先輩はときどきカワウソになる!?

渋川宙

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第35話 別次元の関口さん

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「要するに、やっぱり宇宙が関係あるってことなんですね?」
「そうだな」
 その日の夜。カワウソになった史晴と焼き鳥を食べつつ、問題の本質がどこにあるかという話になった。そして出てきた結論は宇宙だ。
「まあ、宇宙規模になったら、魔法使いになるのも可能なんじゃないか。そう思えてくるから怖いよ」
「思えてくるんじゃなくて、事実ですよ」
「――そうだな」
 諦めの悪い史晴は、自分がカワウソになることを棚に上げてファンタジー要素を否定しようとするが、そこはいい加減に認めて貰いたい。
「つまり、関口さんは何かを発見し、禁断の扉を開いちゃったってことですね。それによって――一度は死んじゃったんでしょうか?」
 そして次に伶人に起ったことを考えなければならない段階だ。どうして史晴を呪いで殺そうと思うまでになったのか。ここも検証しなければならない。
「死んだ、か。それなら、見た目が変わらないのはあり得るのかもしれないな。ん?となると、あれは幽霊?」
「もしくは、時空を越えてやって来た別次元の関口さんなのかも」
「ああ。宇宙が多層だという仮定に立脚するとそうなるか。つまり、自分が論文で証明した理論の結果があれだと」
「ええ。そうすると、すんなり考えられる気がするんですよ。つまり、関口さんは海で――それこそ、次元の穴に落ちてしまった。そこには、多分怒り狂った超然的存在を仮定するしかないわけで、ま、理論という形で秘密を証明しちゃった関口さんを罰しようとした。で、入れ替わる形で別次元の、それも魔法という能力を身につけた関口さんが現れる」
「ううむ。そうなると、繋がりが消えるだろ?多世界解釈と反する」
「ああ。そうか。となると、別次元に行って魔法を身につけた形で舞い戻ってきたっていうのが正しい」
「そうだな。時間軸を移動する、もしくは空間を移動することで伶人の周囲の流れる時間は変わった。だから奴は年を取っていない」
「光速度で移動したというわけですか」
「そうだな」
 議論が量子力学と相対性理論を行ったり来たりするなあと、美織は思った。しかし、こういう話の方が美織にとっても解りやすい。というか、今まではどこまで科学を絡めていいかが解らなかったから、議論していても空回りしていたのだ。結局は理系集団。理論がなければどうしようもない。
「つまり、あの論文は時空の行き来まで言及しているってことですか?」
「そうなるな。おそらく俺が違和感を覚えた数式ってのは、それが含まれている部分なんだろう。本来、行き来は出来ないものだからな」
「ええ。というか、実際に宇宙が多層的であるとかマルチバースであるとか、証明できない点ですしね」
 今では盛んに宇宙は他にもある、我々がいる宇宙だけではないと議論されているし、数学的にも証明されている。しかし、実際にあるのかはまだ解らないのだ。そもそも、それは他の空間であるために観測できない。観測できないこと、証明できないことは理論として成り立っても、それは仮説のままだ。
「これで関口さんが時空を行き来した存在だって証明されれば、マルチバース理論が証明されちゃいますね」
 思わず美織がそう言うと、認められると思うかと史晴が呆れる。
「ですよね」
「そもそも、魔法使いであることを証明するってのも面倒だし、俺だって実験動物になるのは嫌だ」
「そ、そうでした」
 証拠が史晴だということをすっかり忘れていた。もし伶人が宇宙空間を行き来したのだとしても、それを証明することは史晴を殺すことになりかねない。
「そういうことだ。全く、よく出来た呪いだよ」
 史晴には珍しく皮肉を吐く。それだけ文句も溜まっているということか。カワウソ姿でもぐもぐと焼き鳥を食いつつ、発言は飲み屋での愚痴と変わらない。
