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第40話 腹の探り合い
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問題の男性の名前は招杜羅という名前だった。どう見てもインドやバングラデシュにいそうな顔立ちをしているというのに、中国人のような名前の持ち主だ。そして綺麗な訛りのない日本語を使う。色々とあべこべな人だ。
「ここじゃあ呼びにくいから、お前、今から将ちゃんな」
「そんな殺生な」
しかし、その名前は自己紹介のところでのみ使われ、以後、弓弦が適当に付けたとしか思えない、将ちゃんと呼ばれる羽目になる。弓弦が馬鹿でかく紙に将ちゃんと書き、これだと見せたのだ。その文字に、招杜羅はしょんぼりしつつも、了承するしかないようで頷いて紙を受け取っていた。そしてようやく二人から解放されて休憩室でお茶を飲んでいる。
そして、そんな将ちゃんを囲んで残りの面々も座ってお茶を飲んでいるのだが、どこから喋るんだ誰が説明するんだという腹の探り合いが行われていることは、この中で唯一将ちゃんを知らない桂花にひしひしと伝わって来た。
「あの、私は席を外しましょうか」
一度、桂花はそんな空気を察知して提案したのだが、法明が断固として駄目だと言い張った。
「その、ぜひ聞いていただきたいんですけど、少しお待ちください。気持ちの整理がなかなかできないんです」
「まあ、難しいだろうねえ。何をどう説明するか。そこからだぜ。下手すると緒方さんを混乱させてお仕舞いだ。何一つ伝わらない可能性もある」
「ええ。そうなんですよ」
しかし、陽明とそんなやり取りをしてうんうんと唸っている。そして腹の探り合いというか、何から話すのかという探り合いが四人の間で行われているのだった。
「薬師様。お代わりください」
そんな中、当事者でありどうやって現れたのか解らない将ちゃんだけが、呑気なものだった。法明の作ったお茶を気に入ったらしく、がぶがぶと飲み続けている。
「いいですけど、あんまり飲むとお腹を壊しますよ。生薬を使っていますから、胃腸の動きがよくなりすぎる場合があるんです。次の一杯で終わりにしておきなさい」
「ええっ。大丈夫ですよ。お腹なんて痛くならないですよ。俺はこれでもじゅっ」
何か言おうとした将ちゃんを、弓弦が全力で叩いた。すぱんっと小気味のいい音が休憩室に響く。
「げ、月光様。酷い」
「酷いもくそもねえんだよ。何をさらっと空気も読まずにばらそうとしてるんだ。ともかく、今その名前で呼ぶんじゃねえ。ここではあいつは薬師寺法明で俺は月影弓弦。いいな」
「は、はあ」
そして謎のやり取り。そう言えば、最初の時も弓弦のことを月光と呼んでいなかったか。一体何がどうなっているのか。
桂花の頭の中にはクエスチョンマークが大量に積み重なっていく。ひょっとして潤平のようにペンネームでもあるのだろうか。そんな想像しかできない。
「ここはもう、正直に白状してしまうのが一番じゃないのかな。薬師寺だっていつかは言うつもりだったんだろ。隠さないと明言していたんだし。今がその時と覚悟するしかないね。どれだけ混乱を招こうとも、それが一番だ」
そんな馬鹿なやり取りを皮切りにとばかりに、陽明がにやりと笑って問い掛ける。法明は困ったように眉尻を下げ、そして首を傾げている桂花を見た。そして、力なく首を横に振る。
「そうですけど」
「長引かせてもいいことないぞ。そこのお嬢さんの霊感は抜群だ。今まで何もなかったのは龍玄和尚の力があってこそだ。しかし、お前の横にいてはそんな小細工も無効化してしまう。だからこそ、ここに来てから彼女の霊力は格段に目覚めているわけだし、それに関して龍玄和尚が何も言わないのも、君を信頼しているからだろ。ついでに遠藤がつけ込んだのも、そういう事情を総て見抜いてのことだろう。総てのお膳立ては整っているんだぞ」
にやにやと笑って陽明は法明を追い詰める。何とも人が悪い。しかし、どうやら祖父の龍玄まで絡んでくる問題らしい。これは一体どういうことなのだろう。ただのお寺の住職だと思っていたのに、裏では陰陽師のようなことでもやっていたのだろうか。
「あの」
「お引止めしているのにすみません。その、覚悟を決めるのに、一日頂いてもいいですか。これはとても重要なことを含んでいますので、この場でどういう言葉を使って説明すればいいのか、ちょっと解らないんです」
桂花の呼びかけに、法明が切なそうな顔をしてそんなことを言ってくる。一体、どんな話をしようというのか。将ちゃんやあの謎の黒い靄の話だったはずなのに、いつしか法明自身の話に代わってしまっている。
桂花は不安になったものの、それまでの重苦しい空気と、言葉が見つからないという法明の言い分に、頷くしかなかったのだった。
