僕と変人の交遊録―赤松礼詞は超偏屈科学者―

渋川宙

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第1話 問題発生 その①

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 急に決まった飛び級受験を何とかこなし、無事に大学生となった陣内暁良だったが、やっていることはアルバイトと変わらない状況だった。
「路人!また散らかしたな!!」
 研究室に響く暁良の怒号。それに反応するのは呼ばれた一色路人ではなく、助手を務める城田翔摩と桜井瑛真だ。
「またやっているよ」
「本当に変わらない状況になるとは思わなかったわね」
 大学に戻りたくないと駄々をこねていた路人を素直にしただけでなく、その路人が自分らしくいられる相手。それが暁良なのだが、路人との関係の変化のなさには驚かされるばかりだ。
「だって、やれって言われていることが多すぎる。散らかって当然だろ」
 教授とは思えない一言を偉そうに言う路人は、床一面に散らかした書類の真ん中で腕を組んで片付けないつもりだ。暁良に甘えている部分が多々ある。そんな路人はこれでも天才科学者であり、28歳の立派な大人だ。
「お前なあ。この状況だったら何がいる書類か解らないだろうが!」
 そしてついつい甘やかしてしまう暁良は文句を言いつつも、床に散らばった書類の分類を始めてしまう。たった一か月のアルバイトは暁良を完全に路人のお母さん化させてしまったらしい。
「いいのかな、これで。円満解決に見えたが、路人さんの変人具合が悪化しただけに見える」
 翔摩は困ったもんだとそう呟きつつも、我関せず。自分の仕事をこなすのに必死だ。今は論文の仕上げとあってパソコンから目を離そうともしない。
「もともととんでもない変人だったわよ。山名先生と赤松さんの前では猫をかぶっていただけだわ」
 瑛真も助ける気はなく、ともかく仕事をしてくれればいいとのスタンスを取っていた。そうしないと、また逃走を計るのは目に見えている。
「片付けている傍から散らかすな!」
 そんな変わらない状況を暁良も何とも思っておらず、今度は工具を床に広げ始めた路人に向けて怒鳴るだけだ。
 こうしてあの雑居ビルに研究室を構えていた時と同じ状況が繰り広げられているわけだが――
「くっ。何なんだ?この状況は?」
 研究室をこそっと覗いていた赤松礼詞は苦々しい思いになる。
 路人が大学に戻ってくるようあの手この手を画策し、ようやく元に戻ったかと思った。が、引き込んだ暁良によって何だか違う状況に陥っている。
 よきライバルとして、また火花を散らす研究生活が戻るものだと思っていた礼詞にとってはまさに予想外。というより、路人があんなキャラだった知らなかっただけに衝撃の連続だ。
「どうすれば、あいつは昔のように真面目になるんだ。いや、もともと真面目な奴ではなかったが」
 路人の研究室から離れつつ、礼詞は腕を組んで悩む。この状況を受け入れるのが最も楽な選択肢だろう。しかし、何かが許せない。
「あの陣内という奴も問題だ。もっとしっかり路人のことを理解すべきだというのに」
 単なる変人という認識しかないのでは。そう思うと、あの時にちゃんと解らせなかったのが後悔される。
「いや、奴はもう大学生。ちゃんと指導するのも俺の役目のはず」
 礼詞は足を止め、再び研究室の方を振り返る。
 路人との関係回復はまだまだ難しい状況だ。勝手に暁良を引き込んだことを恨んでいる。それは時折交わす会話から、嫌なくらい感じていた。
 ならばその暁良を攻略するのが早いだろう。以前は科学者狩りなんてやる不届き者だったが、真面目な性格だということは、飛び級受験を通じてよく解っている。
 「よし」
 決めたら即行動。礼詞は元来た道を戻り、そして路人の研究室のドアをノックした。
「おい――」
「路人!いい加減にしろ!!」
 礼詞がドアを開けたタイミングと暁良の怒りが頂点に達したのは同時だった。
「――」
 おかげでドアを開けたまま固まった礼詞と、怒鳴った体勢のまま固まった暁良が見つめ合うことになってしまった。
「何だよ、赤松。何か問題か?」
 そんな二人の頭痛の種だというのに、路人は椅子に凭れてそんなことを言ってくる。
「お前のせいだ!」
 そう礼詞が怒鳴ってしまったのも無理なからぬ展開であった。




