科学部と怪談の反応式

渋川宙

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第22話 実験狂

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 莉音が的確な情報を教えてくれるが、それにしては突っ込むことがある。まず亜塔は違うことで大騒ぎしていたわけだ。さらにはアンモニアを頭から被るというとんでもない事件を起こしている。一体どういう状況だったのか、二年生にはまったく解らない。
「それで、実験の内容は?」
 実験中の出来事だというのは理解できたが、まったく内容がない。桜太は更なる頭痛が襲ってきた。
「何だったかな。もう忘れるくらいの出来事が多すぎてさ。そもそも俺たちが一年の時の最後の科学コンテスト参加だったし。もう変人の吹き溜まりここに極めりってな状況だったよ。大体さ、普通の実験をさせて全うできる人がいなかったし」
 莉音が腕を組んで語る内容は、科学部の歴史そのものだろう。普通に実験をこなせないという辺りに、今の自分たちが七不思議をちゃんと解明していない姿が重なる。
 そこで桜太はふと考えた。どうして自分は科学部を選択したのだろう。物理が好きだとはいえ部活動をする気はなかったように思う。亜塔の前の部長の口が上手かったせいだろうか。たしか、科学が好きで何か特定の分野の専門知識を持っていれば歓迎すると言われた気がする。
 「そうすると、その実験を再現するわけにはいかないんですね?」
 肝心な部分を訊いたのは千晴だ。千晴は莉音の恋愛騒動で失恋の痛手を負ったはずだが、相手が大学教授とあって諦めたのかもう普通に莉音と接している。
「そうだな。完全に再現するのは無理だろう。そもそも複雑に色々なことが絡まっていた気がするし。けれど、何をやっていたか解れば光の謎は解けると思うよ」
 千晴の片思いには一切気づかず、さらに桜太の母である菜々絵に平然と告白した莉音の答えは的確だ。いつもの常識人としての一面しかない。
「あれだ。その実験って俺がぼんっとやったヤツだろ?そんな面白いことも起きていたのか」
 アンモニアと聞いてようやく思い出した亜塔の言葉は役に立たない。しかもぼんっとやったとは何をやらかしたのか。トラブルや諸事情があって科学コンテストの参加はもうないと聴いている二年生たちは甚だ不安だ。
「たぶん、どこかに記録が残っているはずだよ。資料を捨てるなんて考えられないし。松崎先生が引き継いでくれているはずだ」
 カエルを水槽に戻しながら芳樹が言った。
「引き継いだって。その頃は松崎先生じゃなかったんですか?」
 てっきりずっと顧問だと思っていた桜太は首を傾げた。あの変人の扱いの慣れている様子といい、この高校の先生になった時から科学部の面倒を見ていると思い込んでいたのだ。
「そうだよ。前は実験狂とも言える化学の先生だったんだよ。名前は林田侑平って言ってね、灰汁の強い人だったな。自分の研究を諦めれずに大学院に行っちゃったんだよね。二年生が知らなくて当然だよ」
 莉音の説明はさらに二年生の不安を煽るものだった。実験狂なんて異名をとる先生がいたことがもう怖い。科学部の変人ベクトルは並大抵のものではない。これはもう代々顧問の先生からして変人だったのだ。吹き溜まりと呼ばれても反論できない。
「取り敢えず、久々に科学部らしいこの謎を解明しよう。今まで何がしたいのかよく解らなかったからな」
 なぜか何も覚えていない亜塔がまとめる。しかも今までの苦労を水の泡にしてくれる発言まであった。
「そうですね。まずは資料のありかを聞きに松崎先生のところに行きますか」
 桜太は疲れを感じながら提案した。そしてまたぞろぞろと職員室に向かうこととなる。
「南館は暑いな」
 渡り廊下から南館に入った瞬間、優我が呟いた。たしかに夏日ががんがんに差し込む南館は暑い。北館のような湿度はないものの、熱気に包まれている。しかも夏休みとあって冷房は節約されているらしく、廊下は息苦しいほどだ。
「俺が聞いてくるよ」
 桜太は全員で職員室に入るのは無理かと申し出た。そういえば、どうして八人全員でやって来たのだろう。別に記録さえ貰えばいいはずなのに、当然という顔をして三年生がついて来たのが不安だ。
「失礼します」
 ドアを開けると、涼しい風があった。桜太は職員室の中は冷房が効いていることにほっとする。
「おう、上条。どうした?」
 すぐに松崎が反応した。しかも手には大盛りカップ麺が握られている。声の掛け方といい食べているものといい男子大学生のようだ。とても結婚前の女性とは思えない。
「松崎先生。科学部が以前にしていた実験の記録ってどこにありますか?」
 桜太は机に近づき、とんこつの匂いに顔を顰めた。それはもう濃厚な香りが漂っている。ここは女性らしくサラダと一緒に食べているのかと一縷の望みをかけて机の上を覗いたが、そこには何故かコロッケがあった。何だか発想が菜々絵と似ている気がしてきて嫌になる。
「ああ。あの大量に記録ね。それなら北館の一階の、図書室の横の倉庫に入れてあるよ」
 ずるずると麺を啜りながら松崎は答える。教師としてあるまじき態度だ。
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