蓮華薬師堂薬局の処方箋

渋川宙

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第47話 人の心を知る仏

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「薬師様」
 そんな法明に、白衣から白装束へと着替えた円が遠慮がちに声を掛けてくる。その横には不機嫌な顔をした、こちらも白装束を纏う弓弦がいる。
 二人が元の姿に戻らずにこの格好を選んだのは、法明に遠慮してのことだろう。しかし、呼び方がいつもの薬師寺から薬師に切り替わっている。
 しかし、その微妙な変化さえ、今の法明には辛かった。直属の部下である彼らがそう呼ぶのは自然なことだ。今までが間違っていたのだ。それは解っているのに、悔しさが込み上げてくる。でも、この感情さえ間違いだ。
「解っている。ちゃんと言う。そして」

 別れを告げなければ。
 そして真実を伝えなければ。

 現世において薬局を続けていくかどうか。これはまた、ここを開設する時に大揉めした大日如来との会談で決めればいい。本当に人を救いたいのならば、そのくらいの煩雑さは我慢できないものではない。ただ見守ることしか出来ない存在だった自分が、手に届く範囲だけとはいえ救える喜び。これは何物にも代えがたいものだった。
 でも、ここにいては駄目だ。桂花のためにもならないし、己のためにもならない。ずっと嘘を吐き続けるのは不可能なのだ。何より桂花は、薬師如来がやっている薬局なんかで働きたくないだろう。薬剤師になるきっかけを与えたのが自分だとしても、傍にいていいわけがない。
「っつ」
 苦しげに唇を噛む法明を見て、そうやって不器用だから遠藤に付け込まれるんだと、陽明は苦笑してしまう。そして、だから見捨てられないし適度に力を借りてしまうんだよなと、自分の気持ちにも苦笑していた。まったく、仏様の方がかつて人間だった自分よりも人間らしいなんて、何という皮肉だろう。
 悩み、苦しみ、人と同じように恋心に弄ばれる。でも、それは人を救う存在である仏様にも必要な試練なのかもしれない。現世利益のために存在する薬師如来ならば尚更、知っておくべき試練なのだろう。だからこそ、大日如来もこの無茶な薬局の設立を、渋々とだが許可したに違いない。
「人の心を知る仏か。だからこそ、傍に居合わせた俺が手助けすることになるし、こんなプレゼントもしちゃうんですよね」
 そしてこそっと舌を出すと、狩衣の袖を合わせて特殊な印を組み、朗々と祭文を読み上げ始めたのだった。



 薬師寺法明。
 月影弓弦。
 日輪円。

 これほど解りやすい名前の羅列に気づかない桂花というのは、ある意味で素晴らしく鈍感だ。普通ならば引っ掛かりを覚える名前。この三つが揃う意味を、光琳寺の孫ならば気づきそうなものだというのに。
 いや、だからこそ真っ直ぐに走って来れたのだろう。彼の嘘を信じて薬剤師になろう。そうすれば彼に再会できるはずだ。そう信じることが出来たのだろう。そして事実、彼の元まで辿り着くことが出来た。
「憧れの人、か。すでに再会できているというのにな」
 くくっと笑う紫門の姿は、先ほどと違って黒衣になっている。こちらの衣服は僧侶さながら。しかし髪は後ろにだらりと長く垂らしていて、とても僧侶には見えない。ただ、これが本来の姿。それだけの話だ。
「輪廻から外れた人間にとって、厄介なのは神仏。篠原陽明と名乗る男は神に分類されるからこそ、薬師如来の傍にいても何ともない。しかし、呪いの念だけで、さらに細々と伝承によって魂を保つ身には辛い。そして近年の知名度の向上だけでこの姿を保っているこちらとしては、非常に迷惑な存在だ。いつ現世に対して余計な行いをしていると冥府に通報されるか解ったものではないからな」
 常に陽明の日陰者。それが自分だ。そんな関係に終止符を打つには、当然ながら陽明を完全に消し去るしかない。しかし、先ほども自分で指摘したように、陽明と対を成す形で存在する自分は、陽明の存在なくしてこの世にいられない。憎々しいことだが、ここに来て知名度が上がり自分の能力が向上したのもまた、陽明の存在があるためだ。
「忌々しい宮廷陰陽師が。この時代になってまで権力を振りかざすのか。俺の前に立ちはだかり続けるのか」
 その形式を変化させるためにも、この世の中を呪いで満たす必要がある。そんなこの世を混乱に陥れる計画にも、薬師如来が現世にいるのは不都合なのだ。あの仏がこの世にいるだけで、陳腐な呪いは総て浄化されてしまう。だからこそ、弱点がある今、それを取引材料として消し去ってやるのだ。紫門はそこまで考えてくくっと喉を震わせる。
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