51 / 56
第51話 空気を読めよ
しおりを挟む
「おいっ、ここを脱出するのが先だ。最後まで馬頭観音様に任せきりにすると、それこそ大日如来に現世での開業を取り上げられるぞ。自分であの遠藤に引導を渡してこい」
「あっ、そうでした」
法明はごしごしと白衣の袖で涙を拭うと、すくっと立ち上がった。そして、ちょっとだけ恥ずかしそうに桂花へと視線を向けたものの、覚悟を決めたように白衣を脱ぎ捨てる。
それと同時に、先ほどのようにかっと金色の光が法明を包み、次に現れた時には、将ちゃんよりも美しい異国の衣装を纏った姿になっていた。顔もいつもよりもきりっとして精悍で、しかし柔和な印象を与える顔に変わっていた。髪も長くなって、いつもの法明とは全く違う。でも、桂花の目にはちゃんと薬師寺法明だと映っている。薬師如来の姿になろうと、法明は法明だ。
「綺麗」
しかし、見惚れてしまうのも事実で素直な感想が桂花の口から漏れる。すると、そんな異なる姿になったというのに恥ずかしそうな顔をする法明だ。まったく、仏様だと知っても全く仏様らしくない。やっぱり目の前にいるのは薬剤師で穏和な薬師寺法明そのものだ。
「さて、これはあんたの案件だ。ここでのことは自力で終わらせてくれ。馬頭観音まで召喚したんだからな。十分に協力したぞ。この先は、俺は高みの見物をさせてもらう」
にやりと笑って将ちゃんを解放した陽明は、こっちは任せろと指を立てる。それに法明がぐっと指を立てて返すのだから、まるで盟友だ。桂花はそんな二人にくすくすと笑ってしまったが、これで総ては解決する。そんな気がしていた。
「くっ。さすがは明王にも分類されるお方。力が半端じゃないですね」
「そういう主も、人間にしては歯ごたえがある。さすがは平安の時代から長々と魂を現世に存続させられるだけのことはあるわい」
馬頭観音と紫門の戦いは熾烈だった。互いに宝剣と錫杖をぶつけ合い、合間に法力と呪術で戦う。そんな戦闘で互角に張り合い続けている。
しかし、いくら現世の人間とは違う存在に区分されるとはいえ、何の神格も得ていない、さらに陽明の対として定義されているだけの紫門には不利な戦いだ。陽明相手ならば最大限に出せる能力も、少しばかり制限されてしまう。そもそも、相手は仏なのだ。倒すことが出来ない。それは必死に法明を追い出そうとしていたことからも証明されている。
「こうなったら」
「させぬ」
まだ残る呪詛の欠片を使って桂花への呪いを発動させようとしたが、馬頭観音が気づいて宝剣をそちらに振るった。しかし、それが攻撃の隙になる。
「発」
その隙を目掛けて、紫門が錫杖を振り上げる。どす黒い靄を纏った錫杖が、馬頭観音のわき腹に襲い掛かろうとする。
「ぬっ」
不意打ちに馬頭観音の動きが遅れた。倒すことはできないが、傷をつけることは出来そうだった。
「させねえ」
しかし、それが届く前に別の刀に阻まれた。その横槍を入れた相手に、紫門は苦々しいと舌打ちをする。
「月光菩薩。あなたがここにいるということは」
「ええ。僕もいますよ」
いつの間にか、紫門が呪詛のために用意した部屋には多くの人ならざるモノたちがいた。その中心に立つのは、この現世から最も消えて欲しいと願う薬師如来だ。
「この格好でお会いするのはお互いに初めてですね、道満法師」
「ふんっ。こちらは会いたくもなかったな。薬師如来。天界に引っ込んでおればいいものを、現世で薬剤師だと。ふざけおって。それにその名で呼ばれるのも不快だ。一体どうやって結界を破った」
「それは」
怒鳴っている相手に正直に告白するにはちょっと間抜けな方法だったので、法明は返事を躊躇ってしまう。しかし、全員の視線が将ちゃんに向いていたので、おのずと答えは知れようというもの。道満と呼ばれた紫門はふんっと鼻を鳴らした。
「あの小娘か。余計なことをしてくれたものだ」
「ほう、なるほど。どういう経緯かは知らんが、薬師の惚れた娘が招杜羅の血を持っていたというわけか。それを通して結界を破ったというわけだな」
全力でムカついた顔をする紫門とは対照的に、馬頭観音は非常に楽しそうだ。そして、さすがは薬師、嫁選びも抜かりないなと恥ずかしいことを付け加えてくる。
「よっ、嫁って。緒方さんはその、ええっと」
「おや、違うのか。いやいや、主の顔を見ていれば解るぞ。その娘を心から慕っておる。今は違っても遅かれ早かれ結婚するのであろう。なあに、今時、我らも妻帯がいかんなんて堅苦しい考えを捨ててもよいだろう。仏と人間の差なんて大したことはない。元は我らも仏の道を探求する人間だったのだからな。あの大日様も薬師の現世への出店を認めたほどだしな。現世に嫁を見つけたとしても、何も言うまいよ」