しかし、そこで頷いたことが間違いであったことが、法明が説明を一日延期したことが間違いであったことが、翌日、とんでもない形で証明されることになるのだった。
「ここじゃあ呼びにくいから、お前、今から将ちゃんな」
「そんな殺生な」
しかし、その名前は自己紹介のところでのみ使われ、以後、弓弦が適当に付けたとしか思えない、将ちゃんと呼ばれる羽目になる。弓弦が馬鹿でかく紙に将ちゃんと書き、これだと見せたのだ。その文字に、招杜羅はしょんぼりしつつも、了承するしかないようで頷いて紙を受け取っていた。そしてようやく二人から解放されて休憩室でお茶を飲んでいる。
そして、そんな将ちゃんを囲んで残りの面々も座ってお茶を飲んでいるのだが、どこから喋るんだ誰が説明するんだという腹の探り合いが行われていることは、この中で唯一将ちゃんを知らない桂花にひしひしと伝わって来た。
「あの、私は席を外しましょうか」
一度、桂花はそんな空気を察知して提案したのだが、法明が断固として駄目だと言い張った。
「その、ぜひ聞いていただきたいんですけど、少しお待ちください。気持ちの整理がなかなかできないんです」
「まあ、難しいだろうねえ。何をどう説明するか。そこからだぜ。下手すると緒方さんを混乱させてお仕舞いだ。何一つ伝わらない可能性もある」
「ええ。そうなんですよ」
しかし、陽明とそんなやり取りをしてうんうんと唸っている。そして腹の探り合いというか、何から話すのかという探り合いが四人の間で行われているのだった。
「薬師様。お代わりください」
そんな中、当事者でありどうやって現れたのか解らない将ちゃんだけが、呑気なものだった。法明の作ったお茶を気に入ったらしく、がぶがぶと飲み続けている。
「いいですけど、あんまり飲むとお腹を壊しますよ。生薬を使っていますから、胃腸の動きがよくなりすぎる場合があるんです。次の一杯で終わりにしておきなさい」
「ええっ。大丈夫ですよ。お腹なんて痛くならないですよ。俺はこれでもじゅっ」
何か言おうとした将ちゃんを、弓弦が全力で叩いた。すぱんっと小気味のいい音が休憩室に響く。
「げ、月光様。酷い」
「酷いもくそもねえんだよ。何をさらっと空気も読まずにばらそうとしてるんだ。ともかく、今その名前で呼ぶんじゃねえ。ここではあいつは薬師寺法明で俺は月影弓弦。いいな」
「は、はあ」
そして謎のやり取り。そう言えば、最初の時も弓弦のことを月光と呼んでいなかったか。一体何がどうなっているのか。
桂花の頭の中にはクエスチョンマークが大量に積み重なっていく。ひょっとして潤平のようにペンネームでもあるのだろうか。そんな想像しかできない。
「ここはもう、正直に白状してしまうのが一番じゃないのかな。薬師寺だっていつかは言うつもりだったんだろ。隠さないと明言していたんだし。今がその時と覚悟するしかないね。どれだけ混乱を招こうとも、それが一番だ」
そんな馬鹿なやり取りを皮切りにとばかりに、陽明がにやりと笑って問い掛ける。法明は困ったように眉尻を下げ、そして首を傾げている桂花を見た。そして、力なく首を横に振る。
「そうですけど」
「長引かせてもいいことないぞ。そこのお嬢さんの霊感は抜群だ。今まで何もなかったのは龍玄和尚の力があってこそだ。しかし、お前の横にいてはそんな小細工も無効化してしまう。だからこそ、ここに来てから彼女の霊力は格段に目覚めているわけだし、それに関して龍玄和尚が何も言わないのも、君を信頼しているからだろ。ついでに遠藤がつけ込んだのも、そういう事情を総て見抜いてのことだろう。総てのお膳立ては整っているんだぞ」
にやにやと笑って陽明は法明を追い詰める。何とも人が悪い。しかし、どうやら祖父の龍玄まで絡んでくる問題らしい。これは一体どういうことなのだろう。ただのお寺の住職だと思っていたのに、裏では陰陽師のようなことでもやっていたのだろうか。
「あの」
「お引止めしているのにすみません。その、覚悟を決めるのに、一日頂いてもいいですか。これはとても重要なことを含んでいますので、この場でどういう言葉を使って説明すればいいのか、ちょっと解らないんです」
桂花の呼びかけに、法明が切なそうな顔をしてそんなことを言ってくる。一体、どんな話をしようというのか。将ちゃんやあの謎の黒い靄の話だったはずなのに、いつしか法明自身の話に代わってしまっている。
桂花は不安になったものの、それまでの重苦しい空気と、言葉が見つからないという法明の言い分に、頷くしかなかったのだった。
しかし、そこで頷いたことが間違いであったことが、法明が説明を一日延期したことが間違いであったことが、翌日、とんでもない形で証明されることになるのだった。
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