優しく対応中だ。長い髪は後ろで一つに纏められ、不思議なことにいかにも漢方が扱えますという印象を与えていた。
「あらやだ、そうなの。八角って香辛料でしょ」
「そうなんですよ。八角はトウシキミのことで、香辛料としてだけではなく、医薬品としても用いられています。うちにももちろんありますよ。生薬名は大茴香だいういきょうといって、腰痛の薬を作る時に使います」
「へえ」
 そして、対応中の患者はおばあさんだったが、チャラさが消えた弓弦は間違いなくイケメンなので、とても嬉しそうだった。しかもさらっとトリビアを披露している。あれを猫かぶりと言わずして何と言おう。薬剤師の時と普段のギャップが大き過ぎて、桂花は毎日のように呆れてしまう。
「緒方さん。ロキソニンを出してもらえますか。頓服で三回分です」
「は、はい」
 しかしそんな桂花もぼんやりしている時間はない。漢方薬ではまだまだ戦力外だが、西洋医薬品は新米であろうと扱える。とはいえ、まだまだ仕事には慣れていないので法明たちの手伝いがメインだ。それというのも、患者に説明して渡すのはもう少し慣れてからと法明が入った当初から決めていた。説明の仕方を三人から学んで、五月からやっていきましょうとなっている。
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