かかっと笑い飛ばす馬頭観音に、法明はますます顔を真っ赤にしてゆでだこのようになってしまう。悪気はないのだろうか、これは恥ずかしいだろうなと、日光菩薩である円は同情した。
「っつ」
しかし、びりっと空気が震える。
「ちっ」
ああ、何だか拙い流れだな。
それが錫杖を止めるために紫門の間合いにいる弓弦が感じ取ったものだった。しかし、馬頭観音はそんなぴりぴりした空気なんて感じず、いや、憤怒を常とするせいで読めないと言った方が正しいのかもしれないが、いいことだと勝手に納得している。
「あっ、そうでした」
法明はごしごしと白衣の袖で涙を拭うと、すくっと立ち上がった。そして、ちょっとだけ恥ずかしそうに桂花へと視線を向けたものの、覚悟を決めたように白衣を脱ぎ捨てる。
それと同時に、先ほどのようにかっと金色の光が法明を包み、次に現れた時には、将ちゃんよりも美しい異国の衣装を纏った姿になっていた。顔もいつもよりもきりっとして精悍で、しかし柔和な印象を与える顔に変わっていた。髪も長くなって、いつもの法明とは全く違う。でも、桂花の目にはちゃんと薬師寺法明だと映っている。薬師如来の姿になろうと、法明は法明だ。
「綺麗」
しかし、見惚れてしまうのも事実で素直な感想が桂花の口から漏れる。すると、そんな異なる姿になったというのに恥ずかしそうな顔をする法明だ。まったく、仏様だと知っても全く仏様らしくない。やっぱり目の前にいるのは薬剤師で穏和な薬師寺法明そのものだ。
「さて、これはあんたの案件だ。ここでのことは自力で終わらせてくれ。馬頭観音まで召喚したんだからな。十分に協力したぞ。この先は、俺は高みの見物をさせてもらう」
にやりと笑って将ちゃんを解放した陽明は、こっちは任せろと指を立てる。それに法明がぐっと指を立てて返すのだから、まるで盟友だ。桂花はそんな二人にくすくすと笑ってしまったが、これで総ては解決する。そんな気がしていた。
「くっ。さすがは明王にも分類されるお方。力が半端じゃないですね」
「そういう主も、人間にしては歯ごたえがある。さすがは平安の時代から長々と魂を現世に存続させられるだけのことはあるわい」
馬頭観音と紫門の戦いは熾烈だった。互いに宝剣と錫杖をぶつけ合い、合間に法力と呪術で戦う。そんな戦闘で互角に張り合い続けている。
しかし、いくら現世の人間とは違う存在に区分されるとはいえ、何の神格も得ていない、さらに陽明の対として定義されているだけの紫門には不利な戦いだ。陽明相手ならば最大限に出せる能力も、少しばかり制限されてしまう。そもそも、相手は仏なのだ。倒すことが出来ない。それは必死に法明を追い出そうとしていたことからも証明されている。
「こうなったら」
「させぬ」
まだ残る呪詛の欠片を使って桂花への呪いを発動させようとしたが、馬頭観音が気づいて宝剣をそちらに振るった。しかし、それが攻撃の隙になる。
「発」
その隙を目掛けて、紫門が錫杖を振り上げる。どす黒い靄を纏った錫杖が、馬頭観音のわき腹に襲い掛かろうとする。
「ぬっ」
不意打ちに馬頭観音の動きが遅れた。倒すことはできないが、傷をつけることは出来そうだった。
「させねえ」
しかし、それが届く前に別の刀に阻まれた。その横槍を入れた相手に、紫門は苦々しいと舌打ちをする。
「月光菩薩。あなたがここにいるということは」
「ええ。僕もいますよ」
いつの間にか、紫門が呪詛のために用意した部屋には多くの人ならざるモノたちがいた。その中心に立つのは、この現世から最も消えて欲しいと願う薬師如来だ。
「この格好でお会いするのはお互いに初めてですね、道満法師」
「ふんっ。こちらは会いたくもなかったな。薬師如来。天界に引っ込んでおればいいものを、現世で薬剤師だと。ふざけおって。それにその名で呼ばれるのも不快だ。一体どうやって結界を破った」
「それは」
怒鳴っている相手に正直に告白するにはちょっと間抜けな方法だったので、法明は返事を躊躇ってしまう。しかし、全員の視線が将ちゃんに向いていたので、おのずと答えは知れようというもの。道満と呼ばれた紫門はふんっと鼻を鳴らした。
「あの小娘か。余計なことをしてくれたものだ」
「ほう、なるほど。どういう経緯かは知らんが、薬師の惚れた娘が招杜羅の血を持っていたというわけか。それを通して結界を破ったというわけだな」
全力でムカついた顔をする紫門とは対照的に、馬頭観音は非常に楽しそうだ。そして、さすがは薬師、嫁選びも抜かりないなと恥ずかしいことを付け加えてくる。
「よっ、嫁って。緒方さんはその、ええっと」
「おや、違うのか。いやいや、主の顔を見ていれば解るぞ。その娘を心から慕っておる。今は違っても遅かれ早かれ結婚するのであろう。なあに、今時、我らも妻帯がいかんなんて堅苦しい考えを捨ててもよいだろう。仏と人間の差なんて大したことはない。元は我らも仏の道を探求する人間だったのだからな。あの大日様も薬師の現世への出店を認めたほどだしな。現世に嫁を見つけたとしても、何も言うまいよ」
かかっと笑い飛ばす馬頭観音に、法明はますます顔を真っ赤にしてゆでだこのようになってしまう。悪気はないのだろうか、これは恥ずかしいだろうなと、日光菩薩である円は同情した。
「っつ」
しかし、びりっと空気が震える。
「ちっ」
ああ、何だか拙い流れだな。
それが錫杖を止めるために紫門の間合いにいる弓弦が感じ取ったものだった。しかし、馬頭観音はそんなぴりぴりした空気なんて感じず、いや、憤怒を常とするせいで読めないと言った方が正しいのかもしれないが、いいことだと勝手に納得している。
0
あなたにおすすめの小説
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話
登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。
記憶なし、魔力ゼロのおっさんファンタジー
コーヒー微糖派
ファンタジー
勇者と魔王の戦いの舞台となっていた、"ルクガイア王国"
その戦いは多くの犠牲を払った激戦の末に勇者達、人類の勝利となった。
そんなところに現れた一人の中年男性。
記憶もなく、魔力もゼロ。
自分の名前も分からないおっさんとその仲間たちが織り成すファンタジー……っぽい物語。
記憶喪失だが、腕っぷしだけは強い中年主人公。同じく魔力ゼロとなってしまった元魔法使い。時々訪れる恋模様。やたらと癖の強い盗賊団を始めとする人々と紡がれる絆。
その先に待っているのは"失われた過去"か、"新たなる未来"か。
◆◆◆
元々は私が昔に自作ゲームのシナリオとして考えていたものを文章に起こしたものです。
小説完全初心者ですが、よろしくお願いします。
※なお、この物語に出てくる格闘用語についてはあくまでフィクションです。
表紙画像は草食動物様に作成していただきました。この場を借りて感謝いたします。
炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~
悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。
強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。
お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。
表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。
第6回キャラ文芸大賞応募作品です。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
不遇な令嬢は次期組長の秘めたる溺愛に絡め取られる。
翼 うみ
恋愛
父の会社を立て直す交換条件のため、ほぼ家族に身売りされた形で関東最大級の極道・桜花組の次期組長に嫁入りしたジェシカ。しかし母を亡くして以降、義母と義妹に虐げられていたジェシカは実家を出られるなら、と前向きだった。夫となる和仁には「君を愛することはない」と冷たく突き放される。それでもジェシカは傷つくことはなく、自分にできることを探して楽しんでいた。
和仁には辛い過去がありそれ故に誰のことも愛さないと決めていたが、純真で健気なジェシカに段々と惹かれてゆき――。
政略結婚から始まる溺愛シンデレラストーリー。
流れる星は海に還る
藤間留彦
BL
若頭兄×現組長の実子の弟の血の繋がらない兄弟BL。
組長の命で弟・流星をカタギとして育てた兄・一海。組長が倒れ、跡目争いが勃発。実子の存在が知れ、流星がその渦中に巻き込まれることになり──。
<登場人物>
辻倉一海(つじくらかずみ) 37歳。身長188cm。
若い頃は垂れ目で優しい印象を持たれがちだったため、長年サングラスを掛けている。 組内では硬派で厳しいが、弟の流星には甘々のブラコン。
中村流星(なかむらりゅうせい) 23歳。身長177cm。
ストリートロックファッション、両耳ピアス。育ててくれた兄には甘えん坊だが、兄以外の前では──。
表紙イラストは座頭狂様に描いて頂きました✨ ありがとうございます☺️
【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活
シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる