科学部と怪談の反応式

渋川宙

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第17話 めちゃくちゃ傾いている

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「だ、大丈夫です。蔵書数からしてすかすかになることはありません。全校生徒が貸し出し上限の五冊借りたとしても4050冊。蔵書はその倍近くの8000はあります。すかすかになる事態は来ません」
 咄嗟に計算した悠磨はさすがだ。理系の本領発揮である。しかしこれはこれで改善しなければならない問題となった。補修するか買い直してもらうかしなければならない。
「取り敢えず、どうして本が勝手に落ちるかを検証しよう。これだけ無茶なことをしているんだから歪みはあるはずだ。それに、こうなると本が互いを支え合っていることもポイントになるだろう」
 真っ先に問題に戻ったのは芳樹だった。やはり普段から異常な奴らをまとめようとの努力をするだけあって、異常事態に強い。
「なるほど。支え合っているというのに抜くことで力が分散してしまうわけだな。それが落下に繋がると」
 莉音は言いながら本棚に視線を走らせた。今は落ちていないものの、抜いたら落下しそうな危ない場所が何か所か見つかる。
「でもさあ、抜いただけで落ちるとなると、抜いた奴が気づいているはずだよな」
 桜太はどうにも腑に落ちない。
「そうだよな。抜いた奴は必ず現場を目撃しているもんな。落下すれば音もするし。入れて新たな圧力が加わって飛び出すにしても、現場には誰かいるはずだ」
 そんな指摘をする楓翔の頭の中には地震のメカニズムだけが浮かんでいた。圧力が加わって何かが起こる。まさに地震と同じだろう。特にプレートで起こる地震は跳ね返って起こるものだから、飛び出すという今の状況と似ている気がする。
「ううん。これは検証実験するしかないな。結局はどうやって落ちるかが解らないとどうにもならない」
 さすがに数学的手法は無理と判断し、莉音が実験を提案した。そもそもどうやって落ちるかが解らなければ何の数値もない。
「そうだな。だったらここなんかどうだ?」
 行動の早い亜塔が何も考えずに本を抜いてみた。それは丁度優我が本を戻せないともがいていたあたりである。
「えっ?」
 亜塔が本を抜いた瞬間、ばさっと落ちる音がした。しかし亜塔の足元には本が落ちていない。
「ん?」
 全員が本を探して横を向くと、何と本が落下していた。
「ええっと」
 抜いた場所とは違うところが落下する。その問題に全員の目が点になった。
「本物の不思議発見か?」
 あまりに予想外なことに、桜太は興奮することもなく呆然と呟いていたのだった。




 どうにも落下問題が簡単に解決しないらしい。科学部プラス悠磨はその場で検証会議を始めた。
「あっちこっち傾いているのは解る。となると、落下するのもこの傾きのせいだ。問題はどうして違う箇所から落下するかだな」
 桜太が場を仕切るように問題提起した。
「そうだな。しかし問題を傾きだけでは片付けられないだろう。この本棚の本が互いを支え合っているというのも見過ごせない」
 悠磨は楽しそうに参加した。なるほどこうやって音楽室でもやっていたのかと面白くなる。ただし、科学部に入る気はまったくない。
「ぎゅうぎゅうになっている個所を抜くと落ちるというところから、圧力も関係していて間違いないな。緩んだことが反動になっているんだ」
 莉音が最初の圧力説をもう一度上げた。
「まとめると、圧力に支え合う力。それと本棚にあると思われる傾きや歪みが落下の原因となっている。それも一つだけが問題ではない」
 桜太の言葉に誰もが頷いた。どう考えても理由は一つではない。どれか一つでも条件が当てはまらない個所では落下しないのだ。
「それじゃあ、実際に目撃できた三段目で検証するか。下手に抜けないわけだしさ」
 楓翔がメジャーを出したり戻したりしながら提案する。あの勝手に戻る感触が楽しいのか、ずっとシャーという音を立てている。
「そうだよな。互いに支え合う力で持ってるんだもんな。下手に抜いたら崩壊する」
 本棚の端が所々切り取られている事実を知った悠磨は恐る恐る本棚を見上げた。全部で八段もある大型の本棚だ。それも部屋の長い辺に置かれた棚である。それが崩壊の危機とは思いもしなかった。
 これから週に1・2回回ってくる図書委員の仕事が怖くて仕方なくなる。もう二度とよじ登って上の棚に本を仕舞うなんていう暴挙はしないぞと悠磨は心に誓うしかない。
「それにしても、手前にも傾いてるんだよな。そうでなければ落ちるって部分の説明がつかないし」
 迅の指摘にまた男子たちはそろっと一歩下がるのだった。考えれば考えるほどこの本棚は危険すぎる。切り取った奴は本を仕舞いたい一心だったのだろうが、後のことを一切考えていないのは確かだ。
「それに違う場所から落ちるってことは、この三段目に限って言えば物理の側が下に傾いていて、化学の側は上に傾いているってことよね」
 冷静に千晴が指摘するが、男子たちはまたもやそろっと後ろに下がってしまう。それにしても千晴は度胸がある。倒れる可能性をばんばん指摘しているというのに、まったく避難しようとしない。こうも冷静に対処されると男子としては立つ瀬がないのだ。だから科学部二年の男子たちは千晴に恋することはない。
「そうだよな。三段目の傾きはそれで確定だ。けれども毎回同じ場所ではないんだろ?この棚のどこかというだけでさ。そうなると、他の段は違う傾き方をしているんだな」
 これ以上は逃げ場がないと、背中が後ろの本棚に当たった莉音は覚悟を決めて前に出た。それに今のところ一度も崩れていないのだ。この大掛かりな落下装置は本を抜くという行為以外でそう簡単に発動しないもののようである。
「つまりガタガタなんだよ。見ろ、抜いた奴の適当さもよく解る。上との整合性はつけてちゃんと抜き過ぎないようにしているが、横はかなりの数をぶち抜いている」
 亜塔がざっと切られた部分を確認して言った。横に目を走らせていくと、あるところは三か所連続でないのだ。いくら長い本棚といっても、分野が変わるところで別の棚になっていた代物だ。これは歪みが発生して当然だと思える。
「こうやると傾きが確認できるぞ。やっぱり下る部分と上る部分が存在している。それに僅かだが手前に傾きを感じる」
 いつの間にか棚の前に舞い戻った優我が指で棚の板をなぞって指摘した。普段からこの前にいるのに、いまさら怖がるのは変だと気づいたのだ。
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