未解決「自殺」問題~天才の死の真相~

渋川宙

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第2話 話し合い

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 同じ頃、大塚暢希について、日の傾く教室の中で話し合う人たちがいた。しかし、こちらは大学生たちだ。彼らは廉人たちが通う高校の先輩であり、元数学部のメンバーだった。今はバラバラの大学に進学しているが、ある噂を聞きつけ、こうして集まっている。
「まさか、今になってあのことが蒸し返されるなんて」
「仕方ないだろ。最近、あいつの研究が物理学のある問題を解くのに使えると注目を浴びたんだ。話題になるのは仕方がない。もともと、そういうことに興味のあった奴だし」
 非難の声を上げた藤川理那《ふじかわりな》を、横にいた寺井卓也《てらいたくや》が当然だと窘めた。部屋にいる他の四人は困ったものだと肩を竦める。
「そう、問題は今になって、高校生ながら発表された論文が注目されたために、あいつの死も問題視されるようになったということだ。自殺だったというのに、今や他殺だったと考える連中がわんさかいる」
 自殺だったと強く言う一番年上の東郷益友《とうごうますとも》の言葉に、その場にいた誰も反論の声を上げない。いや、ここにいる連中はその言葉に反論することは出来ないのだ。
「その、どうすればいいでしょう」
 その中で気の弱いと定評のある岡崎雄大《おかざきゆうだい》が、沈黙に耐えかねたように質問した。こうして研究室に当時のメンバーを集めてどうしようというのか。
「決まっているだろ。その噂の出所を探るんだ。注目されたのをいいことに噂を流している輩が必ずいるはずだ。そうでなければ、今更あれに疑問を挟むなんてことはしない」
 どんっと机を叩き益友は吼える。具体的に誰か思い浮かんでいるのだろう。この男は昔から闘争心むき出しである。しかし、確証がなく口に出来ないのだ。そのくらいの冷静さは持ち合わせている。
「噂を探るのはもちろんです。でも、どうして暢希はあんなところであんな死に方をしたんでしょうね。親友だった俺にもさっぱりです」
 そう言って雄大の代わりに口を開いた卓也は、その場の舵を取るように訊ねた。そしてちらりと斜め前にいる浦川伸行《うらかわのぶゆき》に目をやる。益友がこうやって怒りを爆発させた時に、真っ先に諌めるのは同い年伸行だ。しかし、今日はそれをしようとしない。
 その伸行は話を聞いているのかいないのか。どこか上の空だ。思えば暢希の死について伸行が話題にすることはない。興味がないのかそれとも死に関わっているのか。その態度が余計に疑いを強めていることに本人は気づいているのだろうか。
「どうしてか。未だにどうやって死んだのか解らないんですよね。その死体は綺麗なもので、どうやって死んだのか解っていない。天才が残した最後の謎とまで言われています」
 この中で事件当時は数学部にいなかった米田啓輔《よねだけいすけ》は、その死の謎を単純に面白がる。
たしかに謎だらけの死だ。だからこそ、誰も手を下していないとの見解も成り立った。しかも検視の結果、暢希はアナフィラキシー症状の結果で死んだと疑えるという。ということは、自殺としても暢希は何らかの方法を用いたということになる。
「厄介な死に方をしてくれたものだ。これが首吊りという解りやすいものであれば、こうやって後々に問題にならなかったというのに。いや、部室の中で死ぬなんて妙な状況でなければ良かったんだ。あの論文は確かに素晴らしいが、やはり行き詰った奴のやることは解らん」
 益友の言葉は辛辣だ。これにはさすがに友人だった卓也は閉口する。あの自殺の日まで一緒に切磋琢磨していたのだ。卓也は一方的にライバルだと思っていた。それを首吊りが良かっただなんて言われたくない。
「それだけ悩みが深かったということではないですか」
 先ほど諌められた理那が、今度は卓也を落ち着かせるようにそう言った。この場で一触即発の口げんかだけは避けなければならない。
「うん、まあ、そうだろうな。あれだけ大きな仕事だ。論文を仕上げるまでは悩みの連続だったろうし、仕上げた後もこれでいいのかと悩んだかもしれない。それに次を考えると、あれ以上の問題に取り組む元気がなかったのかもな」
 それは羨ましいほどのことだと気づけなかったんだなと、益友はしみじみと言う。益友も暢希に対して思うことは迷惑を掛けられただけではないのだ。数学者として一度は味わってみたいことを、暢希は高校生にして成し遂げた。それに対する純粋な憧れもある。その懐かしむような表情に、卓也の感情も落ち着いた。
「問題は噂が蔓延していること。そういうことですよね」
 そこに今まで上の空だった伸行が口を挟んだ。たしかに今の問題はそれだ。どういうわけか、ここに来て具体的な内容を伴った他殺説が流れている。これこそどうにかしなければならない。
「そのとおりだ」
「根も葉もない噂は、死者への冒涜でしかありません」
 頷く益友に、伸行が静かな声でそう付け加えた。その言葉に、研究室は水を打ったように静まり返った。そう、何をどう言おうと暢希が死んだ事実は覆らない。決して軽々しく扱っていい問題ではないのだ。
「ともかく、そういう噂がこれ以上広がらないように注意してくれ」
 このまま話していては自分が不利になる。そう感じた益友はそこで密談を切り上げたのだった。
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