7 / 56
第7話 トラブルメーカー
しおりを挟む
「科学者」
全く想像できないんですけど。桂花は残っていた里芋を口に運びつつ唸ってしまう。陰陽五行説を用いる科学ってなんだろう。まったく想像できなかった。
「そうだな。医者や薬剤師が知る陰陽五行説とはちと考え方が違うのかなあ。ともかく陰陽師、それも平安時代に国家機関として置かれた陰陽寮は、星の動きを読む天文道と新しい暦を作る暦道、時刻を正確に測り管理する漏刻、そして先ほどから話している陰陽五行説を扱う陰陽道の四つで構成されていたんだ。先に名前を挙げた安倍晴明は天文博士を務めていたことがあるな。天文道を極めた人ってことだな」
「へえ。天文学が含まれるんだったら、確かに理系っぽいかも。って、安倍晴明ってびっくり人間じゃなくて理系人間だったんだ。それならばちょっと親近感があるかも」
「うむ。今では不可思議な能力を使う人というイメージが強くなってしまったがね。実際、祈祷や呪いも扱っていたから、それは仕方ないことだろう。しかし、彼らが主に扱っていたのは暦の作成と天体の動きを把握すること、そして自然の摂理を理解することだったんだ。それで、どうして陰陽師が出てくるんだい」
しっかりと説明してくれてから、どうしてその単語が気になったのか。根本的なところを龍玄が問うてくる。桂花はあの人も不思議な術を使うんだろうかと考えつつ
「薬師寺さんの知り合いの人が薬局に来てね。その人が神主であり陰陽師だっていうのよ。名前は篠原陽明さんっていうらしいんだけど、みんなから疫病神扱いされて嫌われているみたい」
と簡単に説明した。他に説明の仕方がない。実際、円なんてバインダーで叩いて追い返そうとしていたほどだ。
「ほう、篠原陽明」
しかし、そこですっと龍玄の目が細くなる。その顔はどこか厳しかった。龍玄までそんな反応をするとなると、やっぱり怪しい人なのか。桂花は弓弦や円がやたらと警戒していたという情報も付け加えた。
「いや、あの薬局に入れている時点で怪しい人ではないだろう。神主というのもある意味で間違いではないか。でもまあ、トラブルメーカーではあるだろうけどねえ」
「トラブルメーカー」
確かにそれがしっくりくる気がする。みんなが疫病神扱いする人は、たぶんトラブルを起こす人だ。てっきり病気関連かと思っていたけどそれは違ったようで、何か面倒なことを持ち込んだのは確かだ。しかし、どうしてそんな人が薬局にやって来たのか。しかも法明に何かを依頼するのはどうしてなのか。ますます謎が多くなる。
「それに陰陽師となると、あの薬師寺さんとは仲がいいだろうねえ。不思議ではないよ」
「えっ、そうなの。やっぱり同じ陰陽五行説を使うから、相談しやすいのかしら」
「ううん。それだけじゃないだろうけど、うまく説明できる言葉がないなあ。まあ、医学と科学が無縁ではないように、漢方を扱う薬剤師と陰陽師は無縁ではないということだろうね。切っても切れない縁とでも言っておこうか」
「へえ」
桂花はなるほどと納得してお茶を啜った。つまりどこかに重複する分野があるっていうことか。
「そう言えば桂花。どうしてあそこの薬局にしたんだい。確か、漢方はさっぱりと愚痴を零していなかったか」
「うっ」
さすがは日々近所の人たちの悩みを聞くこともある住職。龍玄はしっかり桂花のぼやきも覚えていたらしい。それは国家試験が迫る中。静かなこのお寺で最後の追い込みをさせてもらった時に漏らした言葉だ。
「あそこはここらでは有名な漢方薬局だろうに」
「うっ。それを知らずに入ったのよ。まさかあんなに漢方薬ばかりだったなんて。って、お祖父ちゃん。知ってたんだったら就職する前に教えてくれればいいじゃない」
「何を言っておる。そういうのは自分で調べるものだろう。しかし、そうだったのか。となるとあれか」
そこで龍玄はにやりと笑う。それに桂花は何よと睨み返したが
「薬師寺さんに一目惚れか」
「うっ」
あまりに図星を指されて桂花は顔を真っ赤にするしかなかった。実際は憧れの人にそっくりだったからだけど、憧れの人には一目惚れしているようなもので、否定し辛い。その反応に龍玄はからからと笑ってくれる。
「なあんだ。そういうことか」
「いや、そういうことかじゃないのよ。それに薬師寺さんに惚れたというか」
「というか、なんだ。他に理由があるのか」
「ぐっ。お祖父ちゃん、誘導尋問は駄目よ」
すらすらと総てを白状しそうになって、桂花は危ない危ないと手でストップをかけた。ひょっとして普段も檀家からこうやってあれこれ悩みを聞き出しているのか。そう思うとぞっとしてしまう。これからは迂闊なことは言えないなと、桂花は注意すべくうんうんと頷いた。
「誘導尋問とは人聞きの悪い。何かあるようだから質問しただけだろうに。しかしまあ、なにやら訳ありだというのは解ったよ。そしてちゃんとした理由があるんだったら、文句言わずに頑張らないとなあ」
「ううっ」
その通りです。漢方が苦手なんて言っている場合じゃないんです。桂花はテーブルを叩いて悔しがることしか出来ない。
なぜ、なぜ謎の陰陽師きっかけでこんな展開に。桂花は歯ぎしりしてしまったが、意地でもあそこを選んだ理由は白状せずに済ませたのだった。
全く想像できないんですけど。桂花は残っていた里芋を口に運びつつ唸ってしまう。陰陽五行説を用いる科学ってなんだろう。まったく想像できなかった。
「そうだな。医者や薬剤師が知る陰陽五行説とはちと考え方が違うのかなあ。ともかく陰陽師、それも平安時代に国家機関として置かれた陰陽寮は、星の動きを読む天文道と新しい暦を作る暦道、時刻を正確に測り管理する漏刻、そして先ほどから話している陰陽五行説を扱う陰陽道の四つで構成されていたんだ。先に名前を挙げた安倍晴明は天文博士を務めていたことがあるな。天文道を極めた人ってことだな」
「へえ。天文学が含まれるんだったら、確かに理系っぽいかも。って、安倍晴明ってびっくり人間じゃなくて理系人間だったんだ。それならばちょっと親近感があるかも」
「うむ。今では不可思議な能力を使う人というイメージが強くなってしまったがね。実際、祈祷や呪いも扱っていたから、それは仕方ないことだろう。しかし、彼らが主に扱っていたのは暦の作成と天体の動きを把握すること、そして自然の摂理を理解することだったんだ。それで、どうして陰陽師が出てくるんだい」
しっかりと説明してくれてから、どうしてその単語が気になったのか。根本的なところを龍玄が問うてくる。桂花はあの人も不思議な術を使うんだろうかと考えつつ
「薬師寺さんの知り合いの人が薬局に来てね。その人が神主であり陰陽師だっていうのよ。名前は篠原陽明さんっていうらしいんだけど、みんなから疫病神扱いされて嫌われているみたい」
と簡単に説明した。他に説明の仕方がない。実際、円なんてバインダーで叩いて追い返そうとしていたほどだ。
「ほう、篠原陽明」
しかし、そこですっと龍玄の目が細くなる。その顔はどこか厳しかった。龍玄までそんな反応をするとなると、やっぱり怪しい人なのか。桂花は弓弦や円がやたらと警戒していたという情報も付け加えた。
「いや、あの薬局に入れている時点で怪しい人ではないだろう。神主というのもある意味で間違いではないか。でもまあ、トラブルメーカーではあるだろうけどねえ」
「トラブルメーカー」
確かにそれがしっくりくる気がする。みんなが疫病神扱いする人は、たぶんトラブルを起こす人だ。てっきり病気関連かと思っていたけどそれは違ったようで、何か面倒なことを持ち込んだのは確かだ。しかし、どうしてそんな人が薬局にやって来たのか。しかも法明に何かを依頼するのはどうしてなのか。ますます謎が多くなる。
「それに陰陽師となると、あの薬師寺さんとは仲がいいだろうねえ。不思議ではないよ」
「えっ、そうなの。やっぱり同じ陰陽五行説を使うから、相談しやすいのかしら」
「ううん。それだけじゃないだろうけど、うまく説明できる言葉がないなあ。まあ、医学と科学が無縁ではないように、漢方を扱う薬剤師と陰陽師は無縁ではないということだろうね。切っても切れない縁とでも言っておこうか」
「へえ」
桂花はなるほどと納得してお茶を啜った。つまりどこかに重複する分野があるっていうことか。
「そう言えば桂花。どうしてあそこの薬局にしたんだい。確か、漢方はさっぱりと愚痴を零していなかったか」
「うっ」
さすがは日々近所の人たちの悩みを聞くこともある住職。龍玄はしっかり桂花のぼやきも覚えていたらしい。それは国家試験が迫る中。静かなこのお寺で最後の追い込みをさせてもらった時に漏らした言葉だ。
「あそこはここらでは有名な漢方薬局だろうに」
「うっ。それを知らずに入ったのよ。まさかあんなに漢方薬ばかりだったなんて。って、お祖父ちゃん。知ってたんだったら就職する前に教えてくれればいいじゃない」
「何を言っておる。そういうのは自分で調べるものだろう。しかし、そうだったのか。となるとあれか」
そこで龍玄はにやりと笑う。それに桂花は何よと睨み返したが
「薬師寺さんに一目惚れか」
「うっ」
あまりに図星を指されて桂花は顔を真っ赤にするしかなかった。実際は憧れの人にそっくりだったからだけど、憧れの人には一目惚れしているようなもので、否定し辛い。その反応に龍玄はからからと笑ってくれる。
「なあんだ。そういうことか」
「いや、そういうことかじゃないのよ。それに薬師寺さんに惚れたというか」
「というか、なんだ。他に理由があるのか」
「ぐっ。お祖父ちゃん、誘導尋問は駄目よ」
すらすらと総てを白状しそうになって、桂花は危ない危ないと手でストップをかけた。ひょっとして普段も檀家からこうやってあれこれ悩みを聞き出しているのか。そう思うとぞっとしてしまう。これからは迂闊なことは言えないなと、桂花は注意すべくうんうんと頷いた。
「誘導尋問とは人聞きの悪い。何かあるようだから質問しただけだろうに。しかしまあ、なにやら訳ありだというのは解ったよ。そしてちゃんとした理由があるんだったら、文句言わずに頑張らないとなあ」
「ううっ」
その通りです。漢方が苦手なんて言っている場合じゃないんです。桂花はテーブルを叩いて悔しがることしか出来ない。
なぜ、なぜ謎の陰陽師きっかけでこんな展開に。桂花は歯ぎしりしてしまったが、意地でもあそこを選んだ理由は白状せずに済ませたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
婚約破棄の代償
nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」
ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。
エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる