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第7話 トラブルメーカー
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「科学者」
全く想像できないんですけど。桂花は残っていた里芋を口に運びつつ唸ってしまう。陰陽五行説を用いる科学ってなんだろう。まったく想像できなかった。
「そうだな。医者や薬剤師が知る陰陽五行説とはちと考え方が違うのかなあ。ともかく陰陽師、それも平安時代に国家機関として置かれた陰陽寮は、星の動きを読む天文道と新しい暦を作る暦道、時刻を正確に測り管理する漏刻、そして先ほどから話している陰陽五行説を扱う陰陽道の四つで構成されていたんだ。先に名前を挙げた安倍晴明は天文博士を務めていたことがあるな。天文道を極めた人ってことだな」
「へえ。天文学が含まれるんだったら、確かに理系っぽいかも。って、安倍晴明ってびっくり人間じゃなくて理系人間だったんだ。それならばちょっと親近感があるかも」
「うむ。今では不可思議な能力を使う人というイメージが強くなってしまったがね。実際、祈祷や呪いも扱っていたから、それは仕方ないことだろう。しかし、彼らが主に扱っていたのは暦の作成と天体の動きを把握すること、そして自然の摂理を理解することだったんだ。それで、どうして陰陽師が出てくるんだい」
しっかりと説明してくれてから、どうしてその単語が気になったのか。根本的なところを龍玄が問うてくる。桂花はあの人も不思議な術を使うんだろうかと考えつつ
「薬師寺さんの知り合いの人が薬局に来てね。その人が神主であり陰陽師だっていうのよ。名前は篠原陽明さんっていうらしいんだけど、みんなから疫病神扱いされて嫌われているみたい」
と簡単に説明した。他に説明の仕方がない。実際、円なんてバインダーで叩いて追い返そうとしていたほどだ。
「ほう、篠原陽明」
しかし、そこですっと龍玄の目が細くなる。その顔はどこか厳しかった。龍玄までそんな反応をするとなると、やっぱり怪しい人なのか。桂花は弓弦や円がやたらと警戒していたという情報も付け加えた。
「いや、あの薬局に入れている時点で怪しい人ではないだろう。神主というのもある意味で間違いではないか。でもまあ、トラブルメーカーではあるだろうけどねえ」
「トラブルメーカー」
確かにそれがしっくりくる気がする。みんなが疫病神扱いする人は、たぶんトラブルを起こす人だ。てっきり病気関連かと思っていたけどそれは違ったようで、何か面倒なことを持ち込んだのは確かだ。しかし、どうしてそんな人が薬局にやって来たのか。しかも法明に何かを依頼するのはどうしてなのか。ますます謎が多くなる。
「それに陰陽師となると、あの薬師寺さんとは仲がいいだろうねえ。不思議ではないよ」
「えっ、そうなの。やっぱり同じ陰陽五行説を使うから、相談しやすいのかしら」
「ううん。それだけじゃないだろうけど、うまく説明できる言葉がないなあ。まあ、医学と科学が無縁ではないように、漢方を扱う薬剤師と陰陽師は無縁ではないということだろうね。切っても切れない縁とでも言っておこうか」
「へえ」
桂花はなるほどと納得してお茶を啜った。つまりどこかに重複する分野があるっていうことか。
「そう言えば桂花。どうしてあそこの薬局にしたんだい。確か、漢方はさっぱりと愚痴を零していなかったか」
「うっ」
さすがは日々近所の人たちの悩みを聞くこともある住職。龍玄はしっかり桂花のぼやきも覚えていたらしい。それは国家試験が迫る中。静かなこのお寺で最後の追い込みをさせてもらった時に漏らした言葉だ。
「あそこはここらでは有名な漢方薬局だろうに」
「うっ。それを知らずに入ったのよ。まさかあんなに漢方薬ばかりだったなんて。って、お祖父ちゃん。知ってたんだったら就職する前に教えてくれればいいじゃない」
「何を言っておる。そういうのは自分で調べるものだろう。しかし、そうだったのか。となるとあれか」
そこで龍玄はにやりと笑う。それに桂花は何よと睨み返したが
「薬師寺さんに一目惚れか」
「うっ」
あまりに図星を指されて桂花は顔を真っ赤にするしかなかった。実際は憧れの人にそっくりだったからだけど、憧れの人には一目惚れしているようなもので、否定し辛い。その反応に龍玄はからからと笑ってくれる。
「なあんだ。そういうことか」
「いや、そういうことかじゃないのよ。それに薬師寺さんに惚れたというか」
「というか、なんだ。他に理由があるのか」
「ぐっ。お祖父ちゃん、誘導尋問は駄目よ」
すらすらと総てを白状しそうになって、桂花は危ない危ないと手でストップをかけた。ひょっとして普段も檀家からこうやってあれこれ悩みを聞き出しているのか。そう思うとぞっとしてしまう。これからは迂闊なことは言えないなと、桂花は注意すべくうんうんと頷いた。
「誘導尋問とは人聞きの悪い。何かあるようだから質問しただけだろうに。しかしまあ、なにやら訳ありだというのは解ったよ。そしてちゃんとした理由があるんだったら、文句言わずに頑張らないとなあ」
「ううっ」
その通りです。漢方が苦手なんて言っている場合じゃないんです。桂花はテーブルを叩いて悔しがることしか出来ない。