 学生食堂の一角に暁良を連れ出した礼詞は、取り敢えずとアイスコーヒーを一気飲みしてしまう。
「あの」
 そんなイライラした礼詞を前に、暁良はどうして俺がと睨んでしまう。
 ただでさえ礼詞には騙されて拘束されたり、無理難題を言われたりと散々な目に遭っている。正直、大学生になったからといって礼詞とは仲良くできそうにない。
「お前はいつも路人に振り回されているのか?」
 冷たい飲み物によって落ち着いた礼詞は、いつもの状況を確認するところから始める。
「え? まあね。あいつはマジで我儘だからな」
 相手が路人と同じく教授だろうと関係なし。暁良は以前のままのぶっきらぼうな言い方で話した。
「我儘、か。大学を飛び出すまでそんなことは感じたこともなかった。いや、今も毎日、こんな奴だったかと悩む」
 礼詞は言葉遣いを注意することも忘れ、すぐに愚痴が零れてしまった。要するに、暁良以外に不満をぶつける相手がいない。事情を良く知る暁良ならば解決してくれるだろうと、なぜか期待してしまうのだ。
「そう、っすか。俺はあいつが今の社会の根幹を作ったって事実がまだ受け入れられないんだけど」
 暁良はお前と同等で、そして凄いという部分が理解できないぞと礼詞に返す。
 そう、路人と礼詞。この二人の天才によって今の便利な社会は成り立っている。様々な場所でロボットが活躍し、判断は人工知能が下す。そのシステムを作り上げたのがこの二人だ。
 が、実際に出会った二人は天才なのか何なのか解らない変な奴らだった。今もその変人具合に暁良はついていけない。というか、本当に天才なのか解らなくなるというのが事実だ。
「お互いの悩みは共通しているようだな」
「いや、違いますよ」
 勝手に路人のことで悩んでいると結論付ける礼詞に、暁良は冷静なツッコミを入れる。が、それで耳を貸す相手ではない。
「そこでだ。俺は路人に少しでも真面目な姿に戻ってもらいたい。もちろん、昔みたいに息苦しい思いはさせない。だから協力してくれ」
 耳を貸さないどころか、自分の要求まで言ってしまう礼詞だ。これを奢るからと、どんっといつの間にか頼んでいたチョコレートパフェが目の前に置かれれる。
「いや、甘い物は好きじゃ・・・・・・」
 好きなのは路人だぞと、そこから間違っていると暁良は呆れ果てた。そしてとんでもないことに巻き込まれようとしていると気付く。
「あいつがあの調子では、俺の研究もどんどん狂ってくる。いや、むしろ調子よく進んでいるというのが受け入れられなくて俺の気持ちがおかしくなってくる。頼む」
 パフェを食えとスプーンを差し出して頼んでくる礼詞に、この人も変なキャラだったんだなと暁良は遠い目になってしまった。
「――はあ」
 しかし受け取らないとパフェが溶けてもスプーンを差し出したまま居そうだ。暁良は仕方なく受け取る。
「いいか。路人が少しでも大人しくなればお前の仕事も楽になる。そしてお前も学生の本分である勉学に邁進できる。これは重大な事案だ」
 大人しくパフェを食べ始めた暁良に、礼詞はそう付け加えてきた。いや、絶対に楽にはならないよと暁良は思うも、付き合うしかないので頷いておいた。
「まあ、片付けが半分になれば」
 そして出来れば散らかすのを止めさせられないかと悩みを口にする。
「うむ。自分で出来るようにさせないと」
 暁良が乗ってきたことに気を良くし、礼詞はそうだろと頷く。
 こうして、なぜか路人更正プロジェクト(礼詞命名)に巻き込まれてしまう暁良なのだった。
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