縁は奇なもの素敵なもの~願孝寺茶話室~

渋川宙

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第33話 月百姿

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「そこまで言うってことは、何が欲しかったのかも検討がついたのか」
 八木は坊主らしい亮翔に違和感があるようで、顔を顰めつつ訊く。まあ、今はだらしなく浴衣を着ているので、お坊さんらしさはなかった。ただの寝起きの若者だ。
「たぶんね。月という名前に拘り、あえて望月の間ではなく十六夜の間に拘る品。ネットで検索しまくった結果、月岡芳年という画家の『月百姿』の一枚、それも肉筆画が出てきたとでも思ったんじゃないかな」
「はあ。つうかネット」
 まさかの調べる手段に八木は苦笑する。やはり坊主というより若者だ。しかし、今の説明は解らない言葉だらけだった。
「月岡芳年、名前からして月が入っているんですね」
 千鶴も誰だろうと首を捻った。それは琴実もがっくんも同様だ。
「俺も昨日、初めて知ったことだからネットの受け売りだが、月岡芳年は幕末から明治時代に活躍した浮世絵師で、師匠は歌川国芳。武者絵や戯画を得意としたようだが、様々なジャンルを手掛けたことでも知られている。そんな絵の中でも血みどろの無惨な絵が印象的だったようで「血みどろ芳年」なんていう有り難くない二つ名があったそうだ。とはいえ、その評判は今では覆り、「最後の浮世絵師」とも呼ばれているそうだ。最晩年に今回の問題になっている『月百姿』を仕上げているのだが、その名前の通り、月に因んだ絵が百枚という作品だ」
「ひゃ、百枚もあるんですか。それは」
「コレクター心を擽るだろうね」
 絶句した千鶴の言葉を引き取って、八木はそれで必死に集めているのかと顎を擦る。しかし、それだけで旅館の一室に侵入することはないだろう。浮世絵ということは、何枚も摺られているものだ。
「そう。普通の浮世絵ならばあの男も必死にならない。そこで巻物さ。浮世絵は知っていると思うが絵師が元の絵を描き、それに合わせて彫師が版木を彫り、摺師が仕上げていく。この摺られたものは何枚でも複製されているが、最初の浮世絵師が描いた絵はたった一枚だ。それが肉筆画になる」
「へえ」
 つまり、それは普通の浮世絵よりも価値があって高価なものということか。それでこの旅館から出てきた巻物と繋がってくるのか。
「そう。月に縁のある旅館から出てきた巻物。それはきっと月を題材にしたものだろう。そう考えるのは自然なことだ。ひょっとしたらすでに望月の間や満月の間には泊まっているのかもしれない。でも、そこでは見つけることが出来なかった。そこで考えてみる。もしかしたら満月ではなくその次の日にこそ、満月の絵を飾るには丁度いいのかもしれないとね。満月の日が舞台の絵だから、描いたのは翌日というストーリーで飾られたのではないか。こう、熱心なコレクターならば深読みするのかもしれない」
「まさにその通りのようです」
 亮翔の解説が終わるタイミングで、救急車を呼んだ徳義がやって来て頭を下げた。まさにその通りの勘違いの末の騒ぎだったと、本人から聞いてきたところだったという。
「ですので、あの出てきた大威徳明王の巻物をお見せし、お譲りしてきたところです」
 そしてそう続けた。あの巻物を渡したとは、一体どうしてだろう。
「なるほど。戒めですか」
「はい。このような騒動を起こすほどそれに執着されているのは、なんというか、私どもがこの旅館に執着して愚かな選択をしてしまったのと同じような気がしまして。それに、あの絵も必要とする方のところにあったほうがいいでしょうし」
 にこっと笑う徳義に、なるほどねえと一同は感心してしまう。とはいえ、あの絵を譲るとはなかなか意地悪だ。しばらくは反省しろということか。千鶴はすごい展開になったものだと、感心したもののすぐに呆れてしまった。
「なるほど。それはそれでいいご縁かもしれませんね」
 同じことを亮翔も感じ取ったのか、そう苦笑してこの騒動は終わりとなったのだった。



「ええっ、お母さんが行ってこればいいじゃない」
「なによ。お世話になったのはあなたでしょ。お祖父ちゃんがわざわざ用意してくれたんだから、願孝寺に持って行って頂戴」
 道後温泉から帰って来て一週間後。千鶴はリビングで口を尖らせていた。その原因は千秋がこの間はお世話になったからと、願孝寺にお礼としてお供え物の品を持って行ってほしいと言い出したことにある。しかも、やっぱり我が家の旦那寺であり、祖父は住職と昵懇の中とまで発覚した後だ。
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