双子協奏曲

渋川宙

文字の大きさ
20 / 34

第20話 天翔の秘密

しおりを挟む
 夕食は非常に静かなものだった。さすがに葉月ももう神経が参ってしまったらしく、溜め息を吐くことが多い。それだけでなく明らかに落ち込んでいた。
 安全を考えて全員揃っての食事となったのだが、恵介だけはミーティングルームに姿を現さなかった。まだ気持ちが落ち着かない。それが理由だけに、誰も無理強いは出来なかった。
「明日には雨が止んでくれればな」
 今日は土産物店で扱っているパンの残りが夕食だったこともあり、心配は大きなものになっていた。というのも、用意を進めていたカレーは翌日に持ち越しとなってしまったのだ。それは全員の体調を考えてというより、葉月にその気力が残っていなかったということである。
このまま事件が続けば、ムードメーカーの葉月が倒れてしまう。そうなったらここのメンバーは大丈夫なのか。ただでさえ不安定なところを葉月の元気で支えられていたところがある。そう考えると、将貴はまだ降り続く雨を恨めしそうに見つめていた。
「だいぶ小降りにはなってきたから、もう雨雲の流れ込みは収まってきたんだろう。気象庁のデータを見ても、赤い色の印は消えている」
 雨に関してはもう心配ないだろうと、天翔はミーティングルームの前側に置かれたままのモニターを見て言う。雨雲レーダーによると、この一時間での降水量が多くて赤く表示される個所はようやく消えていた。このまま発達した雨雲が消えてくれれば止むのは時間の問題である。
「はあ、こういう時も冷静だね。羨ましいよ」
「そうか。血も涙もないって言われたが」
 天翔がそう言って苦笑すると、意外と根に持つねと笑われる。
「昔から言われてたことだからな。笑わないし泣かないし、こいつはダメだって。まさかこの年になって同じセリフを聞くことになるとは思わなかったよ」
 自嘲的な笑みを浮かべて天翔が言うと、それこそ意外だと将貴は驚きを隠さなかった。たしかにどこか影があるなとは思っていたが、それほどのこととは思わなかった。
「なあ、聞いてもいいか。その」
「移動しよう」
 将貴がその影の理由を知りたい、そういうニュアンスで話し掛けると、天翔は場所を変えて話そうと歩き出した。駆が何かあったのかと心配そうにこちらを見ていることに気づいたからだ。先ほどのことを見ている駆も天翔のことが気になるのは解るが、まだ将貴以外に話す気にはなれなかった。
 二階の廊下はいつも通りの明るさだというのに、ほぼ全員がミーティングルームにいるせいか暗く感じられた。雨は確かに小降りになっていて、あれほど気になっていた雨音もしない。それでも、この天文台の中に流れる空気は陰鬱なままだ。
「天翔」
「俺、小さい頃に、正確には赤ちゃんの頃に養子に出されたんだよ。事情があってそれを知ったのはつい最近なんだけど、でも、ずっと何かあるなとは思ってたよ。で」
 よく言われていたのがあの言葉なのだ。よほど自分は可愛くない子どもだったのだろう。実際に今でもそうだが、自分の感情を表現するのは得意ではない。
だから、同じ言葉を浴びせられて、感情の制止が飛んでしまっていた。あの時は自覚がなかったが、今ならば恵介を殴っていたかもしれないと思うほど危うかった。それだけずっと気にして生きていた証拠である。
「それが育ててくれた叔父さんと叔母さんってわけか。でもさ、それってずっと懐いてくれないと思ってただけだろ。子供ってやっぱりそういうのに敏感だからな」
 本気で言ってはいなかったのではと、将貴はそう思う。当然、それは天翔も気づいていることだ。
「大人になればそうだったって解るけど、でも、小さい頃に言われたことって結構根深く残るものなんだよ。結局、叔父さんとは喧嘩別れしたようなものだ。二度と父とは呼ばないし家には近づかない。そう宣言してしまった。それに叔父さんは医者として、自分の病院の跡取りが欲しかったらしい。それで自分の兄である俺の実父から次男であるという理由で養子としてもらい受けた。でも、俺はずっと医学に興味はなく、天文学をやりたいと思っていたんだ。決別したのも、大学進学を巡ってだしね。そこで自分が養子だったってことを知ることになったってわけ」
 そういうわけで、あまり愛情がなかったのかもねと天翔はつい付け加えてしまう。叔父の意向に沿って理系には進んでいたものの、いつも何か納得できないままだった。ただ、今はその道を進んでいてよかったとは思う。好きだったことは天文学で、それには理系であることが重要だった。それに、理系に進んだのは叔父さんが決めた以上のものがあった故なのだと、今は知っている。
