蓮華薬師堂薬局の処方箋

渋川宙

文字の大きさ
48 / 56

第48話 馬頭観音乱入!?

しおりを挟む
「悩み、苦しめ。その分、お前の力は弱まっていく。悟りを開いたものが惑うなど、笑止千万だからな」
 目の前には禍事に使用する祭壇がある。本来あるべき清らかなものは一切なく、総てが朽ち果て、腐臭を発している。そしてその真ん中にあるのは、こっそりと抜き取った桂花の髪の毛数本が置かれていた。
「とはいえ、遊びもこれまで。そろそろ始めようか。人間に入れ込む如来と菩薩が去った気配はないからな。しかも、あの憎き陽明が何かをする様子もない。さて、どうするつもりなのか。気にはなるが好機でもある」
 結界を破ろうとすることは見えている。しかし、それだけでは解決しないことは、千年以上の因縁がある陽明ならば解っている。だから何らかの呪法を放ってくるだろうと待っているのだが、一向にその気配がないことに驚かされる。
「まあいい」
 術の発動を感じ取ればすぐにあの女を呪うてやろうと思っていたが、少々計画を変更するまでだ。紫門は整えた祭壇を前に腕を組んで座ったままだが、もう待つ必要もないだろうと印を組む。
 そもそも、あの紛れ込んで来た十二神将は遠くへと弾き飛ばしたから、結界があったことはすでに知っているはずだ。いずれ何らかの対策を打ってくるに違いない。正面からぶつかるのも一興だが、今回は薬師如来を追い出すことが目的。あまり陽明とは遊んでいられない。
「っつ」
 そんなことを考え、祭文の冒頭を口にしようとしたまさにその時、空間がずううんっと音を立てて揺れた。陽明の呪法が始まったようだ。
「相変わらず勘がいい。場所を特定したのか。だが」
 普段と何かが違う。奴の呪法はこの千年で嫌というほど知っている。時代に合わせてどれほど進化しようと、その中心にある呪術が変わることはない。だがしかし、今起ころうとしていることは、何かが違うように思う。
「まさか」
「ふっ。小癪な法師陰陽師とは主か」
 驚く紫門の前に、あの禍事の祭壇からかっと金色の光が放たれた。それと同時に祭壇が音を立てて割れ、中心には大柄な男が現れる。筋骨隆々、纏うのは薄布。右手には剣を携えている。そんな男が、割れた祭壇を踏み台にして立っている。呪いの準備はたったそれだけで無に帰した。
「なっ」
「我が同僚を惑わすとは笑止千万の所業。きっちり、吾輩が六道とは何かを教えて進ぜよう」
 大柄な男、憤怒の表情をするその男の正体を紫門は知っている。しかし、まさかこの場にやって来るとは思いもしなかった。いや、あの薬師如来が他の仏を現世に召喚できるとは、これっぽっちも考えていなかった。
「馬頭観音。なぜここに」
「いかにも。我が名は馬頭観音。その役目は衆生の無智を正し、煩悩を消し去ることにある。だが、薬師のあんな顔を見ては一喝するのは酷であろう。それに一途な気持ちが生んだこと。一肌脱がぬわけにはいかんのでな。この世に未練を残す主に、我が求道を説いて進ぜよう」
 憤怒のままに、口の端をにやりと上げて器用に笑ってみせる馬頭観音だ。その姿を前に、紫門はマジかよと苦笑いを浮かべるしかない。だが、次の瞬間にはぎりっと歯を噛んだ。
「まさか、この展開に持ち込むとはな」
 他の仏の力を借りるなんてあり得ないはずだった。そんな大胆な方法を、あの気弱な薬師如来が取るはずがない。ただでさえ彼は、現世に薬局を開くというだけで大日如来に睨まれている。無謀な作戦は立てられないはずだ。
「そうか」
 それなのにこの方法が可能だったということは、あの陽明が仲介したからに違いなかった。今や神の位を持つあの男ならば、大日如来への直訴は可能だっただろう。
「忌々しき宮廷陰陽師は、神になった今もなお宮仕えをしているというわけか」
「そう表現することもできるな。だが、何事も正しく生きるというのは強いというだけだ」
 馬頭観音はずうんっと足を一歩踏み出すと
「さて、説法の時間だ」
 そう言いつつ、持っていた宝剣をきりっと構えたのだった。



「なっ、何なの。一体何の音」
 必死に飴の成分を考えることで現実逃避していた桂花の耳に、ずうんという地鳴りやどおおんという轟音が飛び込んで来た。僅かだが部屋が振動するのも感じる。この部屋の外で何かが起こっているのは確かだ。
「と、ともかく壁際にいるのは危なそう。ああでも、屋根が落ちてきたら一緒か。ううん、でも、何が起こっているか解らないし」
 桂花はそそくさと部屋の中心に移動すると、地震の時のように身を屈めて頭を守るべくカバンを引き寄せていた。しかし、僅かな揺れや大きな音は続いているものの、この部屋に何かが飛び込んでくるようなことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

つまらない妃と呼ばれた日

柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。 舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。 さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。 リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。 ――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

処理中です...