蓮華薬師堂薬局の処方箋

渋川宙

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第46話 あの時の嘘を、本当にしたくて

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「奴が絡んでいるんだ。普通の誘拐犯が考えるような場所ではないのは確かだろうな。寺にでも監禁しておいてくれれば楽なんだが、薬師如来を追い払うための最終手段を取っておいて、そんな解りやすいことはしないだろう。どんな邪魔が入るかも解らないし、俺たちに乗り込まれたら終わりだからな」
 ここにやって来た時のスーツ姿から狩衣姿に着替えた陽明は、そわそわとしている法明にそう声を掛けた。そして、そろそろ覚悟を決めたらどうだと笑う。しかし、法明はまだ白衣姿のまま。着替える素振りはない。
「その指摘は正しいと思います。他の十二神将たちに気配を探らせたところ、将ちゃんの気配はこの薬局の手前でぷつりと途切れているそうです。そして緒方さんの気配も、ご自宅からここへと向かっていて、この薬局につく直前で途絶えている。つまり、道の途中に何かがあったんでしょう」
「ふむ。となると、そこから奴の結界内に引きずり込まれたということだな。遠藤らしい姑息な手段だ。とはいえ、その入り口は将ちゃんが使った時点で消されているだろう。取引に持ち込むために、余計な奴は排除したいはずだからな。手掛かりを残しておくはずがない。となれば、ここから先は俺の領分だな」
 そう言ってパチンっと指を鳴らすと、狩衣姿はそのままだが陽明の雰囲気が一気に変化する。髪が伸びて烏帽子の端から髻が覗いている。顔立ちも先ほどまでよりも一層整い、凄みが増していた。この姿こそ、陽明の本来の姿だ。それと同時に、彼がこの世に存在するはずのない者であることの証明でもある。
「それで、如来様は戻らないのか。いつまで仮の姿のままでいるつもりだ」
 未だに白衣を着て薬剤師姿の法明に、往生際が悪いのではと陽明は意地悪く問う。こうして決意しやすいように先に戻ってみせたのだから、さっさと本来の姿に戻るべきだ。そう思うと、ますます意地悪く笑ってしまう。
「今はまだいいでしょう。それに、あの姿は現世に多大な影響を与えてしまいます。長時間、あの姿ではこの世に留まっていられません」
「ふん。まあいい。まったく、これだけのヒントがあって気づかないあの女が罪ということにしておくか」
「それは」
 責任逃れではないか。法明はそう思ったものの目を逸らしていた。自分から言ってしまえばこんなことにならなかったのだ。それは解っている。未練たらしく光琳寺の近くで薬局を始めたのも、結局は桂花に薬剤師である自分を見せたかったからだ。

 あの時の嘘を、本当にしたくて。

 法明は自分の想いに気づいて唇を噛みしめてしまう。
 あの時は咄嗟に取った姿が薬剤師の姿だっただけだ。自分の性質を考えれば、現代に合わせるにはその姿になるのは普通だった。しかし、桂花にその姿を真実であるかのように語ってしまった自分が恥ずかしくなっていた。
 どうしてあんな嘘を吐いてしまったのだろう。理由は解っている。真実を語っても信じてもらえないからだ。馬鹿なことを言っていると否定されるのが怖かったからだ。
「臆病なんです、私は」
 一昔前までと違って、不思議なことが許容されなくなった。妖怪や陰陽師という存在はまだ漫画や小説などで取り上げられるから身近でも、仏の力が現世に及ぶというのは身近な現象ではなくなってしまった。そのことが、法明の口を重くしている。
 ここで薬局をすることで嘘を真実にしようとしていた。実際、この薬局は今まで法明がやりたかった、現世の人たちを助けることを叶えてくれる場所でもあった。まさに一石二鳥だった。だからどこかで、あの時の嘘も真実に変わったのだと信じ切っていた。
「あの、ここに就職したいんですけど」
 でも、桂花が薬剤師としてここにやって来たことで、そんな微妙な均衡が崩れてしまったように思う。あの時の嘘を信じて自分を追い掛けてくれた桂花。そんな彼女を前にして、法明は自分があの時の青年であると告白するタイミングを失ってしまった。
 姿があの時と寸分違わないとはいえ、普通の人間にとって十数年という月日は大きい。目の前に現れた桂花が少女から立派な大人の女性になっていたように、人間とはそれだけの時間があれば大きく変わってしまうのだ。
 だから、彼女があの時の青年と法明を同一人物であると考えることはない。その事実が重たかった。最後の最後で、嘘を真実に変えることが出来なかった。
「駄目ですよね。私は人間ではない。そんなこと、この世に存在するようになった瞬間から理解していたことなのに」
 ここで開業して流れた月日も十数年。患者たちは特に疑問に持つことなく彼らの変化しない姿を受け入れているが、実際は受け入れられるものではないのだという事実。それが法明には重たいものになっていた。薬剤師としてやっていくための書類に嘘を記載する時には感じなかった罪悪感が、桂花を前にすると一気に大きくなるのだから、とても不思議で辛い気持ちだった。
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