なぜ、なぜ謎の陰陽師きっかけでこんな展開に。桂花は歯ぎしりしてしまったが、意地でもあそこを選んだ理由は白状せずに済ませたのだった。
全く想像できないんですけど。桂花は残っていた里芋を口に運びつつ唸ってしまう。陰陽五行説を用いる科学ってなんだろう。まったく想像できなかった。
「そうだな。医者や薬剤師が知る陰陽五行説とはちと考え方が違うのかなあ。ともかく陰陽師、それも平安時代に国家機関として置かれた陰陽寮は、星の動きを読む天文道と新しい暦を作る暦道、時刻を正確に測り管理する漏刻、そして先ほどから話している陰陽五行説を扱う陰陽道の四つで構成されていたんだ。先に名前を挙げた安倍晴明は天文博士を務めていたことがあるな。天文道を極めた人ってことだな」
「へえ。天文学が含まれるんだったら、確かに理系っぽいかも。って、安倍晴明ってびっくり人間じゃなくて理系人間だったんだ。それならばちょっと親近感があるかも」
「うむ。今では不可思議な能力を使う人というイメージが強くなってしまったがね。実際、祈祷や呪いも扱っていたから、それは仕方ないことだろう。しかし、彼らが主に扱っていたのは暦の作成と天体の動きを把握すること、そして自然の摂理を理解することだったんだ。それで、どうして陰陽師が出てくるんだい」
しっかりと説明してくれてから、どうしてその単語が気になったのか。根本的なところを龍玄が問うてくる。桂花はあの人も不思議な術を使うんだろうかと考えつつ
「薬師寺さんの知り合いの人が薬局に来てね。その人が神主であり陰陽師だっていうのよ。名前は篠原陽明さんっていうらしいんだけど、みんなから疫病神扱いされて嫌われているみたい」
と簡単に説明した。他に説明の仕方がない。実際、円なんてバインダーで叩いて追い返そうとしていたほどだ。
「ほう、篠原陽明」
しかし、そこですっと龍玄の目が細くなる。その顔はどこか厳しかった。龍玄までそんな反応をするとなると、やっぱり怪しい人なのか。桂花は弓弦や円がやたらと警戒していたという情報も付け加えた。
「いや、あの薬局に入れている時点で怪しい人ではないだろう。神主というのもある意味で間違いではないか。でもまあ、トラブルメーカーではあるだろうけどねえ」
「トラブルメーカー」
確かにそれがしっくりくる気がする。みんなが疫病神扱いする人は、たぶんトラブルを起こす人だ。てっきり病気関連かと思っていたけどそれは違ったようで、何か面倒なことを持ち込んだのは確かだ。しかし、どうしてそんな人が薬局にやって来たのか。しかも法明に何かを依頼するのはどうしてなのか。ますます謎が多くなる。
「それに陰陽師となると、あの薬師寺さんとは仲がいいだろうねえ。不思議ではないよ」
「えっ、そうなの。やっぱり同じ陰陽五行説を使うから、相談しやすいのかしら」
「ううん。それだけじゃないだろうけど、うまく説明できる言葉がないなあ。まあ、医学と科学が無縁ではないように、漢方を扱う薬剤師と陰陽師は無縁ではないということだろうね。切っても切れない縁とでも言っておこうか」
「へえ」
桂花はなるほどと納得してお茶を啜った。つまりどこかに重複する分野があるっていうことか。
「そう言えば桂花。どうしてあそこの薬局にしたんだい。確か、漢方はさっぱりと愚痴を零していなかったか」
「うっ」
さすがは日々近所の人たちの悩みを聞くこともある住職。龍玄はしっかり桂花のぼやきも覚えていたらしい。それは国家試験が迫る中。静かなこのお寺で最後の追い込みをさせてもらった時に漏らした言葉だ。
「あそこはここらでは有名な漢方薬局だろうに」
「うっ。それを知らずに入ったのよ。まさかあんなに漢方薬ばかりだったなんて。って、お祖父ちゃん。知ってたんだったら就職する前に教えてくれればいいじゃない」
「何を言っておる。そういうのは自分で調べるものだろう。しかし、そうだったのか。となるとあれか」
そこで龍玄はにやりと笑う。それに桂花は何よと睨み返したが
「薬師寺さんに一目惚れか」
「うっ」
あまりに図星を指されて桂花は顔を真っ赤にするしかなかった。実際は憧れの人にそっくりだったからだけど、憧れの人には一目惚れしているようなもので、否定し辛い。その反応に龍玄はからからと笑ってくれる。
「なあんだ。そういうことか」
「いや、そういうことかじゃないのよ。それに薬師寺さんに惚れたというか」
「というか、なんだ。他に理由があるのか」
「ぐっ。お祖父ちゃん、誘導尋問は駄目よ」
すらすらと総てを白状しそうになって、桂花は危ない危ないと手でストップをかけた。ひょっとして普段も檀家からこうやってあれこれ悩みを聞き出しているのか。そう思うとぞっとしてしまう。これからは迂闊なことは言えないなと、桂花は注意すべくうんうんと頷いた。
「誘導尋問とは人聞きの悪い。何かあるようだから質問しただけだろうに。しかしまあ、なにやら訳ありだというのは解ったよ。そしてちゃんとした理由があるんだったら、文句言わずに頑張らないとなあ」
「ううっ」
その通りです。漢方が苦手なんて言っている場合じゃないんです。桂花はテーブルを叩いて悔しがることしか出来ない。
なぜ、なぜ謎の陰陽師きっかけでこんな展開に。桂花は歯ぎしりしてしまったが、意地でもあそこを選んだ理由は白状せずに済ませたのだった。
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