「そう。愚痴も言いたくなるね。これまでは理解できないこと。どうしようもないことと割り切れたから、死ぬって運命も受け入れられたのに」
 下手に理解できるから、足掻いちゃうだろと、史晴はばつの悪そうに美織を睨む。お前に秘密を知られたせいで大変だと言いたげだ。
「受け入れちゃ駄目ですよ。というか、関口さんはこの点に気付いて欲しかったんじゃないですか?」
「ああ、まあ、そうとも考えられるな。自分の立てた理論を正しく理解できる人間を探していたってことか。しかし、それが理解できることは、どこかで科学を否定することだと」
「ええ。神様を認めちゃいますからね」
 美織はそこで溜め息だ。そう、結局はこの謎の現象を起こしたものに関しては解き明かせない。というより、そいつがいたから可能だったことを認めなければならないのだ。
 それは確かに科学としては失敗なのかもしれない。科学は常に曖昧さをどうにか証明しようと足掻いてきたのだから。神の領域を一気に狭め、数式と証明の世界に変えてしまったのだから。
「が、科学は発展すればするほど曖昧に、不確定さに埋もれているけどな」
 史晴はねぎまを食べ終え、ふうと息を吐き出した。さすがにカワウソ姿だとあまり食べられない。
「そうですね。解らないことって尽きないんですよね」
「そういうものなんだろうな。タマネギの中心には何もないかもしれない」
「なるほど」
 細分化し、どこまでも小さく細かく証明してもしきれないものがある。それを、呪いという形で証明しているのか。なるほど、やはり伶人は科学者だ。どれだけ背いたせいで神だか悪魔の手先になったのだとしても、科学者として証明してみせることを捨てきれない。
「ああ。それはすっきりと解りやすい。そうか。奴は手先になった。が、諦め切れないものがある」
「たぶん、そうだと思います。そして、それを認めている先輩に託そうとしたんじゃないでしょうか。でも、手先ですから。見張られているでしょうし、自分も変な存在になっちゃったことは解ってますから、こういう手段しか取れなかった」
「で、誰かが邪魔したのか。それが清野」
「ええ。たぶん、清野さんも関口さんと同じ感じになったんじゃないですか。考えてみると、二人は水難事故で死んだことになっています。水を使う何者かによって魔法使いにされたとすると、ここも共通点があり、納得出来るところです。ところが、清野さんはそんな関口さんのやり方に反発した」
「――なるほどな。そこで俺に不可解な形で呪いが発生することになったと」
「ええ。そのカワウソの姿は、清野さんの最期の意思なのかも」
 だって、彼女は死んだことが確定している。時空を行き来することが可能ならば、一瞬だけ未来に行き、そこから戻ることも可能だったはず。彼女は反発したから、魔法使いとして生き残ることが出来ず、死体として出てきたのではないか。
「なるほど。つまり、やっぱりこの姿は不可解なことがあるんだぞと示すためであり、そして」
「ええ。老化を遅くする効果があったんですよ。実際、先輩の身体から癌は出ていないですし」
「そうだな。って、では、出てきた放射性物質は?」
「それこそ、ダークマターなんですよ」
「――なるほど」
 この不可解な現象の証明があの中にあるってことか。
「まさにブラックボックス」
「そうだな。開けるのは一番最後にしないと危ないな」
「ええ。なんせ、先輩を近づけたらブラックホールが出てくるんじゃないかと。って、この推測、合っていることになっちゃいますね」
「そうだな」
 カワウソのまま、史晴はとても苦々しげな顔をした。
「そして、証明させないためでもあるんだな。この姿」
「ええ」
 清野が残した意思が反映したのだとすれば。証明すれば危険なことも解っている。その危険から遠ざけるためにカワウソに変化させている。そしていずれ、総てを忘れてカワウソになるようにしてしまった。それはすなわち、二人とも史晴ならば総てを証明できると確信しているせいだ。
「ますます面倒だわ」
 美織は解決する手段がないじゃないと、思わず口を尖らせていた。
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