ヤドカリー一夜限りの恋人ー

渋川宙

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第25話 ユーシ

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 今回はちょっと役得かも。ノエルは客の名前にちょっとときめいてしまった。
「ノエル」
「解ってますよ」
 そんなときめきの理由を知る社長の津久見は重い溜め息だ。もちろん仕事だから仕方ない。しかし、恋人のポジションにいるから複雑。そんなところである。
 というのも、今回の客はロックバンドのボーカルだ。それもノエルが熱心に聞いているバンド。そりゃあノエルのテンションは上がるし津久見のテンションは下がる。
「でも意外ですね。彼、ユーシが俺のような奴に一晩を頼むなんて」
 好きな相手だが、セックスするとなると別だ。しかもわざわざ事務所に呼び出して社長自ら説明。これは単純に好きな歌手に会えるから舞い上がるなという注意ではないなと気付く。
「振られたんだと」
「へえ。お付き合いされていたのは、同じバンドの方ですか」
「いや。別のバンドのボーカルらしい」
「――」
 どこの業界もその辺は一緒だなあと、ノエルは苦笑してしまう。同じ職業、似たような職業の人の方が付き合いやすい。しかし、別れると非常に気まずくなる。その後に起るゴタゴタは推して知るべしというところだ。
「じゃあ、憂さ晴らしって感じですかね」
「そうだ。いつにも増してハードになるかもしれない」
「なるほどね。って、俺を誰だと思ってるんですか?」
 ノエルはどんなセックスでも大丈夫と笑うが、津久見は溜め息だ。
「もう、社長がブルーでどうするんですか。あ、じゃあ、翌日は津久見さん。予定を空けておいてくださいね」
「うっ」
「なぜ今回の依頼が嫌そうなのに、そっちでも嫌そうな顔をするんですか」
「う、うるさい」
 津久見はすでに顔が真っ赤だ。相変わらず、ベッドでのことには慣れないらしい。困ったものだ。
「津久見さんはマグロでも大丈夫ですよ。最近、そういうテクを覚えたんで」
 にししっと笑ってノエルがからかうと
「こらっ」
 と、怒鳴ったところで解散となったのだった。





「へえ、美人」
「あ、ありがとうございます」
 で、当日。どんよりと沈んでステージ上では見れない顔をするユーシに、ノエルはちょっとびっくりしていた。これは相当、失恋が堪えたらしい。そんなユーシはロックバンドのボーカルらしい、非常にラフな格好と砕けた感じの人だ。今はどよんとしているが、ステージの上では悪魔とまで呼ばれるほどのシャウトを見せる。
「レーベルの人がね。気を回してね。プロとやれば気分も変るんじゃないかって。そういうもんかなって思ったけど、ツアーも始まるし、迷惑掛けられないし」
 というわけで頼むわと、投げやりな感じだ。ノエルとしては、一応は憧れの君なのだが、これにはびっくりしてしまう。が、まあいいか。その方が仕事として割り切りやすい。
 それにしても、まさかマグロがこっちかと、それに驚いていたりする。いや、向こうも気分は乗ってくればリアクションしてくれるだろう。致し方ない。
「じゃあ、お風呂でやりましょうか」
「ああ」
 こういう場合は風呂場に連れ込んで脱がしてしまうに限る。ノエルは腹を括ると、ソファでどんよりしているユーシを風呂場へと誘ったのだった。




「んっ」
「どう?」
 が、予想外の展開に陥っていた。風呂場でノエルが服を脱ぐと何やらスイッチが入ってしまったらしい。唇を貪られ、そのままお湯を張ったバスタブに連れ込まれてしまった。そして、やわやわと後孔をマッサージされている。
「き、気持ちいいです」
「素直だね」
 ノエルが感じていることを伝えると、つぷっと指が後孔に潜り込んできた。ゆっくりと入り口を寛げるように動く指に、ノエルは手を乗せているバスタブの縁をぎゅっと掴む。
「ううん。いいね。確かにこれは気分転換になるわ」
「あ、あの」
「ああ、ごめん。別にへこんでいたのは演技じゃねえんだよ。でもさあ、そうやって気分転換を進められるまでに落ち込んでいるって周囲に判断されたのがショックで」
「は、はあ」
 そういうものなのかと、ノエルは後ろでユーシの指を感じながら首を捻ってしまう。すると、ユーシはそういう反応だから気が変ったんだよと笑ってくる。
「変に気を回されて優しくされてっていうんだったら、たぶん、追い返してた。でもお前、風呂に行こうって、マジでストレートなんだもん。びっくりだよ」
「――」
 それは多分、社長の誘導のせいだとノエルは気付いているが黙っておく。なるほど、いつもと違って事務所で打ち合わせだったわけだ。ノエルを完全お仕事モードにしておく必要がある。そう判断してのことだったらしい。相変わらず、ベッドではヘタレなくせに、そういう気遣いは抜群だ。
「おっ、今締った」
「んんっ」
 津久見のことを考えていたせいか、勝手にユーシの指を締め付けていた。すると、ユーシも気分が乗ってきたようで、指を二本に増やしてくる。
「すげえな。これが玄人って奴か。全然ここ、違うよね」
「そ、そうですか」
 そんな丹念に後ろの具合を確かめられることは少ないので、ノエルは顔を真っ赤にしてしまう。お風呂の中とあってか、いつもよりそこがほぐれるのが早いのだろう。
「そうねっとり吸付く感じ。いいね」
「んぅ。そういうなら、早くぅ」
 ぐりぐりと感じる部分を押されて、ノエルは思わず強請ってしまう。すると、ユーシがごくっと生唾を飲み込む音がした。自分の痴態に感じてくれている。それに、ノエルも自然と興奮してしまった。
「あぅ」
 ずぽっと指を抜かれ、ノエルは喘いでしまう。しかもユーシはすぐに挿入せず、じっと後孔を見てくるのだから堪らない。
「すげえ。物欲しそうにヒクヒクしてる」
「だからぁ、早くぅ」
 恥ずかしいとノエルが訴えると、ようやく熱く滾ったモノが後孔に宛がわれた。そして一気に貫かれる。
「ああっ」
 じらされたせいか、入れられた瞬間にノエルは前から蜜液を吹き上げていた。
「すげっ、めっちゃ締る」
「んんぅ」
 ゆっくりと舐め上げるように後孔を責められ、イったばかりで敏感になっているノエルは腰をぶるぶると震えさせる。
「ちゃんと受け取れよ」
「ああ。お願い」
 再び高ぶったノエルが本能のままに締め付けると同時に、ユーシはノエルの奥へと熱い液を放っていたのだった。




「めちゃ良かったわ。なんか、すっきりした」
「そ、それはよかったです」
 あの後、何度も中で蜜を受け取ることになったノエルは、すっきりしたと笑うユーシに呆れてしまう。
「あ、そんな顔するなよ」
「す、すみません」
「あんたで良かったよ。リアルだけど、リアリティがなかったっていうか、夢心地だったっていうか」
 ユーシの言葉に、ノエルはにこっと微笑んだ。取り敢えず、津久見が受けたであろう依頼はこれで完遂だ。
「ライブ、頑張ってください」
「おう。ノエルも遊びに来てくれよ。あんたんところの社長にチケット渡しておくから」
 その約束がノエルにとって何よりの報酬だったことは言うまでもなく、ユーシとのセックスは大事な思い出として、ノエルの心の奥底に仕舞われたのだった。
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