「それに」
 叔父は言わなかった事実、自分が養子となった経緯に関わるもう一つのことを、天翔は覚悟して打ち明けた。今まで誰にも言っていない、こんなことがなければずっと黙っていただろうことだ。
「はあ、結構壮絶だな」
 今でもそういうのってあるんだと、将貴は小説かドラマの話を聞いているようだと思ってしまう。跡継ぎだの養子だので立場が困る。それが現実のもととしては考え難いのだ。しかし、天翔はそれを小さい頃からずっと経験していたというのだ。しかもたんに養子に出されただけでなく、とんでもない秘密付きとは驚く以外のリアクションが取れない。人間、必要以上に驚くと普通の反応しか出ないものなのだ。
「あっ」
 そんな打ち明け話を終えたところで、恭輔がゆっくりとこちらに近づいてくるのが見えた。ひょっとして話が終わるのを待っていてくれたのだろうか。だとすると恥ずかしい。
「若宮。少しいいか」
「は、はい」
 妙に緊張して答えてしまったが、恭輔はそれを不審に思った様子はない。むしろ触れないでおいてくれた。
「久保のことだ。菊川、お前も聞くか」
「いえ、俺は今、いっぱいいっぱいなんで」
 天翔の告白だけで頭がパンク寸前だと、将貴はこの場で聞くのはいいと遠慮した。そして少しパソコンに向かいたいからと恭輔に許可を取って一人で研究室へと向かってしまう。
「何かあったのか」
「少し身の上話を」
 不可解な反応だと恭輔が問うので、天翔は仕方なくそう言った。恭輔には学生時代から今までの間に、総てを話してある。だからそれだけで納得してくれた。
「いい友人を見つけられたようで何よりだ。それよりも、あの事件のことだ。詳細を三人から聞けたから話そう」
 夕食で落ち着いたところでもう一度聞いたんだと、恭輔は天翔を自分の研究室に誘う。恭輔の研究室は自分の研究室よりも片付いている印象を受けた。当然、事情を聴いていた三人はもういない。二人は適当な椅子を引き出すと向かい合って腰掛けた。
「詳細って、単に雨漏りの点検をしていたんじゃないんですか」
 何かあったのかと、わざわざ研究室に入ってでの会話とあって天翔は身構える。ひょっとして何か重大な関係に気づいたのか。しかしそれほどのことではないと恭輔は窘めるように笑った。
「では」
「あのメンバー。和田君は違うんだが、坂井君も含めて喫煙者なんだよ。それで一階の雨漏り点検を買って出て、一階玄関のところでちょっと一服というのをやっていたらしい。館内は全面禁煙で、さらにこの雨で外の喫煙所に行けないとあっての行動のようだな。久保君は意外にもヘビースモーカーらしく、四人で一服した後にもう一本と出掛けて行ってしまったというのが真相らしい。そこを誰かに襲われた。どれだけ雨が降っていても館内で吸えばすぐにばれるから、あの時点では吸っていなかったのだろう。行く途中で襲われたんだろうな。それが島田君と中井君の証言だったよ」
 煙草という共通点は盲点だったと、非喫煙者である恭輔は肩を竦める。それは天翔にしても雅之にしても同じだろう。将貴もそうだ。煙草を吸わないメンバーは、同じ研究室にいるメンバーの中で誰が喫煙者かは知っていても、他は知りようがない。
「ということは、小杉君もですか」
「おそらく。煙草に関して昨日はどうしていたのかと聞いたら、小杉君が亡くなるまでは給湯室でこっそり吸っていたと言っていたからな。あそこ、ガスを使うから換気扇があるだろ。あれで誤魔化していたらしい」
 喫煙というのはあまりいい習慣ではないなと、健康面以外でも考えさせられるものだと恭輔は嘆いた。吸いたいという衝動があるせいで、どうしてもルールを破ってしまうのだ。それが今回、殺人事件という形で発覚したのだから何とも皮肉なものである。
「煙草、か」
 では、あの給湯室が濡れていたのも煙草に関係しているのであろうか。火を消す必要があるから水は用意していたことだろう。しかしそれでは事件に関係ないということになる。どうして死体を濡らしたのか。そこに意味はなかったのだろうか。
「明日には雨が上がるから、日の出とともに警察がヘリで来てくれることになった。そう気負って考える必要はない」
 真剣に悩む天翔に、もうその必要はないと恭輔は肩を叩いた。そしてこう声を掛けたのだった。
「彼に連絡してみたらどうだ。少しは気が休まるだろう」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

処理中です...