科学部と怪談の反応式

渋川宙

文字の大きさ
39 / 51

第39話 ただの地盤沈下じゃない!?

しおりを挟む
「この穴が出来た当時と今って、何か変化がありますか?」
 桜太は林田から状況を詳しく聞くことにした。これはどうやら地質的な問題だけではない。
「ううん。穴が出現したのは夏だったな。生徒がいなかったことから、悪戯の可能性がすぐに消えたんだった。たぶん、水の動きがその付近で起こっていたからだな。これは今までの検証と矛盾がない。どれ」
 林田は何か変化があるだろうかと井戸の中に頭を突っ込んだ。もさもさの天然パーマのせいで、その様は試験管にブラシを突っ込んだような感じである。大きな穴だが、林田が頭で掃除しているように見えてしまった。
「あれっ?底にあった石が動いているよ」
 そんな失礼な感想を科学部一同が抱いているとも知らずに、林田が頭を突っ込んだまま言った。おかげで声がくぐもっている。
「はい?」
 聞き取れたものの、意味が解らない一同は首を捻った。その息はぴったりである。こういう場面だけ結束力が強まるのだ。
「この下、底に石があるんだけどさ。前は穴の大部分を塞ぐようにあったんだ。それが僅かだが動いている。これが水位が上がる原因だと思うよ」
 林田は試験管ブラシと化している頭を抜いた。抜けた瞬間にぼあっともさもさの天然パーマが広がって揺れる。
「石が動いている。それは当然、大きなものですよね?」
 石にすかさず反応するのは松崎だ。鉱石を愛しているだけあって、石という単語は聞き逃せない。
「ええ。動いたおかげで大きさが解りますが、井戸の直系より少し小ぶりという感じですよ」
 井戸の上に覆い被さって林田は腕で大きさを表現する。
「ということは、水が流れているだけでなく石を押し流しているんですね。ひょっとしてこの井戸も、石が動いた結果ということですよね?」
 予想外の石問題に、迅が信じられないといった声を上げた。これは前代未聞の地盤沈下である。
「小さい流れとはいえ、吸い込むのがすぐに解ったほどだ。威力は強いかもしれない」
 そう指摘したのは莉音だ。桜太と同じく地質以外の原因があると察知したのだ。これはただの地盤沈下ではなく力が関係している。
「つまり水圧ですね」
 そうにんまりと笑ったのは、フィールドワークは嫌だと文句を言っていた優我である。これはもう力学の問題だ。ということは物理で解決できる。
「水が横に流れたせいで土壌が緩み、石が動いた。それで一番弱っていたここが落ちたっていうことか」
 楓翔も物理的に考えることに賛同した。井戸がただの地盤沈下ではない以上、水圧を問題にすることに異論はない。
「物理か」
 桜太も自分の出番が回ってきたかと笑ってしまう。部長なのに推理を聞くだけというのは悲しいのだ。
「問題は石を押せるほどの力があるかだな。水圧だけではなく気体による圧力も考慮しなければならないかな」
 莉音が新たな指摘をする。
「ふむふむ。そうなるとモデル化は可能かもしれないね」
 林田もにんまりと笑う。どうにも林田の興味は化学だけに収まらないらしい。そんな林田を、松崎は見直したようであった。鉱石を褒められて以来の笑顔を見せている。これは本当に恋が始まったのだろうか。
「計算だ」
 数字中毒の迅が喜んだ。迅の本音も優我と大して変わりがなかったとはっきりしてしまう。
「ううん。これが科学部の解決法か」
 ちょっと憧れの番組とは違う展開に悩む亜塔だが、科学部らしいと納得できるものだった。




 さて、化学教室に戻ると早速黒板には簡単な図が林田によって描かれていた。林田によるモデル化であった。
「こういうことだな。よくある気体の問題に使われるピストンだ。これが流体で起こっている」
 林田の簡潔な問題設定に、全員が頷いた。気体と液体と考えると面倒だが、ピストンの運動があると思えば簡単である。
その結束した様子に、ますます林田の評価を変えたのが松崎である。自分では今一つまとめきれていない科学部がこうして一つになるとは驚いてしまった。
「ピストンですか。何だかセンター試験の問題みたいですね」
 桜太は思わずそんな感想を漏らしてしまった。入試問題は現実には役立たないだろうと考えていたが、意外と役立つ瞬間があるものだ。
「そうだな。石を押すのに利用されるのが水っていうだけだ。それにしても、あの土壌は何かを押しても大丈夫なほど固いのか?」
 ふと基本に立ち返ったのは芳樹だ。圧力を掛けるにしても、ピストンの役割を果たせなければ意味がない。
「固いと思いますよ。田んぼに使われる土壌は水はけが悪くないと意味がありません。水を溜めるんですからね。周りの土も粘土質だと考えて問題ありません」
 楓翔がすぐに補足した。物理に問題を取られて不満だったが、まだ地質学が役に立つようだ。
「つまりあれだな。絶えず流れているから押されたのではなく、田んぼを使う時に流れているせいで押されたんだ。一瞬の力と考えたほうがいいんだろうな。ピストンできゅっと押すように。ということは、最初に田植えする時が問題なのか」
 桜太は言いつつこれは対策が必要なのではと思った。七不思議の解明をするはずが学校の地盤崩壊を発見している。このまま田植えシーズンで水を使う度に石が押されれば、そのうち他の崩落も招く。
「そうなると、水圧の発生を抑えたほうがいいよな。あの入り口を大きくしてしまって、高圧力を生まないようにするとか」
 優我も同じように地盤の危機に気づいた。押しているということは、あの石が地面を掘削しているようなものである。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

おじさん、女子高生になる

一宮 沙耶
大衆娯楽
だれからも振り向いてもらえないおじさん。 それが女子高生に向けて若返っていく。 そして政治闘争に巻き込まれていく。 その結末は?

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

処理中です...